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清閑 PERSONAL DIARY

2023年1月の日記31本

2023.1.31(火) 冬至の次は彼岸

しばらく前に天地した「日光味噌梅太郎白味噌」を、きのう製造部長のマキシマトモカズ君が事務室へ持ってきた。ちなみに「天地」とは、仕込み桶全体の発酵熟成の度合いを均一にするため、味噌の上半分と下半分を入れ替えることをいう。僕はその、ひと握りの味噌をじっと見るなり「良いですね」と答えた。本職は、味噌の具合は見ただけで分かる。しかし一応は、明日の朝の味噌汁で味を見てみようと考えた。

味噌の鑑評は、目で見て香りを聞いて舐めて行われる。しかし考えてみれば、味噌は汁で食べられることがもっとも多い。とすれば、品質の確認は舐めることも大切ではあるけれど、汁にして行うことも肝要と、僕は考えている。そして今朝の味噌汁はもちろん美味かった。

ところでここ数日、朝食のお膳に朝日の差す日が増えてきた。きのうの日記には夕刻の日が延びたと書いた。それと時を同じくして、日の昇る時間も早くなってきたのだ。

師走には冬至を待ちわび、このところは春彼岸を待ちわびる日々、である。


朝飯 鮪のヅケ、牛肉と舞茸のすき焼き風、炒り豆腐、油揚げと小松菜の炊き合わせ、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、メシ、油揚げと菠薐草の味噌汁
昼飯 「カルフールキッチン」の2種のサンドイッチ、ホットミルク
晩飯 鮪のヅケ、牡蠣のソース炒り、トリッパのトマト煮、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、「原酒造」の「越の誉秋酒ひやおろし純米吟醸」(燗)、紅白なます、榎茸と菠薐草のおひたし、筑前煮、鮭とブナシメジのバター焼き、「宇都宮酒造」の「四季桜にごり生酒」(冷や)

2023.1.30(月) おいしいおかず

京橋から銀座1丁目、2丁目、3丁目と歩いて行く。その中央通りは新橋へ向かってなだらかに上っていくのではなく、桜通り、柳通り、マロニエ通り、松屋通りと、交差点に差しかかるたび短い急な坂があって、それを越えると次の交差点までは平坦が続く。つまり街が階段状になっているのだ。そんな夢を見ながら目を覚ます。先週金曜日の日記に夢のことを書いた。今朝のそれは不思議なものではあったものの、悪夢でなかったところは良かった。

食堂に出て天井の空気調整器を稼働させ、テーブルの下では足温器の電源を入れる。両者の調子が佳境に入ってくると、まるでストーブに薪の燃える部屋で炬燵に入っているような暖かさになる。冬の最中の暖かさは、とても有り難い。

月末の月曜日の朝は忙しい。9時を過ぎるころに来てくれる銀行員に、この1週間の売上金を入金帳と共に手渡す他、国へのあれこれの送金の手続きもお願いするからだ。そしてその前に、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の売り場の掃除と納品を済ませておかなければならないからだ。

17時を過ぎるころ、日がずいぶんと延びてきたことに気づく。そうして仕事を終えると、夕食までの時間が待ちきれない。よって冷蔵庫の諸々を器に盛り、日本酒を温める。

夕食のおかずは鮪の山かけだった。鮪は600グラムがあって、大人4人でも食べきれなかった。よって一部を台所の保存容器に取り分けた。山葵は食卓の鮫皮では時間がかかるため、大根おろしで降ろした。そしてその鮪と山葵に「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」をかけまわす。

鮪の「ヅケ」は明日の朝のおかず、そして夕刻の肴にするつもりである。


朝飯 炒り豆腐、牡蠣のソース炒り、牛肉と舞茸のすき焼き風、油揚げと小松菜の炊き合わせ、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、メシ、油揚げと菠薐草の味噌汁
昼飯 トースト、ホットミルク
晩飯 めかぶの酢の物、トリッパのトマト煮、牡蠣のソース炒り、「原酒造」の「越の誉秋酒ひやおろし純米吟醸」(燗)、豆腐となめこと万能葱の味噌汁、鮪の山かけ、「宇都宮酒造」の「四季桜にごり生酒」(冷や)

