2017.2.24(金) 床屋
「床屋へ行くタイミングは髪に寝癖のできたとき」と、むかし勉強仲間だったチョーヤさんは言った。チョーヤさんの髪型は坊主だった。僕の頭も坊主であれば、おなじく寝癖ができると同時に床屋にかからなければならない。しかしここしばらくは家内や長男、また社員の一部が出張をするなどして社内の人手が手薄になり、それが果たせなかった。僕の場合には髪のほかに髭もあるから、事態はチョーヤさんの寝癖よりも深刻である。
朝、行きつけのカトー床屋へ電話をすると、オヤジさんは生憎と留守だという。奥さんはそのオヤジさんに遠慮があるのか、僕の髪を切りたがらない。しかし今日を逃せば次の機会は来週にずれ込んでしまう。よって奥さんの逡巡を強引に突破して、春日町交差点の信号機がすべて青なら歩いて1分で行けるカトー床屋の扉を押す。
いわゆる「千円床屋」は髪の毛のみで髭は刈ってくれないから「東京に出たついでにホンの10分で」というわけにはいかないのだ。3月なかばのタイ行きの最中にも、いちど床屋にかかっておこうと思う。
朝飯 トマトとレタスと若布のサラダ、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、ウィナーソーセージのソテーを添えた目玉焼き、切り昆布の沖縄風炒め、納豆、大根と胡瓜としその実と生姜の刻み漬け、メシ、揚げ湯波と若布と三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 蒸し牡蠣、トマトと刻みキャベツを添えた牡蠣フライ、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”、いちご、黒豆煮、金柑の飴煮
2017.2.23(木) 環境整備
2013年の秋まで、まるで物置のようなところで寝ていた。「物置のような」とは「粗末な小屋」ということではない、「モノの詰め込まれた部屋」ということだ。床にモノが置かれすぎて、明かりを点けるための、壁のスイッチまで辿り着くこともできなかった。特にひどかったのはこの寝室だけれど、他の部屋においてもモノは多すぎた。
この環境に、意を決して大鉈を振るったのは家内である。箪笥などは中身ごといくつも捨てた。10年も20年も開くことのなかった箪笥であれば、中身ごと捨ててもどうということはない。
環境が整備されると、そこで暮らす人の頭も体も行動も簡素に、合理的になる。環境が人を変えるのだ。その環境整備を今度は社内でも行うべく、数ヶ月前より長男が計画を立てきた。その最初の3日間が今日から始まる。今朝は各部署の主立った者を製造現場に集め、資料を手渡しながら短い話し合いをした。
「いずれは使うときが来るかも知れない」とか「捨てるに忍びない」と取り置かれたモノが続々と集められ、社内の一角に積まれていく。僕も労働力の一端を担わなくてはいけないと、40年ほども保管されたままの、どこから取り外されたものかも知れない扉を1枚、指定の場所へと運ぶ。
「3日間だけじゃなくて、こういうことはずっとやんなきゃダメだよ」と製造部長のフクダナオブミさんが言う。「おっしゃる通り」である。
諸方から知恵と力を集め、環境整備はこれからも絶やさず続けていきたい。
朝飯 じゃこおろし、大根と胡瓜としその実と生姜の刻み漬け、ほうれん草のソテー、刻み昆布の沖縄風炒め、グリーンピースの炒り卵、納豆、メシ、浅蜊と長葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「魚登久」の酒肴あれこれ、4種の日本酒(冷や)
2017.2.22(水) いつでも来てください
現在の店舗や工場、住まいは僕が20歳ころに建った。「ころに」とその時期が特定されていないのは、棟ごとに時間差を置いて建てられていったからだ。僕は現在60歳だから、いずれにしても築約40年ということになる。
鉄筋コンクリート造りとはいえ築10年を超えるころから諸方にほころびが見え始め、以降は修理あるいは作り直しの連続である。
屋上の更に上、エレベータの機械室の上に置かれた避雷針の、それを支えるワイヤーがいつまで健在だったの記憶が僕には無い。それが錆びて切れたときのことも覚えていない。そして避雷針はここしばらく、その「しばらく」が10年なのか20年なのかはつまびらかでないけれど、とにかく、支えを欠いた状態で直立してきた。
昨年は屋上の、2度目になる防水工事を行った。その際ようようこの避雷針のワイヤーについて真剣に考え、本日遂に、サイトー電設のサイトータダハルさんにより、その復旧が成った。
