トップへ戻る

MENU

お買い物かご

清閑 PERSONAL DIARY

2019年1月の日記31本

2019.1.31(木) 金沢の雪

日本酒に特化した飲み会「本酒会」の旅行で金沢を訪れたのは、20年ちかく前のことだっただろうか。そう考えつつこの日記を検索すると、それは2001年1月21日から23日までの3日間と知れた。

その日は積もったばかりの雪を踏みつつ8時49分にJR今市駅を出発した。そこから宇都宮、大宮、越後湯沢、直江津と経由して金沢には14時9分に着いた。「街に雪はどれほど豊富だろうか」と胸を躍らせて来た金沢だったけれど、雪は街路樹の根元に残るのみで、大いに落胆をした。前日のテレビのニュースでは、北陸の大雪を伝えていたのだ。

人とは勝手なもので、冬に北国へ旅をするときには雪が多くあって欲しいと望みつつ、自分の生活圏内では、できれば雪は降って欲しくない。

昼食の後にスイッチを入れたテレビのニュースに、列島の地図が映し出される。明朝は東京でも雪の降る可能性があると説明しながら気象予報士が指した地図の、雪の降る場所として白く塗りつぶされた帯の中には、我が日光も完全に収まっている。

17時30分に通用口を閉めようとして外へ出てみると、早くも、雨とは思われない小さな粒が空から落ちつつあった。明日はどれほど積もるだろう。戦々恐々の心境である。


朝飯 ピーマンと人参のきんぴら、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、「しいたけのたまりだき」とほうれん草の玉子焼き、納豆、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 「金谷ホテルベーカリー」の2種のパン、コーヒー
晩飯 デコポンとベビーリーフのサラダ、玉葱と白菜とベーコンのスープ、パン、浅蜊と槍烏賊のスパゲティ、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”、“Chez Akabane”のリーフパイ、”Old Parr”(生)

2019.1.30(水) 両名共に手元が危うい

朝飯に味噌汁は欠かせない。しかし夜は酒という水分を摂取することもあって、味噌汁はほとんど作ってこなかった。そうしたところ最近、2016年11月に生まれた孫がことのほか味噌汁を好むことを知った。そうであれば、これを用意しないわけにはいかない。

朝の味噌汁はほとんど僕が作る。その流れからすれば、夜の味噌汁も僕が作るべきだろう。孫は椎茸を好む。だったらなめこも好きだろうかと、今夜の味噌汁の具にはなめこを用意した。この、粘性のあるきのこを椎茸と同じく孫が食べるかどうかは不明である。

冷蔵庫を調べると、薬味になりそうな野菜は万能葱のみだったから、幼児には刺激が強すぎるかも知れないと考えて、代わりに若布を入れた。器は、1週間ほど前にウェブショップに注文して数日後に届いた朱塗りで、僕のものとおなじくユニバーサルデザインによる。

直径10.5cmの子供用のお椀ではあるけれど、それに、いまだそれほど温度を上げていないなめこの味噌汁をたっぷり注ぎ、孫の前へ置く。孫はそれを一気に飲み干し、お替わりをくれという。汁ばかりを飲ませては他のものが食べられなくなる。鍋からなめこのみを掬って孫の前へ置く。孫はそのなめこをひとつ残らず口の中へ入れて、ようやく気が済んだらしい。

これから孫と和食による夕食を摂る際には、味噌汁を作らなければならない。ひとあし先に酒など飲んでいる場合ではないのだ。


朝飯 大豆の炒り卵、蓮根のきんぴら、ほうれん草のおひたし、薩摩揚げ、納豆、白菜漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、揚げ湯波と若布と万能葱の味噌汁
昼飯 「大貫屋」のチャーハン
晩飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、細切り人参の炒り煮、たまり漬「刻みザクザク生姜」と同「おにおろしにんにく」による豚の生姜焼き、「らっきょうのたまり漬」を隠し味にしたポテトサラダ、松前漬け、白菜漬け、なめこと若布の味噌汁、麦焼酎「ひゅうが晴」(お湯割り)、”Chez Akabane”のケーキ、”Old Parr”(生)

2019.1.29(火) 道案内

地元の整形外科で処方された、朝昼晩の食後に飲むこととされている鎮痛剤は、おとといの昼からきのうの夜まで、およそ55時間ほど抜いても背中の痛みには何とか耐えることができた。そして今日は「1週間に2回の割で通院して、計8回で快方へ向かう可能性が高い」と言われたカイロプラクティックでの、6回目の施術日である。

今日の予約時間は10時30分だから割と早い。朝の諸々の用事を済ませて9時35分に会社を出る。僕はクルマでの移動はほとんどしないから道に疎い。宇都宮のカイロプラクティックへは、はじめの2回ほどはiPhoneのgoogleマップに頼った。しかし3回目からはさすがにその必要もなくなった。

電子ペンを患部に押し当てられたときの痛みは、前回26日のそれより更に弱くなった。姿勢やからだの使い方における長年の癖により凝り固まった筋肉は、順調にほぐれているらしい。

ところが帰路に着くと、またまた背中の痛みが強くなってきた。これがいわゆる好転反応なのかどうかは、素人の僕には分からない。家に帰って即、鎮痛剤を服用する。そして夜も鎮痛剤を飲んで早々に寝る。


朝飯 鮭の昆布巻き、牛蒡と人参のきんぴら、納豆、大豆の炒り卵、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、白菜漬け、トマトと揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 ほうれん草のおひたし、薩摩揚げ、「しいたけのたまりだき」と牛肉と里芋のすき焼き風、鮭のバター焼き、白菜漬け、麦焼酎「ひゅうが晴」(お湯割り)

2019.1.28(月) 塩らっきょう

トンロー、つまりスクムビットsoi55… と書いて、この「つまり」は説明にも何もなっていないけれど続ける。そのトンローのパクソイ、つまりトンロー通りの根元から北へ向かって右側の歩道を往くと、間もなく右手に上出来の骨董屋が見えてくる。

昼ひなかでもその店は入口に鍵を掛けている。しかしドアの取っ手に手をかければ即、奥に控える人が駆け寄って鍵を外してくれる。店の中はまぁ、アリババの洞窟だ。自分には高価で買えない、あるいは大きくて持ち帰れない逸物がほとんどではあるけれど、ひとつ、磁器製の小さな高台が目に付いた。訊けば清代最後期のものだという。

商談が成立すると店の人はその高台を丁寧に包み、それを僕はホテルの部屋で更に、持参したエアクッションにくるんだ。

この器には、いつも塩らっきょうを盛る。塩らっきょうを盛って、これほど似合う器は初めてだ。タイではその後、節約に励んでいるため、その骨董屋には入っていない。前を歩くことはあるものの、いつも脇目で通り過ぎている。


朝飯 大根と豚三枚肉の炊き合わせ、蓮根のきんぴら、柴漬け、塩鮭、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、トマトとピーマンと揚げ湯波の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 冷やしトマト、長芋の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」がけ、キムチ鍋、麦焼酎「ひゅうが晴」(お湯割り)

2019.1.27(日) 降雪

研究開発室に用事があって、早朝に仕事場へ降りる。すると裏玄関から出たところで消火栓のポンプがいつの間にか働き、工場内の床の一部が水浸しになっていることに気づいた。