2023.1.29(日) にもかかわらず

今日の「汁飯香の店 隠居うわさわ」は9時より、ご家族ご親戚による12名様で埋まる。ご一行は果たして無事にいらっしゃれるだろうか。それを気にして事務室を出て隠居の駐車場に目を遣る。するとそこには2台のクルマが駐まり、付近には少なくない人の姿が見えた。即、その方向へ歩き、20メートルほどまで近づいたところで声をおかけする。

隠居の入口には、ご予約で満席の張り紙がある。それを避けつつ前に出て、お客様のためにノレンに隙間を作る。庭の雪はほとんど消えた。座敷の間近にある梅は、いつの間にかたくさんの芽をつけている。一方、味噌蔵の白壁を背にした別の梅には数輪ではあるものの、紅い花が認められる。いまだ1月にもかかわらず、10年に一度の寒波にもかかわらず、である。

お客様を門から玄関までご案内し、靴を揃えた後は、裏の柴折り戸から出て店に戻ることを常としている。しかし今日に限っては庭へまわり、凍りついた池泉を観察する。来週に晴れが続けば、あるいは溶けてくれるかも知れない。


朝飯 焼き鮭、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、メシ、大根と菠薐草の味噌汁
昼飯 トースト、ホットミルク
晩飯 ロースハム、めかぶの酢の物、夏太郎らっきょう、肉味噌、なすのたまり漬の辛子和え、ピエンロー、「宇都宮酒造」の「四季桜にごり生酒」(冷や)

2023.1.28(土) 同窓会

目を覚ましたのは1時台が終わるころ。そして2時台の終わるころに起床する。枕元の読書灯と「殉死」を手に寝室を出る。そして食堂にて「殉死」の第二部「腹を切ること」を解説まで含めて一気に読む。そのときの時刻は5時24分。きのうの夜、インターネット経由でいただいた「汁飯香の店 隠居うわさわ」へのご予約を覚え書きにして、間もなく起きてきた家内に手渡す。

9時5分、3年ぶりの団体様を店にお迎えする。長年に亘って長いあいだ、毎年、お立ち寄りくださっていたお客様のご来訪が2年のあいだ途切れた理由はもちろん「コロナ」である。3台のキャッシュレジスターは、しばらくのあいだ間を置くことなく稼働を続けた。有り難いこと、この上ない。

下今市11時34分発の上り特急に乗り、北千住で乗り換えて新御徒町へ至る。しばらく歩くうち、秋葉神社という神社を初めて目にする。この参道と直角に交わるようにしてある、こちらも初見の、古色蒼然としたアーケードを往く。Googleマップを頼りに辿り着いた店でショルダーバッグを買い、それまで手に持っていたものをこれへ入れる。

そこから御徒町までは徒歩で5分ほど。そして自由学園男子部35回生の同級生アケミツシ君が起業した会社の御徒町店にて、7ヶ月ぶりの同窓会に加わる。


朝飯 油揚げと小松菜のおしたし、炒り豆腐、納豆、焼き鮭、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、メシ、菠薐草の味噌汁
昼飯 「ポポラマーマ_バル御徒町店」の冬野菜とベーコンのサラダ、真鯛のカルパッチョ金柑と柑橘のソース、生ハムとサラミ、シェパーズパイ、辻村農園の長葱と上澤梅太郎商店のなめことしその実のスパゲティ、他あれこれのスパゲティ、アンガス牛のアリアータ、ワインあれこれ、十勝産カタラーナ、エスプレッソ

2023.1.27(金) 夢

僕の扱いを粗末にすることによって、僕への優位性を保とうとしている人と、長くつき合っていかなくてはならない事態がいきなり発生した。「これは困った」と憂鬱に感じている最中に目が覚める。「それにしても後味の悪い夢だ」と、いまだに気分が晴れない。しかしそれもまた夢の中のことで、もういちど目を覚ますことによって、ようやく現世に戻ることができた。僕は、夢の中で夢を見ることがたまにある。もうひとつ、僕の見る夢は大抵、悪夢である。