避雷針の上部から四方に下げられたワイヤーは、絶縁のための碍子を経てアンカーに取り付けられていた。その様子は僕には初見にて、やはり最初のワイヤーは、遙か昔に失われていたのだ。
真新しいワイヤーは、これからどれくらい保ってくれるだろう。「カミナリ? いつでも来てください」の、今は気分である。
朝飯 冷や奴、烏賊の塩辛、納豆、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」を添えた大根おろし、じゃこ、梅干し、大根と胡瓜としその実と生姜の刻み漬け、メシ、揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 パン、コーヒー
晩飯 “TIO PEPE”、蛸とトマトとレタスのサラダ、パン其の一、パン其の二、温野菜を添えたシャルキュトリあれこれ、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2017.2.21(火) 初会議
事務机左手の壁に提げたカレンダーの、今日のところに「13:45 神社初会議」とボールペンによる黒い文字があり、それが緑色の蛍光ペンで目立たせてある。時刻を”13:45″としたのは「14時から始まる会議には、その15分前には現場に着いていろ」との、自分への勧告である。
白いシャツに、四半世紀ほど前に京都の小さな工房で買った、何色とも名状しがたいネクタイを締め、紺色のジャケットを着る。そうして「それほど遅くはならないと思う」と、事務係と販売係に言い置いて外へ出る。
瀧尾神社に近づいていくと、おおかたは既にして社務所に収まったのだろう、人の姿は見えない。破風の下に立つ僕の姿を仲町の神社総代ヨシダススムさんが認めて「宮司のとなり」と、僕の座るべきところを教えてくれる。
総鎮守瀧尾神社の、1年間の行事を取り仕切る当番町は、今月7日の引継ぎ会議を以て、前年度の平町から今年度の仲町へと引き継がれた。今日の初会議では、その仲町の自治会長カネコトモヤスさんが議長となって、居並ぶ各町内の自治会長、神社総代、神社世話人により、いくつかの議題が審議をされていく。それが完了すれば、あとは直会である。
酒は嫌いな方ではないから注がれればいくらでも飲んでしまう。それを避けて、今日は乾杯の猪口1杯に留めておく。以降は熱い日本茶をいただいた。
平町の皆さんには「有り難うございました」という気持ちである。仲町の皆さんには「よろしくお願いいたします」という気持ちである。今年度のお祭も、無事に成功することを願うばかりだ。
朝飯 ハムエッグ、塩豆、胡瓜の古漬け、大根と胡瓜としその実と生姜の刻み漬け、メシ、若布と万能葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 “TIO PEPE”、ツナとハムと3種の野菜のサラダ、グリーンピースの卵とじ、”Petit Chablis Billaud Simon 2015″、“Chez Akabane”のチョコレートケーキ
2017.2.20(月) 都会とは異なって
3、4日前からホンダフィットのメーター中央に「まもなくメンテナンス時期です HMMF」という表示が出るようになった。走っている間もずっと消えないため、燃料を満たしてから今現在までの走行距離を確かめることもできない。「HMMFとはなんぞや」と検索エンジンを頼ると、ミッションオイルのことだった。「そろそろ交換した方がいいよ」との託宣である。
ウチから3キロほど離れたホンダのサービス拠点に出向き、作業が済むまで待つのは面倒だ。都会とは異なって、周囲にはクルマのディーラー、ガソリンスタンド、葬儀場くらいしかないから「ちょっとそのあたり、散歩してきます」というわけにもいかない。
よってEBエンジニアリングの、ウチのクルマについてはほとんどすべてを任せているタシロジュンイチさんにメッセージを飛ばすと「ディーラーの方が良いかと思います」との返事がすぐに戻った。
エアバッグの無償交換に引き続いて、またまたホンダ行きである。温かいコーヒーを出してもらい、本を読んで待つことにしよう。
朝飯 ルッコラのソテー、トマトとグリーンピースの卵とじ、大根と胡瓜と生姜としその実の刻み漬け、胡瓜の古漬け、メシ、揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 砂肝の黒胡椒焼き、”TIO PEPE”、パン、野菜のスープ煮を添えたロールキャベツ、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2017.2.19(日) 日朝洗たく
早朝の仕事を完了して4階に戻る。きのう食堂の丸テーブルに置いた「日朝洗たく」のメモに従い、この4日間の服を洗濯機に入れる。「日朝洗たく」とは「日曜日の朝は洗濯をせよ」の意味である。