24日に行われたキュービクル式高圧受電設備の交換に際しては、社内すべての配線がくまなく調べられ、翌25日には、齟齬のある部分につなぎ替えが施された。しかし消火栓の配電盤については、工事にあたった電気工事会社にも不明のところがあったという。本日は生憎と日曜日。よって明朝は即、防災担当の取引先に来てもらって、電気工事会社とすり合わせをしてもらうことを決める。築40年を過ぎた建物の中には、色々と分からないところがあるのだ。

1月は昇給の月にて、午前、子供を産み育てるために長期休暇を取っている以外の、すべての社員への給与辞令を作る。そしてそれに署名捺印をして、各々の給与明細と共に封筒に詰める。

通常、土曜日は平日の2倍いそがしく、日曜日は平日の3倍いそがしい。しかしこの週末に限っては不思議なことに、土曜日の売上げの方が良かった。

16時35分にお得意様から電話があり、すこし遅れても店を開けておくよう頼まれる。快諾をして店に立つうち、しかしそのお客様は閉店よりも前にご来店くださった。帰宅する社員に声をかけつつ3台のキャッシュレジスターを締めて4階に上がる。テレビのスイッチを入れると、豪栄道と貴景勝による結びの一番が始まるところだった。僕が相撲をもっとも面白く感じていたのは、富士櫻が全盛だった1980年前後だと思う。


朝飯 鮭の昆布巻き、大豆の炒り卵、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、揚げ湯波とキャベツの味噌汁
昼飯 「ふじや」の野菜麺
晩飯 トマトと人参とベーコンのスープ、林檎とレタスとチーズのサラダ、オムレツ、ピッツァその1、ピッツァその2、ピッツァその3、ピッツァその4、”Petit Chablis Billaud Simon 2015″

2019.1.26(土) 息つくひま

北千住07:42発の下り特急スペーシアに乗って、9時20分に帰社する。それからの2時間は、有り難いことに大型バス2台を含む少なくないお客様が入ってくださったこともあって、息をつくひまもない忙しさだった。

本日はまた「1週間に2回の割で通院して、計8回で快方へ向かう可能性が高い」と言われたカイロプラクティックでの、5回目の施術日だ。ホンダフィットの運転席に着き、宇都宮を目指して11時35分に会社を出る。

1回目に受けた低周波による治療では、その出力を最強にしても僕の症状の重さには効果を発揮しない。そう考えたらしい先生は、2回目からは道具を電子ペンに切り替えた。この治療器は、本体とペンを繋ぐ電線がからだに近づいただけで筋肉に電気が流れるほどだから、その手の感覚に弱い人は、説明を聞く前に逃げ出すかも知れない。しかしてそのペン先により感じる痛みは、前回のものよりも大分、軽くなっていた。

帰社すると時刻は14時20分。明日の朝に蔵出しする商品の数を包装係と決めるのは15時。以降17時までは、比較的おだやかな時間が流れる。

地元の整形外科で処方された、朝昼晩の食後に飲むこととされている鎮痛剤を、きのうは昼と夜、今日は昼のみの服用で何とか凌げた。

鎮痛剤を常用せざるを得ない人の話を耳にするたび「よくもまぁ、そんな不気味なことができるものだ」と感じていたが、いざ自分がからだに痛みを持つと、不気味さなどはどこへやら、痛苦を消すことが最優先になることを、文字通り身を以て知った。しかしいつまで鎮痛剤を飲み続けることはできない。全快の待たれるところである。


朝飯 「吉野家」の牛丼、生玉子、おしんこ、味噌汁
昼飯 「だるま食堂」のタンメン
晩飯 レタスと黄ピーマンとモッツァレラチーズのサラダ、クリームシチュー、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”、小さなお菓子、”Old Parr”(生)

2019.1.25(金) アルプス席とアリーナ席

テシマヨーちゃんは、稀代のデータベースソフト「マイツール」の伝道者のひとりだ。その、全国あちらこちらで月に1度ほどの頻度で開かれる小さな勉強会に、僕は昨年のうちから申し込んでいた。どちらかといえば引っ込み思案とされる日本人がほとんどの集まりであるにもかかわらず、人の発表を聴くアルプス席よりも、自分が発表するアリーナ席の方が先に埋まっていくところが面白い。それは、ヨーちゃんの巧みな手綱さばきによるところが大きいように僕は感じている。本日のアリーナ席は、以下の通り。

1.自社の日時MQ達成グラフ by クマキカオリ
2.「毎度お世話になります!名簿」 by ウワサワタクヤ
3.MT名簿で年賀状管理 by ワダノリコ
4.顧客名簿からのDMの抽出と分析 by ナガツカマモル
5.自社の2年分のデータ入力 by マエザワカズヒロ
6.V型ファイル、X型ファイルの活用法 by マエカワコータロー

今回の発表でもっとも驚いたのは、マイツールに触れて僅々2ヶ月にもかかわらず、自社の荒利が固定費をいつ超えるかを、日を追いつつ知ろうとするクマキカオリさんの試みだった。それにしても、弁当による夕食を摂りつつ21時まで続くこの勉強会は、中々に”tough”だ。

勉強の後の、いわゆる交流会にはほとんど顔を出さない僕ではあるけれど、今夜ばかりはつき合って、23時30分まで神田のお好み焼き屋に居つづける。


朝飯 「ドトールコーヒーショップ」の熱々ハムチーズ、コーヒー
昼飯 「ラッキー屋」の赤魚鯛粕漬け定食
晩飯 勉強会の会場に出前の弁当、「日光味噌」の湯波とほうれん草のフリーズドライ味噌汁、「おきばり屋」のあれや、これや、それや。トマトハイ、それを濃くするためのナカ、チューハイ、それを濃くするためのナカ

2019.1.24(木) 後を託して

朝から工事の関係者が社内を忙しなく行き交う。きのうの日記にも書いた、キュービクル式高圧受電設備の交換が行われようとしている。それに伴う停電時間は9時から17時までの8時間。キュービクルの置かれる工場裏手では、関電工の高所作業車が、既にして電線の張りかえに当たっている。

「もう停電させていいですか」と、毎月キュービクルの点検に来ているコヤマアキラさんが言う。僕は腕の時計に目を遣りつつ「ちょっとまってください」と店まで走り、お客様が店内にいらっしゃらないことを確かめた上、停電の間もないことを社員に伝える。そうしてまた工場裏手まで走り、停電を許可する。

またまた店に走って戻る。トラックに載せられた発電機は動いているものの、同時にすべての回路に電力が供給されるわけではないらしい。数分のあいだ停電の続いていた店に、いきなり明かりが点る。胸をなで下ろす瞬間である。気がかりなのは、電話の主装置のバッテリーがビープ音を発し続けていることだ。工事を請け負ったヌマオ電工の社長によれば、大型の発電機を以てしても、負荷に耐えかねているという。よって店舗と事務室に置いた、電熱器などの電源を落としてみる。ここでビープ音はようやく消えた。

ところで本日の工事日程は、1週間ほど前に知らされた。しかし僕には今日と明日の予定が数ヶ月前から入っている。よって後のことは長男と社員に託して下今市10:05発の上り特急スペーシアに乗る。


朝飯 鶏卵雑炊、蓮根のきんぴら、じゃこ、大豆の炒り卵、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」
昼飯 「つるまる」の鶏天わかめうどん
晩飯 「ひつじもん」のドライトマトのオイル漬け、グリーンサラダ、羊の肩ロース、チーズの盛り合わせ、“Terre Casali Montepulciano d’Abruzzo”