おとといの10年に一度の寒波、そして降雪このかた、店はとても静かだ。この寒波が去るまでは不要不急の外出を控えるよう、テレビが呼びかけている。まさかそれに国民のほとんどが従っているわけでもないだろうけれど、街は本当に静かである。

今日の日光市の、正午から18時までの降水確率は30パーセント。18時から0時のそれは40パーセント。この数字は雨ではなく雪を意味するものだろう。何とか降ることなく週末を迎えたい。もうひとつ、週末には人に出てきていただきたい。寒さはやわらぎつつあるようだ。

月に一度の日本酒に特化した飲み会のあったきのうは例外として、今日もまた温め酒を作る。そして残りもののあれこれにてそれを飲む。おかずは残りものでも好物ばかりだから不満は無い。そして早々に入浴をして早々に就寝する。


朝飯 菠薐草のおひたし、筑前煮、塩もみ胡瓜の「しその実のたまり漬」和え、玉子焼き、納豆、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、メシ、キャベツと豆腐の味噌汁
昼飯 トースト、ホットミルク
晩飯 鶏とマカロニのグラタン、トリッパのトマト煮、牡蠣のウースターソース炒り、焼き鮭、メシ、SMIRNOFF VODKA(お湯割り)

2023.1.26(木) 夾雑物を退けて

自由学園男子部高等科2年に在学中、女子部中等科の生徒の作ったミニコミ誌を瞥見したことがある。興味を引かれたのは、女子部中等科の広い範囲に行われたと想像されるアンケートの結果だった。そして意外だったのは、そのうちのひとつ「もっとも好きな作家」の第1位に司馬遼太郎の挙げられていたことだった。

そのころ家には「坂の上の雲」の、箱入りの立派なひと揃えがあった。それはおばあちゃんの持ち物だったような気がする。そしてそれを借りて読むことは、僕はしなかった。先週金曜日の日記に書いた週刊朝日には、当時、おなじ著者による「街道をゆく」が連載されていた。しかしその文体はどうにも自分には馴染みづらく、読まずに飛ばすことが多かった。だから女子中学生にもっとも人気の作家が司馬遼太郎ということに、僕は驚いたのだ。

これまたこの日記を遡れば、今月12日の日記に司馬遼太郎の「殉死」について書いた。これを僕は前日の11日に城ヶ崎海岸駅の本棚に見つけ、上りの列車を待つ15分ほどのあいだにそのさわりを読んだ。そしてなにがしかの感慨を覚え、記憶に留めた。

城ヶ崎海岸駅の「殉死」は文春文庫の古い版で、文字が小さかった。帰宅して調べると、新しい版もあった。amazonの書評には「この一作を以て司馬ファンを止めた」とか「嘘だらけの作家」という、嫌悪感に満ちたものも少なくなかった。そういう他人の意見に僕はほとんど左右されない。自分の読書欲が満たされれば、それで良いのだ。

この、文字の大きな新版はすぐに届いて、早速、先週土曜日の伊豆行きの列車内で読み始めた。僕は活字中毒ではあるけれど、家ではほとんど本は読まない。それは、インターネットが運んでくる絵や文字を見るためのブラウザが家にはあるからだ。しかし「殉死」は、それら夾雑物の一切を退ける力を持っている。そして今早朝も、また夜も読書灯を枕元に引き寄せて、この本を開く。


朝飯 納豆、刻みキャベツを底に敷いた目玉焼き、煮奴、鱈のコロッケ、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、メシ、ブロッコリーの味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「やぶ定」の酒肴あれこれ、鰻重、6種の日本酒(冷や)

2023.1.25(水) 雪もまた楽しいか

目を覚ましたのは3時すこし前。起きて窓に近寄り、カーテンをずらす。窓ガラスは凍りついている。その、平滑でないガラス越しに外を見る。きのうの雪はあらかた風で吹き飛ばされたのだろう、道路には黒い部分が明瞭に認められた。「良かった、雪は降らなかった」とひと安心をして、取りあえずは寝台に戻る。そして1時間後に服を着る。

