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清閑 PERSONAL DIARY

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2018.4.30(月) 意味の無いことは分かっている

胸の痛み、とはいえ良心の呵責を意味するものではない、今月19日の夜に、自転車にまたがったまま右側に転んだ、そのときどこかに打ちつけた胸の状態についてである。

2日を経ても痛みは去らない。普段は意識することもしないから気づかないでいたけれど、鼻をかむには先ず息を大きく吸い込む、それが胸の痛みによりできない。咳払いも胸の痛みによりできず、くしゃみを催せば、その直後に襲い来る痛みに怯えてどうにか誤魔化そうとするうち鼻孔の違和感はいよいよ漸進し、却ってより大きなくしゃみが出て、その直後は思わず胸を押さえて前かがみになるなどを繰り返した。

このことにより、21日にオカムラ外科を訪ねた。診察の結果、医師は胸に簡便なギプスを巻くことを僕に命じた。

うんざりするような傷みは転倒から7日を経て「すこし楽になったかも知れない」と感じるところまで回復をした。8日目には、ほんの少しではあるけれど、更に楽になった。そして9日目を迎えると、痛みはほぼまったく意識に上らなくなった。

今年の冬に社員と雪かきをしていて、数十年も履いて底のすり減った長靴が滑ったのだろう、歩道と車道のあいだで背中から転んだ。この転倒も先日の自転車での転倒も、振り返ってみれば、地面に手をつくでもなく、被害を最小限に留めるべく体を反転させるでもなく、まるで全面降伏をするように、為す術も無く地面に落ちた。その姿を客観的に眺めてみれば、まさに老人そのものである。

「これからは気をつけよう」などと心に決めても意味の無いことは分かっている。転ぼうとして転ぶ人はいないのだ。オフクロは2013年の10月に東京大学の構内で転倒し、それが直接の原因ではなかったものの、2014年の10月に亡くなった。それを他山の石としようとしても意味の無いことは分かっている。転ぼうとして転ぶ人はいないのだ。


朝飯 納豆、生のトマト、茹でたブロッコリー、らっきょうのたまり漬、ほうれん草のソテーを添えたベーコンエッグ、山椒の佃煮、千枚漬け、メシ、豆腐とトマトと大根の葉の味噌汁
昼飯 朝のおかずを流用した弁当
晩飯 若布スープ春雨サラダ葱餅肉饅頭油淋鶏“TIO PEPE”、白酒


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2018.4.29(日) 第三回清楽亭寄席

目を覚まし、枕の下のiPhoneを取り出し見ると、時刻は4時30分だった。即、起床して食堂に出る。いつもなら、ここで仏壇に上げるための生花とお茶を整えるところだ。しかし今朝はそのまま1階に降り、事務室にて白衣と帽子とマスクを身につける。そして奥の研究開発室に入り、味噌汁の出汁を引く。今日の「清楽亭寄席」のための出汁である。

4階の食堂に戻ると食器棚の電波時計は4時58分を指していた。秋の日は釣瓶落としというけれど、時間とは、いつ、どこにあっても、大抵は素早く過ぎていくものだ。

コンピュータを起動して、ほとんど完成していた一昨日の日記に少々の手直しを加えて「公開」ボタンをクリックする。途中までしか書けていないきのうの日記は取りあえず脇へ置き、今日の日記のここまでを書く。

母屋と隠居のあいだはおよそ100メートルほどのものだが、出汁の寸胴鍋や17世紀のものと思われる木製の銭函など重いものは、手間を省き安全を考えて、朝のうちにホンダフィットで運んでおく。10時に改めて隠居へ行くと、長男は庭に水を撒いていた。

噺家の滝川鯉白、太神楽の鏡味よし乃が到着したところで「上澤」の印半纏を着る。以降は、次々といらっしゃるお客様を名簿と照合し、木戸銭をいただく。

受付以外の僕の仕事は味噌汁作りだ。落語をお聴きになり、あるいは太神楽をご覧になるお客様の雰囲気を背中に感じつつ、台所で鍋に向かう。そうしていよいよ中入りになると、家内が握ったおむすびに「らっきょうのたまり漬」を添えたお盆に、出来たての味噌汁のお椀を載せることを繰り返す。

清楽亭寄席は昼席と午後席のふた席だから、中入りも2回ある。昼席にしたことを午後席でも繰り返し、何とか味噌汁づくりを乗り切る。お客様がお帰りになる際には、下足番も務める。お客様の晴れ晴れとしたお顔が、何よりの、自分への栄養剤である。