2019.1.23(水) 昇給の説明

きのうの就寝が早かったため、目を覚ましたのは深夜の1時台だった。以降は覚醒と「浅き夢みし」とを繰り返して3時台に起床する。そして20日の分から滞っていた日記の、きのうまでの3日分を一気に作成する。

ここまでコンピュータに向かい続けても背中の痛みは大して感じず、よって12月25日から手放せなかった、朝昼晩の食後に飲むこととされている鎮痛剤を、今朝も抜いてみる。きのうの昼から丸一日のあいだ薬の世話にならずに過ごせたのは、快方へ向かっている証だろうか。

9時30分より、1月の昇給について説明をするため、本日出勤している社員にひとりずつ4階の応接間に来てもらう。当方の人員は僕と長男。昼の休憩をはさんで午後からは、販売係サイトーミホコさんのお母さんの告別式から戻った家内もその場に加わる。途中、背中の痛みが強くなってきたため、およそ30時間ぶりに鎮痛剤を飲む。

ところで昨年の11月1日から始まった、キュービクル式高圧受電設備を交換する工事が、その最終段階を迎えた。明日はいよいよ、新しいキュービクルが稼働を始める。それには新旧のつなぎ替えのための停電が伴う。停電する時間は9時から15時までの6時間。製造係は全員が休業。しかし販売係と事務係は出社をして通常の業務に当たる。店と事務室に電気を供給する発電機は、今日のうちに運ばれてきた。工事の終了日は、今月31日の予定である。


朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、大豆の炒り卵、牛蒡と人参のきんぴら、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、豆腐と若布とほうれん草の味噌汁
昼飯 「金谷ホテルベーカリー」のコロッケパン、コーヒー
晩飯 塩らっきょう、鶏もも肉と厚揚げ豆腐とほうれん草の鍋、麦焼酎「吉四六」(お湯割り)、いちご

2019.1.22(火) 徐々に間遠に

白内障の、昨年の10月なかばに受けた手術に伴う定期的な診察は、今日のそれがひとつの区切りになる。はじめて目にする若い先生によれば、経過は順調とのことだった。これまで3ヶ月のあいだ注し続けてきた感染症を防ぐための3種の目薬も、いまある分を使い切れば、以降は不要になる。なお、術前にドライアイと診断されて処方を受けた目薬は、今後も注し続けるよう言われた。しかしこれについては多分、真面目に続けることはないだろう。目の乾きなど、自分では一切、感じないからだ。

ところで背中の痛みを和らげる鎮痛剤を、僕は昨年12月25日に街の整形外科で処方され、以降はこれに頼って1日に3回の服用を守ってきた。ところが本日、特急リバティの車内で本を読みながら、背中の痛みが昼を過ぎても訪れないことに気づいた。よって朝昼晩の食後に飲むこととされている鎮痛剤を、今回は抜いてみることにした。きのうの晩の新橋でのカウンター活動が、筋肉の緊張をほどいたのだろうか。

昼すぎに帰社して短い仕事をこなしてから、今度はホンダフットで宇都宮を目指す。「1週間に2回の割で通院して、計8回で快方へ向かう可能性が高い」と言われたカイロプラクティックで、4度目の治療を受けるためだ。そうして数千ボルトを発するという電子ペンを患部に押し当てられるなどの治療を受けて、夕刻に帰社する。

背骨と右の肩胛骨のあいだの痛みは増したり引いたりしているけれど、夕食を終えてもまたまた、おとといまでの耐えがたさは消えている。よって昼に続いて夜も、鎮痛剤を抜いてみる。


朝飯 「小諸蕎麦」のたぬきそば、ライス
昼飯 「カフェと~ぶ」のカレーライス(大盛り)、コーヒー
晩飯 蓮根のきんぴら、大豆の炒り卵、鯵の干物、巻湯波とほうれん草の炊き合わせ、大根と豚三枚肉の淡味炊き、塩らっきょう、麦焼酎「吉四六」(お湯割り)

2019.1.21(月) 長い一日

酒列磯前神社の霊験があらかたなことは、きのう着いたばかりのときに宿のあるじから聞いていた。今日は大切な仕事が控えていれば、お参りをしたおいた方が良さそうだ。朝食は7時40分からと教えられていたため、着替えて7時に玄関を出る。太平洋を望む高台にある神社までは、歩いて1分もかからなかった。

小さな町の神社だけにそれほど大きな作りではないだろうと考えつつ一の鳥居をくぐったところ、とんでもない、鬱蒼と茂った樹叢の先の本殿は、その全容が窺えないほど遠いところにある。早くから掃き清められた参道の石畳を歩くうち、手が寒さにかじかんでくる。帽子が無ければ到底、耐えられる気温ではない。手水舎で手と口を清め、ようよう本殿に辿り着いて拝礼を果たす。朝日が目に眩しい。

宿から宇都宮までは1時間と少々で来ることができた。JR宇都宮駅で長男と落ち合って仕事を完了させ、昼すぎに帰社する。そしてスーツを冬の外出着に着替え、下今市駅に向かう途中で昼食を買って、13:35発の上り特急スペーシアに乗る。

先ずは銀座のアップルショップで、iPhoneの剥がれかけた保護フィルムを新しいものに換える、次は銀座線を外苑前まで乗って、トリッペンの原宿店まで歩く。知らないあいだに地面にこすりつけでもしたのだろうか、爪先の糸のすり切れてしまったショートブーツを修理に出す。

今夜の勉強会は、青山一丁目と乃木坂のあいだにあるビルで18:30開場の19:00開始と伝えられていた。しかし夕刻になってから、19:15開場、19:30開始に変更とのコメントがfacebookのイベントに上がった。その会が21時すぎにお開きになった後はひとり新橋に移動をして、カウンター活動に従う。


朝飯 「丸徳旅館」の朝のお膳
昼飯 「セブンイレブン」の2種のおむすび
晩飯 「まこちゃん」の「豆腐だけ」、冷やしトマト、もつ焼き、ニラ玉、チューハイ、そのチューハイを濃くするための「ナカ」

2019.1.20(日) 海辺の町へ

栃木県味噌工業協同組合の新年総会は、2007年から毎年、茨城県の海沿いの町で開かれている。そこはへいつも、先輩ジンボタカシさんのクルマに同乗をさせていただいて行く。しかし今回は、明日に宇都宮での仕事が控えているため、ひとりホンダフィットで行くこととした。

13:42 会社を出る。距離計は1.1km。
14:36 宇都宮上三川I.C.より北関東道に上がる。
15:13 ひたちなかI.C.より一般道に降りる。
15:25 ひたちなか市の丸徳旅館に到着。距離計は131.1km。

普段は公共の交通機関に頼る僕からすると、クルマでの移動はひどく危険に思われてならない。眠ったり手元を狂わせたりすれば即、命の危険にさらされるのだ。

全員の顔の揃った17時より総会が開かれる。主な話題は味噌の鑑評会の持つ問題点について。そして18時30分より宴会場にて懇親会が始まる。二次会ではひとつの部屋に集まって0時くらいまで話し込むことが常であるけれど、明日は長い一日になりそうだ。よって自分だけは21時に自室に戻って即、就寝する。


朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、巻湯波と人参の淡味炊き、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、海老の天ぷらと三つ葉の味噌汁
昼飯 「やぶ定」の白身魚天ぷら蕎麦
晩飯 「丸徳旅館」のあれこれ、刺身、鮟鱇鍋、日本酒(燗)