「雪だよ、大変だよ」と、食堂に来るなり家内が言う。「降ってないよ」と答えると「降ってるよ、真っ白だよ」と、どこに目を付けているのかと言わんばかりに家内は声を高くした。カーテンは巻き上げてあったものの、いまだ夜のように暗ければ、そちらには目をくれないまま日記を書いていたのだ。

7時40分に事務室のシャッターを上げる。そして外へ出て営業車の雪を払う。上空の寒気を証明するような軽い粉雪は、箒で掃くと、いとも簡単に地面に落ちた。

10時30分よりテレビの取材を受ける。よりによって10年に1度の低温、雪の日に地方での仕事が重なってしまった芸能人や制作会社の人たちは、いかにも大変と思われた。しかし考えようによっては番組に花を添える天候だったかも知れない。

その撮影中に、駐車場にバスが駐まる。こちらは東京からの社員旅行の若い方々で、彼らはバスから降りるなり、嬉しそうに体を動かし始めた。僕にも覚えがあるけれど、旅先の雪は嬉しいものだ。

テレビの方々は、引き続いて蒸気機関車「大樹」の取材とのことで、下今市駅へ向かわれた。社員旅行のご一行は上澤梅太郎商店とは浅からぬ関係の方々でいらっしゃったため、休店日でも店を開け、隠居で「汁飯香」と地酒をお楽しみいただいた。彼らはこれから日光周辺の、発酵関係の店や蔵ばかりを巡ってお帰りになるという。

雪は昼がちかくなるころに止んだ。「明日は晴れて欲しいよな」と思う。


朝飯 筑前煮、菠薐草と榎茸のおひたし、納豆、梅の実ひじき、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、メシ、キャベツの味噌汁
昼飯 2種のパン、ホットミルク
晩飯 牡蠣のアヒージョ、トリッパのトマト煮、ニース風サラダ、鶏とマカロニのグラタン、2種のパン、SMIRNOFF VODKA(お湯割り)

2023.1.24(火) 吹雪

きのうの就寝は21時過ぎ。今朝の目覚めは5時過ぎ。随分と眠ったものだ。5時台の起床は、僕としては遅すぎて、損した感が強い。しかし日記は3日分の在庫があるから、この点については気が楽だ。

このところの天気予報は、夏なら「50年に一度の大雨」という表現が毎年のように聞かれる。そして今日から3日間は「10年に一度の強烈寒波」とか「過去最強クラスの寒波」に列島は襲われるという。確かに、おとといの日曜日は、屋内にいるときとおなじ格好で外へ出ても、短時間なら困ることはなかった。しかしきのうは寒さの前哨戦ということだろうか、気温は急激に下がった。

この日記を書きつつ窓から見える6時15分の東の空は、分厚い雲に覆われている。ただし斜め上45度から天頂にかけては青空が見える。ということは、すぐに雪が降ってくる、ということはなさそうだ。

雪は、たしかにすぐには降ってこなかった。しかし隠居で仕事をしながら15時を過ぎると、はじめはひと粒ふた粒が風に乗ってふわりふわりと、しかしその直後にはいきなり吹雪となって、またたく間に庭を白くした。

雪は幸い、一時、暴れたのみにて止んだ。しかし強風は収まらない。暗くなるころ、外の地面に両膝をついて、地下にある水道の元栓を閉める。そこから国道沿いを事務室へ戻る途中、書類を入れた手提げも毛糸の帽子も風に持っていかれそうになって、いささか慌てる。加えて地面は凍りつき、危なっかしいことこの上ない。

夕食前の食堂は室温こそ心地よいものの、冷えた酒を飲む気には到底、ならない。先ずはグラスに熱湯を注ぎ、次いでウイスキーを縁まで満たす。


朝飯 刺身湯波の玉子とじ、筑前煮、納豆、榎茸とほうれん草おひたし、胡瓜と蕪と人参のぬか漬け、らっきょうのたまり漬、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、小松菜の味噌汁
昼飯 ニコニコいなり、日光味噌のフリーズドライ味噌汁”with LOVE“、いちご、クッキー
晩飯 牡蠣のアヒージョ、トリッパのトマト煮、チーズ、鱈のトマト煮、Old Parr(お湯割り)