3歩を歩けばものを忘れるたちだから、僕の身のまわりにはメモやらポストイットが多い。今朝の洗濯も、メモがなければし忘れていただろう。
朝食を済ませて事務室に降り、開店の準備にとりかかる。ウチの暖簾は開店と同時に、ではなく、開店の準備のいの一番に軒下に提げる。その、出したばかりの暖簾が、おとといから断続的に続く強風により煽られる。
強い風は幸い、朝のうちに収まった。「閉店の17時には間に合わない」とおっしゃるお客様ひとりを事務室で待ち受け、商品をお渡ししてから施錠をする。
町内役員による会議が19時に控えている。それまでの90分間を座して待つつもりはない。肴になりそうなものを用意し、ドライシェリーを飲む。それがことのほか美味くて、また飲みつつ読む本にも興をそそられ、気づくと19時がちかくなっていた。
公民館での会議を終えて帰宅し、夕食の用意に取りかかる。それほど寒くないとはいえ、この時期にはなぜか、外へ飲みに出る気があまりしない。よって自己流で焼いた肉にて、今度は白ワインを飲む。
朝飯 胡瓜の古漬け、納豆、グリーンピースの卵とじ、大根おろし、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、揚げ湯波とピーマンの味噌汁
昼飯 「大貫屋」の味噌ラーメン
晩飯 ルッコラのサラダを添えた鶏もも肉のマスタード焼き、パン、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2017.2.18(土) 夜のラーメンとジム通いの関係
出勤してくる社員を迎え入れるため事務室のシャッターを上げる。そうして外へ出てみると、きのうから今朝にかけての強風により、どこかの工事現場から赤い三角コーンが飛んできている。どこかの林から、枯れ枝も飛んできている。それらを含め、目立つゴミのみ拾って歩く。その後は枯れ葉と砂を、箒とちりとりを使って掃き集める。
所用にて、きのうに引き続いて宇都宮へ出かける。往復60キロをこなして2時間以内に帰社する。
定時の17時には店にいて、閉店の準備をする。しかしお客様が途切れず、店を閉めることができない。販売係のハセガワタツヤ君に言い置いて自宅へ戻り、喪服に着替える。店は17時20分になっても閉まらない。よって施錠などはハセガワ君に任せてホンダフィットで菊屋ホールに向かう。義理のある人の母親が亡くなったのだ。
お通夜から戻って用意を始めた夕食は、これは夕食ではない、酒の肴である。その肴にて20時に飲酒活動を完了したときにはラーメンが欲しくて一瞬、外へ食べに行こうか行くまいかと迷ったけれど、即、その雑念を霧消させる。
夜のラーメンとジム通いの双方を平行して行う人を、facebookなどでたびたび見かける。「馬鹿じゃねぇの」と嗤うのは凡人で、あれは絶対矛盾的自己同一の求道的実践なのだ、多分。
入浴して水を飲み、21時すぎに就寝する。
朝飯 納豆、生玉子、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、じゃこ、梅干し、胡瓜の古漬け、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 カオガイトード、胡瓜の古漬け、らっきょうのたまり漬
晩飯 グリーンピースの塩ゆで、蛸と若布の酢の物、焼叉、「名手酒造店」の「黒牛純米」(冷や)
2017.2.17(金) 春一番
テレビの天気予報では、きのう、おとといから「春一番」ということばが聞かれるようになった。今朝は朝からそれほどは寒くない。
午後、いよいよ風が強くなって、店舗に向かって左側に掛けたのれんが片側に寄ったり、あるいはまるで洗濯機の中のハンカチのように舞ったりしている。そのままにしては見た目も悪く、またのれんも汚れたり痛んだりしそうだ。よって早々と事務室の中に避難をさせる。
夕方、どこからともなく駐車場に飛来し、しかしどこかへ飛んでいくことはせずに留まっているゴミや落ち葉を掃除する。しかし強風はちり取りの中にも侵入して渦を巻き、掃き集めたばかりのゴミや落ち葉をふたたび吹き散らしていく。砂埃もかなり舞っているのだろう、目の玉にも違和感を覚える。明日の朝もまた、広い範囲での掃除が必要になるかも知れない。
午後の遅い時間から来て、エレベータの天井の明かりをこれまでの蛍光灯からLEDに換える作業をしていた技術者が、電気の回路に問題があるため、もうすこし時間がかかりそうだと閉店後に事務室に来て言う。
待つうち2時間が経つ。いつまでこのままでいるわけにはいかない。施錠を施し、裏玄関から鼻をつままれてもわからないほど真っ暗な階段を、手すりを頼りに4階まで上がる。