2019.1.19(土) それほど強いわけでもない

「1週間に2回の割で通院して、計8回で快方へ向かう可能性が高い」と言われた宇都宮のカイロプラクティックへ、3度目の治療を受けるため行く。今日は施術台の上で左右に揺られる脊椎矯正のほかに、電気鍼を当てられた。

「痛いのは電気鍼くらい」と、このカイロプラクティックを紹介してくれた人の説明を思い出して、術前にあれやこれや先生に訊く。とにかく当方は早く治したい一心だから、多少の痛さは我慢するつもりでいる。そしていよいよ、ペンのようなものが僕の背中に押し当てられる。と同時に、太ももからふくらはぎまで電気が流れはじめる。

痛みは多少は感じる。しかし我慢できないほどのものでもない。「ウワサワさんは痛みに強いですね」と先生が言う。この治療に悲鳴を上げる患者が少なくないらしい。悲鳴とはちと大げさではないか。あるいは人により、また状況により、我慢できる痛みと我慢できない痛みがあるのだと思う。

宇都宮からは、予想より早く戻ることができた。閉店後は17時より全体ミーティング、18時からは場所を移して新年会を行う。


朝飯 納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、スクランブルドエッグ、烏賊人参、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、塩鮭、メシ、きのう「玄蕎麦河童」から持ち帰った天ぷらによる味噌汁
昼飯 「大貫屋」のチャーハン
晩飯 「板門店」のあれや、これや、それや。済州マッコリ

2019.1.18(金) 夜に浮かぶ山

目を覚ましたのは3時をすこし過ぎたころだった。しかし起床をしたのは、それから1時間ほど後のことだ。3日前の日記を整え「公開」ボタンをクリックする。その勢いに乗じておとといときのうの日記も仕上げてしまう。週末に控えている泊まりの新年会では、日記を書く時間は確保できないだろう。引き続いての東京行きでは荷物を軽くしたい。そう考えれば、日記を遅らせるわけにはいかないのだ。

午前、3日前に宇都宮医療センターで手渡された、MRIによる画像の入ったCDを持って、市内にあるかかりつけの整形外科へ行く。院長が画像を見ながら診断を下した後は、これまで2回受けたブロック注射のまったく効かなかったことを述べ、前回とは異なる鎮痛剤の処方箋を受け取って帰路に着く。「1週間に2回の割で通院して、計8回の施療で快方へ向かう可能性が高い」と言われた宇都宮のカイロプラクティックには、いまだ2回しかかかっていない。鎮痛剤の手放せない状態は、これまでと同じである。

夜は日本酒に特化した飲み会「本酒会」に参加をするため、寒風吹きすさぶ、と書けば文章に格好がつくのか、あるいは慣用的表現により陳腐になるのか、それは分からないけれど、実際にはそれほどの寒さは感じないまま大谷橋を渡る。13日目の月に照らされて、日光の山々が、闇の中に浮かんで見えている。


朝飯 鮭の昆布巻き、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、生のトマトを添えたベーコンエッグ、納豆、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、豆腐と三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「玄蕎麦河童」の酒肴あれや、これや、それや、かけそば、6種の日本酒(冷や)

2019.1.17(木) 好きな仕事

2月13日(水)から19日(火)までの7日間、日本橋高島屋S.C.で出張販売をする。その案内ハガキの宛先をお客様名簿から選び出す日は今日と決めていた。この仕事には高い精密性が求められるため、電話がかかったり、あるいは人の出入りの激しい事務室ではできない。10時より4階の食堂に上がり、コンピュータの画面が見やすいよう、すべての遮光カーテンを下ろす。

作業にはおよそ2時間を要した。好きな部類の仕事ではあるものの、その結果をコンピュータの安全な場所に保存すると、肩の荷をひとつ下ろした気分になった。そこで湯を沸かしてお茶を淹れ、それを飲みつつ今日の日記の最上部に置く画像を撮る。

その画像をコンピュータに取り込み拡大すると、左下に黒くぼやけた点が写り込んでいる。今朝のお膳を撮ったときには見られなかった現象だ。グッタペルカ、つまり握りのゴムが昨年末から剥がれかけていることも合わせれば、いよいよ好機が来たようだ。即、リコーイメージングのサイトを開き、そこから修理の申込みをする。

昼食を済ませて事務室に降りると、リコーの修理センターから電話が入っていたことを事務係のマスブチサヤカさんに知らされた。手渡されたメモの番号に折り返し電話をしてみると、僕の”GRD IV”は部品の取り置き期間が過ぎているため、修理は不能と知らされた。

調べてみると、このカメラを僕は2013年11月7日に買っていた。初期型こそ故障の多かった”RICOH GRD”ではあるけれど、この”IV”は5年以上も働き続けていたのだ。以て瞑すべしと言うべきか。幸い防湿庫には「自分は使わないから」と、お客様が昨年の秋に下さった”GRD II”がある。これからしばらくは、この旧い機種を愛機としていこう。


朝飯 鶏卵雑炊、昆布と蓮根の佃煮、塩鮭、柴漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、いちご
昼飯 きのう「金長」からテイクアウトしたヒレカツとエビフライによるホットドッグ
晩飯 南瓜とレタスのサラダ、鶏肉とマカロニのグラタン、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”

2019.1.16(水) 当番町の会計監査

今年度の、総鎮守瀧尾神社のお祭を統括する当番町には、我が春日町1丁目が当たっている。越えるべき大きな山はふたつあって、ひとつは春の大祭、もうひとつは夏の八坂祭である。これらを越えさえすれば重荷は一気に減って、ことお祭に関しては、昨年11月25日の秋季小祭がひとつの区切りとなった。

今日は、今年度の決算を、次年度当番町の春日町2丁目と次々年度当番町の大谷向町に監査してもらう会議が開かれる。これに出席をするため、17時55分に会社の通用口を出る。会場として選ばれた仲町の「金長」には、既にして関係者の8割方が集まっていた。

当番町会計のトヨダトシオさんは会計の本職で、心配すべきところは皆無だ。配られた決算書には、金銭出納帳も綴じられていた。

他の町内に自町内の会計内容を詳細に示すなどは、すこし前の当番町においては考えられなかったことだ。しかし、各町内の自治会長、神社総代、神社世話人が集って話し合う「当番町を考える会」により決められたお祭の簡素化を実行する初めての町内が春日町1丁目ともなれば、詳細な会計報告は必須である。

今回の決算書と金銭出納帳が、これからの当番町にとっての貴重な道しるべになることを、僕は確信している。


朝飯 塩鮭、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、玉子焼き、納豆、塩らっきょう、メシ、きのうの白菜と肉団子の鍋を流用した味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「金長」のあれや、これや。麦焼酎「二階堂」(お湯割り)

2019.1.15(火) 水神祭

地元の小学生が工場見学に来たときには、かならず案内をする場所がある。そのうちのひとつが水神だ。「水神」と彫られた石碑がいつごろから蔵の中にあるかについては、つまびらかでない。この水の神様に供物を捧げ、総鎮守瀧尾神社から宮司を招いてお祭を行う、これもいつごろからの習わしかは知らないけれど、兎に角、むかしから連綿と続いてきたことは確かだ。そして今年は本日、その水神祭が無事に催された。タカナノリフミ宮司によれば、町うちでこのお祭を行っているのはウチだけだという。

朝にこのお祭が完了したところでホンダフィットを運転し、宇都宮へ至る。栃木医療センターの駐車場には10時01分に入った。10月下旬から続く背中の痛みに対して「MRIを供えた病院で診てもらった方が良い」という人の勧めにより、地元の整形外科から今月4日に予約を入れてもらっていたのだ。