事務室に戻ると17時が近かった。木戸銭を集計して店のキャッシュレジスターに入れる。定時を過ぎてもお客様は途切れず、いつもより遅れて店を閉める。黄金週間は、いまだ始まったばかりだ。

18時35分に食堂に戻る。19時からは町内の公民館で役員会議が開かれる。のんびりしているひまは無いものの「ちょっと待ってくれ」とばかりにドライシェリーのソーダ割りを飲む。そして町内会計の、2017年度の仮決算書10部を小脇に抱えて外へ出る。


朝飯 生のトマト、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、冷や奴の「なめこのたまりだき」かけ、油揚げの網焼き、茹でたブロッコリー、らっきょうのたまり漬、じゃこ、メシ、椎茸とカキ菜の味噌汁
昼飯 たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」のおむすび、「清楽亭寄席」の中入りにお客様にお出しした揚げ湯波とズッキーニの味噌汁の、揚げ湯波だけが残った最後のところ
晩飯 カスレトマトとカキ菜のスパゲティ、”TIO PEPE”


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2018.4.28(土) 庭の緑

朝、如来寺に墓参りに行く。否、そうではない。

人は死ねば、火葬をされて灰になる、土葬をされて土になる、鳥葬をされて鳥の血肉になる、それですべてお終いと考える僕は宗教心に欠けた人間だ。だから僕は、お墓へ行ってもお参りをしているのではない、有り体に言えば、お墓の掃除をし、花と線香を供え、ただ帰ってくる、それだけのことだ。しかし少なくとも、お墓が綺麗になれば、気持ちは軽くなる、あるいは爽快になる。今日のように晴れて空気が乾いていれば、尚更のことだ。

明日は味噌蔵のある庭の隠居で、噺家は滝川鯉白、太神楽には鏡味よし乃を迎えての「清楽亭寄席」が開かれる。その準備のほとんどは長男がしているものの、僕も何かを手伝わなければ気が引ける。午前は楽屋に置く姿見を母屋から運んだ。そして午後は、無造作に置かれた座布団を、襖の敷居や畳の縁に合わせて整える。

名残のシダレザクラは流石に散り、今は藤の花が盛りだ。ご来場のお客様には、落語と太神楽以外にも、庭の散策などを、お楽しみいただければ幸いである。


朝飯 カキ菜のソテー、マカロニサラダ、「なめこのたまりだき」のフワトロ玉子、生のトマト、納豆、じゃこ、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と椎茸と三つ葉の味噌汁
昼飯 弁当
晩飯 “TIO PEPE”茹でたブロッコリーとマッシュドポテトとラタトゥイユを添えたローストビーフ“GEVREY CHAMBERTINE 1er CRU AUX COMBOTTES DOMAINE DUJAC 1985”無花果を使った2種のケーキ、”Old Parr”(生)


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2018.4.27(金) 裏

「ウワサワさんは、いつもおなじ服を着て、感心ねぇ」と、40年ほど前に、ある女の人に褒められた。「感心ねぇ」とは、着るものについての質素さに対してのものだろう。

子供のころアトピー性皮膚炎に悩まされたこともあって、服はほとんど木綿のものしか持たない。着づらさを感じないかぎり、生地は厚い方が好きだ。厚いほど穴が開きづらく、長く保つからだ。

それはさておき「いつもおなじ服を着て」いるについては「裏」がある。いま着ているものが古びると、また同じものを買うのだ。

どれほど前に買ったか覚えていないシャツが古びてきた。袖口はすり減って、何年ものあいだ毛羽立っている。いよいよ新しくしなければならないが、色や形の異なるものは欲しくない。

「天網恢々疎にして洩らさず」の本来の意味とはまったく異なることは承知をしつつ、しかしその「天網」とは、いまや検索エンジンのことを指すのではないかとさえ思われる。どれほど前に買ったか覚えていないシャツとおなじものを、僕は遂にインターネットの大海に見つけた。即、注文したことは言うまでもない。

しかし以来1年と3ヶ月のあいだ、この真新しいシャツは箪笥の中に眠り続けている。すり減った旧い方を、いまだに着続けているからだ。旅先に持参して、いちど着たら捨ててしまうことも考える。しかし多分、捨てる段になれば惜しくなって持ち帰り、ふたたび洗濯屋に出してしまう気がする。僕の選ぶシャツは生地が分厚くて、袖口以外はなかなかすり減らないのだ。