作業は結局のところ「もうすこし」と言われてから3時間を経て完了した。自分の立てた行動計画がつまらない理由により乱されることを僕は極端に嫌う。しかしこのエレベータ会社には、例の「3.11」の大地震のとき、驚くべき速さで駆けつけ、レールから外れた昇降室を復旧してもらった恩義がある。よって不満を述べることはせず、ねぎらいの言葉をかける。
そしてようやくスープを温め、パンを焼き、ワインの栓を抜く。
朝飯 筑前煮、しもつかり、ハムエッグ、じゃこ、胡瓜の古漬け、メシ、豆腐と三つ葉の味噌汁
昼飯 チキンカツ丼、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」
晩飯 3種の野菜とウィンナーソーセージのスープ煮、パン、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2017.2.16(木) ひとりめし
メール、メール、またメール。電話、電話、また電話。書類、書類、また書類。ある人にとっては未知の領域について相談をされ、僕においてはそれは既知のことだったので説明をして。というようなこと繰り返すうち、早くも夕刻を迎える。
クリスマスのころにくらべれば日は圧倒的に長くなり、しかし現在は17:00閉店の冬時間を採用している。よって終業後にミーティングをしても、空はいまだ明るい。その明るさが、僕を不思議な気分にさせる。
自炊は嫌いではないから夕刻、仏壇の花と水とお茶を下げてその器を洗えば即、料理に取りかかる。料理とはいえ僕の場合にはいい加減なものにて、野菜はただ刻んで酢と塩と油をかけるだけ、パンは焼くだけ、ロールキャベツは取り寄せたものを家内が作り置いたスープに投入して温めるだけ、ワインは栓を抜くだけ。そんなところである。
そうして普段はできない行儀の悪いこと、すなわちテーブルの上に南の国の地図だの時刻表だのを広げ、それを読んだり眺めたりしながらひとり夕食を摂る。結構、楽しい。
朝飯 筑前煮、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」を薬味にした冷や奴、しもつかり、胡瓜の古漬け、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 カレーライス、らっきょうのたまり漬
晩飯 トマトとレタスのサラダ、パン、“neu frank”のロールキャベツのスープ煮、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2017.2.15(水) 電源喪失
“ThinkPad”は1995年10月から2011年8月までの16年間に、530からX61までの9台を使った。”ThinkPad”との長い付き合いはそこで終わり、2011年8月からは”Let’s note”に乗り換えた。この”Let’s note CF-N10″は優秀で、今日までの5年半のあいだ、いまだ致命的な故障を起こすには至っていない。
午後、その”Let’s note”の見慣れない部分に警報のような赤ランプの点滅していることに気づく。ネット上に情報を探してみれば、それは「バッテリーパックまたは充電回路が正しく動作していない状態です」とのことだった。試しにACコードを外してみると、その瞬間に”Let’s note”は落ちた。
騒ぐことはない。秋葉原の「LUMIX & Let’s note修理工房」を頼れば良いのだ。予約の上、午前に当該機を持ち込めば、夕刻には修理が完了する。問題は僕の日程である。日本橋タカシマヤへの出張組が戻る22日までは会社を空けられない。23日は地元で夜に集まりがある。24日は床屋にかかる。25日の午前は瀧尾神社の春季小祭で、夕刻には同級生サカイマサキ君の一周忌。26日は孫のお食い初め。
“Let’s note”は毎夕、事務室から自宅へ引き上げる際に、トートバッグに入れて持ち帰る。自宅ではこのコンピュータをバッテリーで駆動していたけれど、しばらくは電源コードの予備を置く必要があるだろう。
朝飯 ウインナーソーセージのソテー、しもつかり、筑前煮、烏賊の塩辛、胡瓜の古漬け、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 じゃこ、なめこのたまり炊、揚げ湯波、胡瓜の古漬け、烏賊の塩辛によるお茶漬け
晩飯 筑前煮、胡瓜の古漬け、冷や奴、豚の軟骨のオーブン焼き、「名手酒造店」の「黒牛純米」(燗)







