大きな病院といえば長々と待たされることが多いと認識をしていたものの、あれこれは水が高いところから低いところへ流れるように遅滞なく進み、11時18分には精算を済ませて外へ出ることができた。

さて今度は「神様の手により復活」という、地元の人によるfacebookへの書き込みを昨年末に目にして思わずメッセンジャーでその場所を教えてもらった整体院での、2度目の治療である。1週間に2度の来院を4週続ければ治る可能性が高いという先生の見立てを信じて、とりあえずは通ってみようと考えている。


朝飯 ほうれん草のソテー、塩鮭、目玉焼き、納豆、塩らっきょう、メシ、揚げ湯波とキャベツの味噌汁
昼飯 「波の花」の塩ラーメン
晩飯 白菜と肉団子の鍋、柴漬け、広島菜漬け、黒豆、麦焼酎「吉四六」(お湯割り)

2019.1.14(月) 見まわり

朝7時30分に如来寺のお墓へ行く。元旦に供えた花を片付けるためである。

オフクロの祥月命日は10月で、オヤジのそれは11月。このときの花は見に行くたび元気で、水を足しつつ意外や長く保った。しかし厳冬期の今はさすがに、そのようなことは望めないだろう。砂利を踏みつつ家のお墓に近づいていく。小寒から大寒へと向かう冷気の中に、花はやはり枯れていた。

花立ての水は凍てついている。よって対のそれを水場に運び、流水で氷を溶かして花を抜く。そして内側も外側も入念に洗い、元の場所へと戻す。火が消えて短く残った線香は取り払い、周辺の灰は水で洗う。それだけのことで、お墓は清々しさを取り戻した。

「墓前に供えた花は、帰るときに下げても構わない。少なくとも、枯れて無残な姿をさらし続けるよりはよほどマシ」とは、昨年の春に聞いたことだ。以降、墓参りの後はマメに見まわりをしていたが、今回だけは年始の繁忙に紛れて2週間も置いてしまった。

そして帰社して即、日程管理の正月5日に「お墓の花はすぐに片付ける」と入力をする。


朝飯 納豆、ほうれん草のおひたし、焼きトマトを添えた目玉焼き、塩らっきょう、ふきのとうのたまり漬、塩鮭、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 “Parrot”のクラブハウスサンドイッチ、“evodia 2016”

2019.1.13(日) 春隣

正月の飾りは、いつ片付けるべきか。それを僕は明確に知らない。「15日の風に当てるな」と、オフクロには言われていた気がする。それを先日、年末に活けた正月用の花を手入れするため店に来たカワムラコーセン先生に質すと「14日の風に当てるな、ですね」と教えてくれた。そうであれば、店の門松や蔵の三階松は、今日中にどうにかしなければならない。

今日は日曜日のため、製造係は当番のイトーカズナリ君ひとりが出てきている。男手の足りなさを案じるうち、しかし門松は長男と販売係ハセガワタツヤ君のふたりにより、朝のうちに片付けられた。門松が置いてあったところには、この1ヶ月ちかくのあいだに風で舞い込んだらしい落ち葉がたくさん集まっていた。それは事務係のツブクユキさんが箒で掃き、またタイルは水を含ませたモップで拭いてくれた。

店の入口右側の「賀正」の書は、家内とハセガワタツヤ君により「春隣」に掛けかえられた。店の中の柱飾りや「謹賀新年」の書も外されて、そこには「最上醤油醸造所」や「上都賀郡醤油醸造組合」と彫られた昔の看板が戻された。事務室の神棚からは、橙が水引で結ばれた注連縄が下ろされた。

すべての正月飾りが取り払われると、こう言っては何だけれど、気分がすっきりした。今週からしばらくは「なめこのたまり炊」の仕込みが続く。ウチでもっとも売れる商品は「らっきょうのたまり漬」ではあるけれど、子供のころから僕がもっとも好んで食べ続けているのは、その「なめこのたまり炊」である。


朝飯 ほうれん草の卵とじ、塩らっきょう、厚揚げ豆腐と小松菜の炊き合わせ、納豆、生のトマト、昆布と蓮根の佃煮、メシ、揚げ湯波と長葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 ジャガイモとツナのサラダ、スパゲティナポリタン、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”

2019.1.12(土) 同窓会

池袋には、上り特急スペーシアが下今市を出発してから2時間と少々で着く。それを学習したのは、自由学園の男子部を卒業すると自動的に入ることになる同学会の委員をしていた10数年前のことだ。今日は下今市11:35発のスペーシアに乗った。池袋で山手線の車両を降りつつ「ということは、13時37分くらいか」と左手首の時計を見ると、時刻はいまだ13時26分だった。

14時すこし過ぎに明日館の講堂に入る。礼拝の後には総会につきもののあれやこれやがあって、37回生の還暦のお祝いになる。37回生とは、僕のふたつ下のクラスだ。一旦、舞台に並んだ彼らが、頭上から降りてくるスクリーンを避けるため左右に下がる。彼らがいまだ、現在は中等科と呼ばれる普通科に在学中の画像でも映るのかと考えていたところ、突然、アカギヒデヤ先生が動画で大写しになって、思わず「おっ」と声を漏らす。この「おっ」については、まぁ、アカギ先生の謦咳に触れ続けた者なら理解できる感情だろう。

立食による懇親会は早めに切り上げて、ノリマツヒサト君が予約をしておいてくれた同窓会の会場へとおもむく。30分も早く入ったにもかかわらず、総会には出なかったニシタニサダアキ君も、僕を追うようにして来た。それから人数は次々と増え、結局は13名が集まった。他愛もない話の合間に真面目なことも決まって時刻は20時。宴たけなわではあったものの、帰宅をするため、ひとり席を立つ。


朝飯 鮭の昆布巻き、納豆、塩らっきょう、椎茸と長葱の卵とじ、厚揚げ豆腐と小松菜の炊き合わせ、蓮根のきんぴら、メシ、シジミと長葱の味噌汁
昼飯 「新珍味」のターローメン(半分)
晩飯 「鞍」のあれや、これや、それや。麦焼酎「二階堂」(お湯割り)

2019.1.11(金) このときばかりは珍しく

本日の日本経済新聞朝刊第36面の左下に「つなぐマスター」という見出しを認め、本文を読み始める。先ずは2行目から3行目にかけての「…小さなバーが東京・湯島にある」のところで「EST!のことだろうな」と、当たりをつけた。

あるとき、このバーのカウンターで長男と飲んでいると、我々の会話を聞いていたらしい右隣から「失礼ですが、自由学園の方ですか」と声をかけられた。二言三言を交わして、その隣席は僕の後輩であることが分かった。後輩であれば、次の一杯は僕がおごるのが常道だろう。しかし後輩はそれを察してか、僕に気づかれないよう勘定を済ませ、一礼の後に去った。

小さな学校の卒業生が偶然、隣同士に座る。そのような吸引力のあるバーは、湯島では”EST!”しかないだろうと、更に文字を目で追う。すると「欧風料理と看板を出してはいるが…」と続いたから「なるほど、だったらあちらか」と別の店が思い当たった。

湯島天神から女坂を下り、通りに出たところで左に折れると、春日通りの手前左に「シンスケ」の柳の木が見える。それに対してこの店は、おなじ湯島天神から男坂を下って数十メートル先の左手にある。