朝飯 じゃこ、納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、生のトマト、目玉焼き、厚揚げ豆腐の網焼き、ほうれん草のソテー、らっきょうのたまり漬ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と椎茸と三つ葉の味噌汁
昼飯 「ふじや」の雷ラーメン
晩飯 マカロニサラダ、コールスロー、串カツ、ほうれん草のソテー、ミートローフ“Petit Chablis Billaud Simon 2015”


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2018.4.26(木) 読みさしの本

今日は麻布のお寺で、家内の父の一周忌の法要がある。当方は活字中毒であるから、たとえ読まないにしても、本を持たなければ落ち着かない。

ところが読みさしの文庫本は「あとがき」と「解説」を含めても、未読の部分は14ページしか残っていないから、下今市を発車した特急スペーシアが次の新鹿沼に着くころには読み終えてしまうだろう。以降は邪魔になるばかりである。

読みさしの本は、他に単行本もある。しかし手荷物を最小限に留めようと準備した”ISUKA”のギヤバッグにそれは入らない。だったらどうするか。心は乱れるばかりだ。

とにかく、その”ISUKA”のギヤバッグを提げ、下今市07:45発の上り特急スペーシアに家内と乗る。広尾には10時すこし過ぎに着いた。南部坂を、ドイツ大使館のコンクリート塀が作る日影に隠れるようにして登る。ネクタイを締め、スーツを着ているものの、空気が乾いているせいか、汗はかかない。山の上の禅寺に入る前に、先ずは墓地に回る。そして閼伽桶に水を汲み、お墓の前に置く。

親戚が次々と控えの間に集まってくる。クルマで向かっていた長男と嫁と孫の姿は、11時をすこし過ぎてようやく見えた。いつになく首都高速道路が混んでいたという。

家内の父の一周忌の法要は、予定通り昼すぎに完了した。便利この上ない場所にある料亭では、ついひと月ほど前に訪ねたという、ラオスの南部の遺跡のことなどを住職から聴けて楽しかった。

長男は仕事につき、その会食を中座した。10数名の親戚とも、また叔母の家に寄る家内たちとも別れて、ひとり南部坂を下る。ドイツ大使館の塀に換わって、午後は有栖川公園の欅の大木が、まるで初夏のそれのような日の光を和らげている。

ハッとして日比谷線の車両から降り、ちかくの階段を上がる。しかしどうも、まわりの景色が違う。駅員に訊ねると、そこはいまだ東銀座だった。昼の酒が効いているのだ。ふたたびプラットフォームに降り、今度は無事に北千住に至る。

閉店の10分前に帰社する。4階に上がり、即、着替えて店に降りる。3台のキャッシュレジスターを締めることに30分を費やす。あちらこちらに鍵をかけ、ふたたび4階に戻る。そして入浴をして多めの水を飲み、早々に就寝する。


朝飯 5つのおむすび、らっきょうのたまり漬揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 「有栖川清水」の其の一其の二其の三其の四其の五其の六其の七


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2018.4.25(水) 1日が始まる前にしかできない仕事

目を覚ましてしばらくしてから枕元のiPhoneを取り上げ、見ると時刻は3時22分だった。ここでニュースのアプリケーションなどを開いたり、あるいは検索エンジンで何ごとかを調べたりすれば、たちまち数十分、悪くすれば小一時間を無駄にしてしまうことは分かっている。よって即、起床して食堂へ行く。

そしてコンピュータを立ち上げ、きのうの就業時に事務係のコンピュータから吸い上げた、最新の顧客名簿に向かう。そして同じくきのうの修業時に印刷した自製のマニュアルに従って、夏の贈答のための、資料のお送り先を特定する。

毎年2月には日本橋のタカシマヤで出張販売をさせていただく。9月には新宿のタカシマヤで、やはり出張販売をさせていただく。その催しのご案内にくらべれば、盆暮れのお知らせのお送り先の特定はよほど単純で、それほどの手間は要さない。

昨年の覚え書きには「24分で作業終了」の記録があった。それが今朝は20分で完了した。このデータは始業と同時に事務係3名のコンピュータへと移し、今度は彼女たちが、目視により最後の選別をするのだ。すべて、予定通りである。


朝飯 「なめこのたまりだき」のフワトロ玉子、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、トマトとキウイのサラダ、納豆、ごぼうのたまり漬、しもつかり、メシ、揚げ湯波とキヌサヤの味噌汁
昼飯 「大貫屋」の味噌ラーメン
晩飯 しもつかりキムチ鍋、胡麻焼酎「紅乙女」(ソーダ割り)、イチゴの杏仁豆腐