2023.1.23(月) 時刻の変更

昨月17日、以下の航空券を、なじみの旅行社に注文した。

4月18日(火) TG661 羽田(00:20)→スワンナプーム(04:50)
4月18日(火) TG2259 スワンナプーム(07:20)→ハジャイ(08:25)
4月22日(土) PG432 ハジャイ(10:45)→スワンナプーム(12:15)
4月27日(木) TG682 スワンナプーム(22:45)→羽田(06:55)

そうしたところ、担当者より本日午前にメールが届いた。ふたつの便に時刻の変更が生じたという。

4月18日(火)のスワンナプーム発ハジャイ行きが20分早まったについては、最短乗り換え時間が75分というところ、またハジャイへはスワンナプームでタイに入国をしないまま飛べるところから、特に問題はないだろう。4月22(土)のハジャイ発スワンナプーム行きが2時間35分はやまって8時10分発になったのも、別段、どうということはない。

タイの国内線は、90分前までのチェックインを推奨している。つまり4月22日の朝は、空港に6時30分に着いている必要がある。そこから逆算をすれば、ホテルを出るべき時刻は6時。街や空港を循環するソンテウがこの時間に運行しているか否かは不明。タクシーを手配すれば数百バーツの経費増。しかしバンコクに9時40分に着けるのは、それはそれで、なんとなく嬉しい。

先週の火曜日から腰の具合が悪く、土曜日には伊豆まで整体を受けに行った。腰の不具合は頸椎のズレが原因と思われる。このことにより旅行用の枕をamazonに注文した。荷物が増えるのは面白くないけれど、まぁ、仕方の無いことである。


朝飯 めかぶの酢の物、厚揚げ豆腐の網焼き、納豆、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、メシ、ブナシメジと長葱の味噌汁
昼飯 2種のパン、ホットミルク
晩飯 ロマネスコの酢漬けと刻みキャベツを添えた鱈のコロッケ、鱈のトマト煮、TIO PEPE

2023.1.22(日) 未来の自分への…

きのう不在にしているあいだに入った電話の内容が、事務机に置いてある。そのうちのひとつは、40年前まで上澤梅太郎商店に勤めていた母親の履歴が知りたい、というものだった。40年前といえば1983年。僕は修業先から戻って2年目。それほどむかしの、特に書類は残っていない。残っていたとしても、先方の求める情報を探し出すことはほとんど不可能だ。そう考えつつ、取りあえずは紙に記された携帯電話を呼び出す。

その人の母親の名前はすぐに分かった。僕のコンピュータの、過去の社員名簿にあったのだ。そこには入社した年月日、退社した年月日、健康保険の番号、そして厚生年金の番号も付されていた。

当時のパーソナルコンピュータは、記憶媒体がカセットテープからようやく紙ケースのフロッピーディスクに代わりつつあったころで、いまだ使い途は限られていたように思う。

それではなぜ、39年前に66歳で退職した社員を僕のコンピュータに検索し得たか。それは、僕が1992年の春にマイツールという融通無碍なデータベースソフトを手に入れ、そのとき社内に残っていた、退職した社員の情報をも、練習を兼ねて入力したからだ。

「いま分かるのはこれだけです」と答えると「それだけ知れれば充分です」と先方は礼を述べて電話を切った。

「データは未来の自分への贈りもの」とは、広島やバンコクでMGを教えるタナカタカシさんの言葉だ。今回の、古い社員のデータは僕への贈りものではなかったものの、何とか役に立てて良かったと感じた。


朝飯 梅の実ひじき、納豆、生玉子、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、メシ、レタスとブナシメジと揚げ玉の味噌汁
昼飯 焼き鮭、揚げ玉、塩鰹のふりかけ、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」のお茶漬け
晩飯 鱈の白子のフリット、鱈鍋、「宇都宮酒造」の「四季桜にごり生酒」(冷や)

2023.1.21(土) 伊豆治療紀行(12回目)