小ぢんまりとして目立たない、しかも自分の知る店を新聞に見つけて意外の念に打たれつつ更に読み進むと「ここで津田塾大学理事長の島田精一さんに戴いた本はいつも持ち歩いている」の一節が現れた。

実は僕もこの店で、その日、初めて会った島田精一に本を手渡された。島田精一と敬称を付けないのは、この優れた財界人と僕とのあいだには広い隔たりがあると感じているからだ。とにかく、僕としては非常に珍しいことながら、その本は即、読んだ。そしてこれまた非常に珍しいことながら、即、礼状を書いて、それを店のマスターに托した。

そうしたところ、すかさず別の著作が送られてきた。それも即、読んだ。今度は住所が分かっているから、礼状は直に送付した。2冊目の本は、そのとき社会人になろうとしていた長男に即、譲った。この本が長男の血肉の一部になったことは疑いようもない。

湯島では大抵「シンスケ」で飲む。これを機に、たまには「欧風料理と看板を出してはいるが…」の方へも回ってみようかと思う。


朝飯 納豆、大根おろし、ベーコンエッグ、鮭の昆布巻き、冷や奴、ふきのとうのたまり漬、メシ、豆腐とサニーレタスの味噌汁
昼飯 2種のおむすび
晩飯 蓮根のきんぴら、厚揚げ豆腐と小松菜の炊き合わせ、ポテトサラダ、鹿肉と茸の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」炒め、黒豆、芋焼酎「櫻泉」(お湯割り)

2019.1.10(木) 第37回日光MG(2日目)

第4期に同卓となる販売係タカハシリツコさんには、経営計画について教えてくれるよう、きのうのうちに頼まれていた。それは覚えていたものの、しなければならないことが幾つもあって、会場に入ったのは講義が始まる10分前だった。タカハシさんの姿を探すと、その脇には経営計画の紙を指しつつ指導をしてくれているらしい製造係イトーカズナリ君の姿が見えて、ひと安心をする。

そして9時30分より第4期の期首処理を開始。僕はジャンケンに勝って、最初の親の位置を確保する。そして、ここまで整ったところでニシジュンイチロー先生の講義を聴く。

第4期の決算の最後のところでバランスシートの右と左に4円の差が発生する。前期のバランスシートまで遡って検証をするも、どこに齟齬があるのか分からない。同卓の公認会計士オザキサトシさんに助けを求めると、間もなく、当期製品製造原価の算出に誤りのあることを教えてくれた。さすがという他はない。結果は損益分岐比率110パーセント、累積利益はふたたび落ちてマイナス84円。

この第4期にもっとも高い売上げを記録したイトーヒロミさんにより、第5期に閉鎖される市場と固定費の倍率を決めるためのサイコロが振られる。

僕は第5期に92円の経常利益を上げたものの、期中に得意先倒産と製造ミスのカードを引いていたため、税引き前当期利益は49円。よって前期末までの84円の累積損を一掃することはできず、残念な結果に終わった。

ところでMGでは、来期に向けての在庫と戦略チップを規定以上に整えた上で、自己資本の高かった順に表彰をされる。勝った人が偉いという考えはMGには無いものの、勝敗はゲームに緊張と面白さを生む。

今回の最優秀経営者賞は、遠路はるばる長崎県から参加のサカモトユージさんで、到達自己資本は567円。優秀経営者賞は大阪から参加のウエガキトモヒロさんで、到達自己資本は549円。もうひとりの優秀経営者賞は、高知県から参加のイヌイキョーコさんで、自己資本は548円。ウエガキさんとイヌイさんの差は僅々1円で、まるでオリンピックの短距離走か水泳のようだ。また第4期で100期を達成したイトーヒロミさんには、寄せ書きが贈られた。

なお、この2日間で僕が特に感心をしたのは、製造と販売のふたりの社員を意図してひとりに減らし、その体制を最後まで続けたタケシトーセーさんの試みだった。競争力の小さな会社にも関わらず、第3期は318円、第4期は398円、第5期は465円と、自己資本を伸ばし続けたのは見事の一言に尽きる。

原稿用紙に2枚ほどの感想文を書き上げて後は、次々と帰宅の途に就く皆さんをお見送りしてから、僕は道具を満載した三菱デリカで今市へ向かう。そして先ずは、いまだ時間に余裕のある方々と夕食を共にする。次は後泊の方々と二次会に流れて、これを最後の交流会とする。


朝飯 「湯けむりまごころの宿・一心舘」の朝のお膳
昼飯 「湯けむりまごころの宿・一心舘」の昼のお膳、らっきょうのたまり漬「ピリ太郎」
晩飯 “Parrot”のチキンカントリー、“evodia 2016”、「陶」の牡蠣のソテー、焼き餃子、梅干しのおむすび、芋焼酎(お湯割り)

2019.1.9(水) 第37回日光MG(1日目)

参加者ひとりひとりが資本金300円の会社を持ち、2日間で5期分の経営を盤上に展開するのがマネジメントゲームだ。今回の参加者は36名。そのうち上澤梅太郎商店の社員は20名、そして社外からの参加者は16名。遠くは九州、四国から来てくださった方々だ。社員だけで行うマネジメントゲームは、どうしても内向きになる。社外から参加してくださる方あっての日光MGと、僕は考えている。本当に、感謝に堪えない。

日光MGの初日は、ニシジュンイチロー先生、ヨシエ先生による、第1期を使ってのルール説明から始まる。MGを10年、20年と続けている人も、このルール説明には真剣に向き合う。「自分は分かっている」という考えが毛の先ほども頭に浮かべば、それが下り坂への第一歩である。

僕には欲が無い。それがMGにも現れる。欲を出しながら淡々粛々と売ることが、今回のMGにおける僕の目標である。淡々粛々と売るには、それなりの環境を作り出す必要がある。ゲーム運びの下手な僕には、簡単なことではない。

1日目の昼食には「どこの誰、なぜ来たか」のスピーチを全員が順番に行う。食後は短い休憩の後に販売ルールの読み合わせが行われる。ここで声を出して、いよいよ第2期が始まる。結果は損益分岐点比率119パーセントで、1期からの累積利益はマイナス58円。C卓での第3期は気を取り直し、同卓の人、つまり競合会社に嫌われる売り方をして損益分岐比率92パーセントの成績を上げるも、累積利益はマイナス32円。ここで本日の勝負は終了。第4期に閉鎖される市場と固定費の倍率を決めるためのサイコロは、第3期にもっとも高い売上高を記録した、長崎から参加のサカモトユージさんが振った。

50分後の20時から、部屋を移して交流会が始まる。諸般の事情によりやむを得ず帰宅した社員を除く全員が車座になり、端から「マイブーム」についてスピーチをする。制限時間を1、2分と決めても、そこに収まる人はほとんどいない。このスピーチがひとまわりすると時刻は21時で交流会は中締め。主催者側としては、最後まで皆さんにつき合わなければいけないと思わないでもないけれど、生憎と僕は夜に弱い。即、入浴をして21時30分に就寝する。


朝飯 「湯けむりまごころの宿・一心舘」の朝のお膳
昼飯 「湯けむりまごころの宿・一心舘」の昼のお膳
晩飯 「湯けむりまごころの宿・一心舘」の夜のお膳

2019.1.8(火) 日光MG(前夜祭)