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2018.4.24(火) 一念発起

仏壇の掃除を最後にしたのはいつだったかと振り返り、それは昨年のお盆前のことだったと、頭の中で確かめる。以降、8ヶ月以上も手を着けなかったとは、恥ずかしい限りだ。もちろん、目に付いた灰や埃などはそのつど拭いたり払ったりしてきた。しかしすべての位牌を取り出して、というようなことについては、8ヶ月の無沙汰である。

今朝はようやく意を決し、まぁ、それほど大げさなことでもないけれど、先ずは布巾や小さなはたきを用意する。次は中のものを次々と取り出し、部屋の真ん中のテーブルに並べていく。最後は線香立ての灰をふるいにかけ、固まったところは捨てて、柔らかいところのみふたたび線香立てに戻す。

この、線香立ての灰を”refresh”していく最中にはいつも、南の国の線香立てのことが頭をよぎる。南の国の線香は僕の知る限り、その中心は棒になっている。その竹ひごのような棒は細く鋭いため、すこしばかり固くなった灰にも難なく立てられる。

それを知らずに僕は南の国に日本の線香を持参し、線香立てに立てようとして、しかし固い灰は頑としてそれを受けつけないから、僕は寺の中でひとり焦燥したりするのだ。

仏壇は30分と少々ですっかり綺麗になった。これから海外においては、線香はその土地で、その土地のものを買おうと思う。


朝飯 生のトマト、しもつかり、ハムエッグ、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、茄子とピーマンの味噌炒り、ごぼうのたまり漬らっきょうのたまり漬、メシ、揚げ湯波とうるいの味噌汁
昼飯 朝のおかずを流用した弁当
晩飯 「ふじや」の焼き餃子、冷やしトマト、キムチ豆腐、ほうれん草の振り分け味噌炒め、胡麻焼酎「紅乙女」(お湯割り)、「鶴屋安芸」の「利休饅頭」、”Old Parr”(生)


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2018.4.23(月) 間食

「その歳で太らないって、大したものですね、スポーツ、何かされているんですか」などと訊かれるたび「何もしていません。太らないのは、間食をしないせいでしょうか」などと、何年か前までは答えてきた。しかし今は間食をする。

朝食は6時30分から、昼食は13時30分から、夕食は19時30分からで、それぞれの間隔は開いている。おまけに僕のからだは代謝が良いらしく、メシを食べても3、4時間ほどで飢えてくる。間食をしないことには腹が保たないのだ。

先般の大祭の折、町内の祭壇にお酒を奉献してくれた家々にお返しとして配ったのは「久埜」の最中だった。ウチもお酒を上げたから、僕もその最中は食べられるはずだ。午後、それを食堂に探す。しかしどこにも見あたらない。家内に確かめると、長男や嫁に配って既に無いと言われた。

「その代わり」と、仏壇から下げてくれたのが「鶴屋安芸」の利休饅頭だ。用あってこれをあるところに送り、しかし代引き着払いで決済をするため、自宅にも届けてもらったのだという。よってこの、年に数度は口にする饅頭を煎茶と共にいただく。そして2個目を食べたい気分を抑えてふたたび仕事場へと降りる。


朝飯 切り昆布の炒り煮、巻湯波の淡味炊き、しもつかり、カキ菜の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、納豆、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、メシ、きのうの宴会から持ち帰った天ぷらに万能葱を薬味とした味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 炒り豆腐、冷やしトマト、マカロニサラダ、茄子とピーマンの味噌炒り、ハムカツ、鶏のフリット、ごぼうのたまり漬、胡麻焼酎「紅乙女」(お湯割り)


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2018.4.22(日) 傘抜き

隠居が建てられてからどれほど経つかは知らない。「子供のころは、玄関を上がってすぐ右の6畳で、よく遊んでいたんだよ」と、2013年に102歳で亡くなったおばあちゃんから聞いたことがある。とすれば、百数十年前の建物であることは確かだ。

この、味噌蔵のある庭の隠居で、月にいちど朝食の会を催している。今日は東京や埼玉からの、5名のお客様に恵まれた。その「伝統家屋でいただく、なんでもない日の食卓。」において、僕のする仕事は味噌汁の出汁を引くことのみだ。それ以外はすべて、長男と家内が手を尽くす。