製造、包装、販売の各長と13時より話し合いを始める。話し合いは15時に、今日のところは完了した。それから服装を整え、2泊分の着替えやマネジメントゲームに必要なあれこれを揃えてプラスティック製のカゴに入れる。そうして早乗りのため到着していたカネヒラケンジさんと共に長男の運転する三菱デリカに収まる。途中、葬儀場の菊屋ホールに立ち寄って、むかし世話になった方の遺影に手を合わせる。

鬼怒川温泉の旅館「一心舘」で荷物を下ろし、今度は館主のヌマオマリコさんや長男と共に、鬼怒川温泉駅までニシジュンイチロー先生、ヨシエ先生をお迎えに上がる。マリコさんによれば、年末年始の忙しさは、4日の金曜日を最後として収束したらしい。

前乗りをされた方々と宴会場に集まって、19時より日光MGの前夜祭が始められる。マネジメントゲームは脳を激しく使う研修だ。翌日にこれが控えているときには、どこにいても僕は大酒は飲まないし、遅くまで起きていることもしない。そうして中締めの後は早々と温泉に浸かって21時30分に就寝する。


朝飯 鮭の麹漬け、冷や奴、ふきのとうのたまり漬、焼きトマトを添えたベーコンエッグ、納豆、メシ、大根と大根の葉の味噌汁
昼飯 2種の揚げ物、ふきのとうのたまり漬、メシ、日光味噌と日光湯波のフリーズドライ味噌汁(長葱のみ追加)
晩飯 「湯けむりまごころの宿・一心舘」の宴会膳あれこれ、麦焼酎(お湯割り)

2019.1.7(月) 朝露

高級車、高級時計、その他の高級なもの、また高級と言われる盛り場での蕩尽に興味はないものの、財布の小金は結構な速度で消えていく。そういう癖があるため小遣い帳をつけている。この小遣い帳の昨年分に「朝露」で検索をかけてみると、その購入回数は64回、総額は35,000円を超えていたから大いに驚いた。

「朝露」は「日光味噌」が熟成する過程において、その表面に溜まった「たまり」を主な原材料とする。「たまり」を汲んでは作り、汲んでは作り、だから売れすぎると「たまり」が枯渇して品切れになる。それゆえの、100mlの小瓶での蔵出しである。

これをなぜ昨年は64回、35,000円以上も買ったかといえば、自家用もさることながら、知り合いが店に来てくれたとき、あるいは友人がウェブショップに注文をくれたとき、それに気づくと1本、また1本と贈呈をしたからだ。

「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」が正式な名前、というところからして当然、「朝露」では様々な浅漬けを作ることができる。一方、淡い風味のものに差すと、その食べものを一層、美味くする。淡い風味のものとはこの場合、刺身湯波、豆腐、玉子焼きなどだが、蒲鉾やはんぺんもまた、その範疇に含まれる。とにかく食卓に「朝露」が欠けると、どうにも気分が落ち着かない。

昨年のように途中で品切れになってはお客様にご迷惑をおかけする。今年は個人としては、すこし購入を控えようと思う。


朝飯 目玉焼き、納豆、ほうれん草のソテー、鮭の麹漬け、ふきのとうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と玉葱とトマトの味噌汁、いちご
昼飯 「セブンイレブン」の2種のおむすび
晩飯 紅白なます、酢牡蠣、油揚げと小松菜の炊き合わせ、鶏もも肉の「日光味噌辛ひしお」炒め、2歳2ヶ月の孫の包んだジャガイモ餃子、豚汁、芋焼酎「櫻泉」(お湯割り)

2019.1.6(日) 人数が少なくても楽しくないわけではない

町内で、向こう三軒両隣に回覧板を回すなどの連絡係を務めるのが組長だ。その組長を慰労する新年会に町内の役員として参加をするため、17時30分に公民館へ行く。夏のお祭に上がって以来、押入に仕舞われていた日本酒をヤカンに移し、ガスレンジで温める。そのうち買い出しに行っていた大膳関係の役員が、両手に鮨の入った段ボール箱を持ったり、菓子の入ったレジ袋を提げたりして階段を上がってくる。そうして18時より新年会が始まる。

組長を慰労する新年会とはいえ、町内に17名いる組長のほとんどは出てこない。「出てこないのは夜が寒いからだろうか」と昼に開催をしたこともあったけれど、参加者の数は変わらなかった。

公民館の座敷にロの字型に机を置いて、そこにほとんどの組長が集まったのは、何年くらい前までのことだろう。老いれば家を出るのも億劫になる。新年会の参加者が激減したのは、組長の高齢化が大きく関わっているものと思われる。

参加者が少なければ予算も節約しようと、むかしは鮨屋から出前をしてもらっていた鮨も、今は回転鮨かスーパーマーケットのそれに変わっている。そうしてそのような肴で燗酒を飲み、20時すぎに帰宅する。

なお、このような気勢の上がらない文章を最後にひっくり返す、まるで進軍ラッパのような1、2行が書けないわけではないけれど、今日のところはこのまま終わる。


朝飯 揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、生玉子、鮭の昆布巻き、生のトマト、ふきのとうのたまり漬、メシ、豆腐と長葱の味噌汁
昼飯 柴漬け、烏賊人参、ふきのとうのたまり漬、梅干しによるお茶漬け
晩飯 「スーパーマーケットかましん」の刺身、おなじくオードブル、同じく握り鮨、婦人会の差し入れによる肉じゃが、おなじくけんちん汁、お祭に上がった日本酒(燗)

2019.1.5(土) スイバ

職人系の会社、製造系の会社は正月休みが長い。当方は事実上、元日から稼働しているから、それから今日までのあいだには、既にしてあちらこちらの取引先に注文や相談をしたいことが積もりつつある。緊急を要するところには、折り返し電話を寄こすよう記したものをファクシミリで送信したりもするが、これはまぁ、気休めのようなものだ。そしてカレンダーの来週月曜日のところに貼ったポストイットには、連絡すべき先として、既にして5社の名が記されている。

それにしても寒くない冬だ。「凜冽」と表現したくなるほどの寒さは昨年末に1度だけあった。しかし今朝は暖房を入れようか入れまいか迷うほどの暖かさだった。ホンダフィットのフロントガラスに霜が降りたのも、昨年末を最後として、以降はまったく見られない。もっともこのまま徐々に気温が上がって春になる、ということはないだろう。

食器棚に置かれた日めくりカレンダーの、1月5日のページにはスイバの絵が描かれている。スイバが食べられることを、僕は今日、初めて知った。スイバは地面に深く根を延ばして始末に負えない。16歳の夏に自由学園の那須農場で、このスイバと悪戦苦闘をした覚えがある。野球場より広い土地にひとりで置かれ、スコップ一丁でスイバに立ち向かうのだ。トラクターが迎えに来てホッとしていると、連れて行かれた先は、またまたスイバの繁殖した牧草地だった。

スイバは肉料理にも鍋物にも合うとカレンダーには書いてある。僕が46年前に掘ったそれは、不気味なほどに大きかった。春先から秋まで放っておくと、そこまで育つのかも知れない。


朝飯 鮭の昆布巻き、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、焼きトマトを添えた目玉焼き、ほうれん草のソテー、ふきのとうのたまり漬、メシ、椎茸と長葱の味噌汁
昼飯 バターとふきのとうのたまり漬を添えた焼き餅
晩飯 松前漬け、マカロニサラダ、塩らっきょう、鮭の麹漬け、椎茸とほうれん草の玉子焼き、刻みキャベツとプチトマトを添えた豚の「にんにくのたまり漬」焼き、芋焼酎「櫻泉」(お湯割り)、「久埜」の水羊羹、”TIO PEPE”

2019.1.4(金) 引き続き

「待ってました」とばかりに正月休みの明けた整形外科へ行く。前回の診療は12月25日だった。症状は改善せず、痛みはむしろ増している気がする。院長に状況を説明し、前回と同じく、背骨と右の肩胛骨の間に肩甲背神経ブロック注射が2本、打たれる。一方、MRIによる検査を受けたい旨を述べると、院長は即、卓上のコンピュータから大きな病院に予約を入れてくれた。どうにかして現在の、注射や鎮痛剤の欠かせない状態から抜け出さなければならない。

今日は7日ぶりの銀行営業日にて、釣り銭の在庫をざっと見ると、このまま今週末は乗り切れそうだ。よって銀行では、三が日のあいだに枯渇した自分の財布に、3週間ほどは保つだろうと思われる現金を補充する。もっともこの「保つだろう」という予測は大抵、外れることになっている。

さて今日の日記の冒頭に戻れば、神経ブロック注射がどれほど効くかを確かめるため、今朝は鎮痛剤を服用しなかった。注射が打たれたのは10時ころ。13時には背中の痛みが耐えがたくなって、鎮痛剤に手を伸ばさざるを得なくなった。引き続き他の治療法も、積極的に試していこうと思う。


朝飯 お雑煮
昼飯 「ふじや」の味噌ラーメン
晩飯 “Finbec Naoto”の生ハムのサラダ、ジャガイモと人参とレタスのサラダ、エスカルゴのブルゴーニュ風、牛蒡のスープ、正月限定のハヤシライス、白のグラスワイン、赤のグラスワイン、アップルパイ、コーヒー

2019.1.3(木) 手帳

事務机の左の壁には2018年と2019年のカレンダーが並べてかけてある。そのうち2018年のものを捨てる。忘れて困ることは、その都度カレンダーからコンピュータに転記をしているから、どうということはない。一方、2019年のカレンダーには、早くも様々なことを書き込んでいる。

コンピュータで日程管理を始めたのは1992年6月。翌1993年以降、手帳は使っていない。10年に1度くらいは、周囲の人の愛用品やウェブ上の広告に惹かれて手帳を買う。それらはしかし、ほとんど使われないまま大晦日に至ることが常だ。三たび手帳を買う日が僕に訪れるか否かについては分からない。

13時に道の駅へ行って、朝から売り場に立ち続けた長男と替わる。14時30分に戻った長男と入れ替わりに会社に帰る。18時にふたたび道の駅へ行き、この4日のあいだに使った資材などを片付ける。今回のポスレジの結果は明後日にも分かるだろう。それを細かく見させてもらうのが、今から楽しみだ。


朝飯 お雑煮、いちご
昼飯 会社支給の「コスモス」のハンバーグステーキデミグラスソース、ライス
晩飯 キムチ鍋、芋焼酎「櫻泉」(お湯割り)、「久埜」の水羊羹、”TIO PEPE”

2019.1.2(水) 初売り

目を冷ますと時刻は4時46分だった。ちょうどよい頃合いである。湯を沸かしてお茶を淹れ、それを花や水や線香と共に仏壇に供える。5時40分に製造現場に降りて、初売りのための商品の一部を準備する。

お雑煮を食べ終えて外にふと目を遣ると、販売係ハセガワタツヤ君のクルマが社員用駐車場に見えた。いまだ6時56分ながら、即、席を立ってエレベータを降り、事務室のシャッターを上げる。

本日蔵出しの「らっきょうのたまり漬」をいち早く袋詰めするため、包装係のヤマダカオリさんが来る。お客様用の手洗いは大晦日の朝と閉店前に掃除をした。しかし開店前にいまいちど点検をするため、マキシマトモカズ君とカワタユキさんが来る。カワムラコーセン先生も、客だまりの活花を仕上げるため7時25分に来る。その先生が去る前に、早くも3名のお客様を店内に招き入れる。定時より40分も早い「初売り」である。

8時をすぎたところで本日分の商品を道の駅「日光街道ニコニコ本陣」に納品する。試食即売の現場には長男が立つため、ひとりホンダフィットで帰社する。以降は店に出たり、あるいは初荷となる地方発送の荷造りが遅滞なく進んでいるか見に行ったりする。用意した50組の福袋は12時30分に完売。昼食は早めに摂り、13時から14時45分まで長男に替わって道の駅のショーケース前に立つ。

それにしても、今年の正月は穏やかな晴れの日が続いて有り難い。この先、雪の積もるようなことはあるのだろうか。


朝飯 お雑煮
昼飯 会社支給の「セブンイレブン」のちらし鮨、杏仁豆腐
晩飯 巻き湯波の淡味炊き、松前漬け、黒豆、すき焼き、「第一酒造」の「みがき特別純米原酒」(燗)

2019.1.1(火) 元日は忙しい

6時に長男と事務室で落ち合って、如来寺のお墓にお参りする。東の空に線のような狭い明るみが見え始めたばかりで、あたりは夜とほとんど変わらない。花立てには左右それぞれ柄杓で2杯の水を入れる。水の量がそれで充分なのかどうかは暗くて見えない。そこに正月らしく白菊と南天を差し入れる。空には星。幸いにも無風により、蝋燭には苦労せず火を点けることができた。

家に帰って6時45分より仏壇、神棚、お稲荷さん、水神、地神の5個所にお雑煮をお供えする。おなじお雑煮を7時からいただき、7時30分より道の駅「日光街道ニコニコ本陣」に本日分の商品を搬入する。8時45分から道の駅の朝礼に参加。長男を残して9時5分に帰宅する。

先に徒歩で家を出た家内と嫁と孫の後をホンダフィットで追う。それを瀧尾神社の境内に駐めて、9時55分に本殿に上がる。今度はホンダフィットに計4名が乗って、小倉町の追分地蔵尊へ移動をする。ここでは三体のお地蔵さんに線香をお供えし、御札を受け取って、朝に来たばかりのお墓へ回る。家内と嫁と孫の墓参りにつき合ったら、目と鼻の先の道の駅に戻り、ここで昼食を調達する。

食後に数十分の睡眠を取っただけで、からだは隨分と楽になった。食堂できのうの日記を仕上げると、そのまま今日の日記の途中までも書いてしまう。

14時30分に服装を整える。そして追加の商品をホンダフィットに乗せて道の駅へ向かう。15時より長男に替わって冷蔵ショーケースの前に立つ。場所は商業棟に入ってすぐの左側で、自動ドアが開くたび寒気が吹き込むものの、充分に着込んでいるからどうということもない。

「元日は引けが早いから、5時くらいまででいいんじゃないですか」と施設長が気を遣ってくれる。しかし当方は、閉店の18時まで仕事をするつもりで来ている。実際に、立っていれば、そこそこは買っていただけるのだ。そうして18時5分に現場を離れ、徒歩にて家に戻る。


朝飯 お雑煮、松前漬け、イチゴ、黒豆、栗きんとん
昼飯 「カルフールキッチン」の鶏ごはん、舞茸ごはん、焼きそば
晩飯 巻湯波の淡味炊き、松前漬け、「炉心庵」のおせち料理、「八海山醸造」の「八海山特別本醸造」(燗)、「久埜」の水羊羹、”TIO PEPE”

< 2018年12月の日記へ  2019年2月の日記へ >

上澤卓哉

上澤梅太郎商店・上澤卓哉

蔵見学