土曜日は平日の2倍、日曜日は平日の3倍、店は賑わう。そのため僕は事務室や製造現場からなかなか抜け出せず、10時をすぎてようやく、朝食のお客様にご挨拶をすることができた。以降はしばらくのあいだ、この旧い建物や、たまり漬の黎明期のことにつき、お話をさせていただく。庭の枝垂れ桜には、わずかに花が残っている。晴天の下に障子を開け放たれた家屋は、現代の住まいに慣れた身には、どこか知らない土地のものにも見えるから不思議だ

午後一番で、義理のある人の告別式に列する。その帰りに回転鮨で昼食を済ませ、駐車場でクルマに乗り込んだところで「しまった、今日は17時から宴会だったじゃねぇか、昼はむしろ、抜いた方が良かった」と気づいても、もう遅い。

しばらく日常の仕事に戻って後は、先ほどまでの黒いスーツではなく、紺色のパンツにおなじく紺色の替え上着を合わせる。初夏とも感じられる気温の中を歩いて小倉町の竹美荘に至る。

17時から始まったのは傘抜きである。傘抜きとは、春の大祭では神として渡御を先導した金棒曳きが、傘を脱ぐことによって人間に戻る、その儀式を指す。普段は責任役員として定時の少し前に着くところ、今回は当番町の一員として、会場にはすこし早めに入った。

募集を始めたときにはひとりしか希望者のいなかった金棒曳きに、もう一人が加わって「対」になってくれたのは幸いだった。また、目立たないところで力を出し続けてくれた婦人会の人たちが、今日は客としてゆっくり過ごすことができた、それも僕には嬉しかった。

なお、これは余談ではあるけれど、竹美荘の締めの蕎麦は、いわゆる「ツウ」がうんちくを傾けるようなたぐいのものではないものの、大層、美味い。


朝飯 しもつかり、切り昆布の炒り煮、納豆、油揚げの網焼き、カキ菜の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、生のトマト、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐とうるいの味噌汁
昼飯 「はま寿司」のあれやこれやそれや
晩飯 「竹美荘」の其の一其の二盛り蕎麦


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2018.4.21(土) 会社の花見

おとといの、自転車による転倒の際に打撲した右の胸が痛む。咳やくしゃみを催した際には、胸の痛みを恐れる気持ちが勝り、その咳やくしゃみが収まってしまったりもしている。今日は土曜日だから、今のそれより痛みが亢進しても、明日は病院はにかかれない。

そういう次第にて、9時すぎにオカムラ外科へ行く。ようやく呼び出され、医師による問診を受け、レントゲンを撮り、ふたたび診察室に入って、骨にひびが入っている様子は見られないものの、簡便なギプスを胸に巻くことを命じられ、しばらく待つうちギプスの巻き方を看護師に教えてもらい、またまた呼び出されて診察料およびギプスの代金を支払う。時刻は正午を過ぎていた。

さて、これからが忙しい。昼食を摂り、社員との面談をふたつこなす。それから自転車のカゴに「久埜」の最中14箱を乗せ、先般の大祭の際、町内の祭壇にお酒を奉献してくれた家々に、そのお返しを配って回る。そうして急いで会社に戻って、今度は包装係のサイトーヨシコさんと、明日、蔵出しすべき商品の数量を予想する。

それはさておき、社員とする催しの中に花見というものがある。「花より団子」で、街の料理屋でこれを開いた時代もあった。しかしこのところは雨でも降らない限り、味噌蔵のある庭に建つ隠居で一夕、家内の作った諸々による食事を楽しむ。

花見の日にはまた、永年勤続者の表彰も行う。販売係として入社し、後に事務係に転じたカワタユキさんは、この3月に勤続10年を迎えた。そのカワタさんには表彰状を手渡し、この10年間の働きを、社員と共にねぎらう。


朝飯 カキ菜の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、切り昆布の炒り煮、目玉焼き、納豆、生のトマト、ごぼうのたまり漬、めんたいこ、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 小鯛の手鞠鮨厚焼き卵ごぼうのたまり漬カキ菜の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け大根と豚三枚肉の煮つけたまり漬「刻みザクザクしょうが」と同「鬼おろしにんにく」を薬味にした鰹のたたき冷やしトマト鶏の松かさ焼き胡瓜の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け「宇都宮酒造」の「四季桜大吟醸」(冷や)イチゴのババロア


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上澤卓哉

上澤梅太郎商店・上澤卓哉

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