火曜日の朝から腰が痛くてならない。症状はギックリ腰の一歩手前というもので、よくもまぁ、このからだでMGが務められたものだと思う。

経験をしたことのある人なら分かるだろうけれど、こうなると、腰をかがめることができない。洗顔に際しては、上半身は立てたまま両足を開き、両爪先も開き、膝をパンタグラフのように開いて顔の位置を低くし、手の平に受けた水で目のみを洗う。人にお辞儀をするときには、やはり脚をおなじように開いて姿勢を低くし、手は膝に置き、頭のみすこし下げる。その姿はまるで、東野英治郎が演じる江戸時代の老農民、といった風情である。

伊豆の、かかりつけの整体院に水曜日に電話を入れると、果たして本日15時30分の予約が取れた。

「それほど遠くまで出かけなくても、家のちかく、あるいは県内にも、治療するところはいくらでもあるだろう」と言われれば、それはその通りだ。注射により一発で痛みを消してくれる外科もある。鎮痛剤も処方してくれるだろう。しかし注射や薬に頼らず、しかも即効性のある治療となれば、伊豆のかかりつけ以外を僕は知らない。

そういう次第にて下今市10:05発の上り特急に乗る。荷物は小さなボディバッグのみ。手ぶらは何とも気持ちが良い。北千住11:48発の常磐線は途中から上野東京ラインに乗り入れ、東京駅には12時08分に着く。往路は北千住から伊豆高原、復路は城ヶ崎海岸から北千住。この切符を窓口で買うと、こだま725号の出る12時27分は目前に迫っている。昼食を買う余裕もなくプラットフォームに上がり、既にして停車中の車両に乗り込む。伊豆高原には14時37分に着いた。

「痛いよ」と「伊豆高原痛みの専門整体院」のワタナベ先生が電子ペンのスイッチを入れつつ宣言をしても、怖さはそれほど感じない。これまでの経験により、電子ペンの先端を押しつけられたときの痛みは膝がもっとも強く、それに比べれば、肉のある背中や腰へのそれは、そこまでは辛くないのだ。

電子ペンによる治療の後は、奥の部屋へ移り、膝と腰に強めの低周波を流される。その20分間を終えてベッドから起き上がりつつ「イタタタタ」と、思わず声を発する。それを聞き逃さなかったワタナベ先生はふたたび治療室へ僕を招き入れ、先ほどのうつぶせではなく、今度は僕を座らせたまま、腰の6個所に電子ペンを打ち込んだ。

この治療院へひとりで行くときには、行きは伊豆高原駅からタクシー、帰りは城ヶ崎海岸駅まで1,100メートルを徒歩で下る、というかたちができあがっている。

城ヶ崎海岸16:57発の伊豆急行は17:46に熱海着。熱海18:02発の新幹線は18:40に品川着。品川18:54発の上野東京ラインは19:20に北千住着。いつもの飲み屋では本も開かず大急ぎのカウンター活動を行い、20:13発の下り特急に乗る。そして22時前に帰宅を果たす。


朝飯 「なめこのたまり炊」のフワトロ玉子、炒り豆腐、納豆、梅の実ひじき、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、メシ、大根とブナシメジの味噌汁
昼飯 もち麦入りおむすびおかずセット、お茶
晩飯 「加賀屋北千住店」のマカロニサラダ、2種の串焼き、日本酒(燗)

2023.1.20(金) 沸騰していた時代

朝のテレビのニュースなどは、聞き流すばかりで、観るそばから忘れる。しかし今朝は、それが週刊朝日の5月からの休刊を伝え始めたため、思わず見入った。事実上の廃刊だろう。一時は150万部を誇った発行数が、先月は7万5千部まで落ち込んでいたというから驚きである。

気がついたときには、ウチは週刊朝日を定期購読していた。新聞社系、出版社系の週刊誌の中で、週刊朝日は程よい品を保っていた。長年の購読を1990年代の終わりごろに止めたのは僕である。理由は、読むヒマが無くなったから、だ。

その後も書店、キヨスク、コンビニエンスストアでこの週刊誌を手に取ることはあった。最近は、そのあまりの薄さに「どうしたことだろう」と感じていた。思い出に残っている記事やコラムは、ふたつやみっつに留まらない。「そうですか、廃刊ですか」と、感慨もひとしおである。

今朝の日本経済新聞朝刊を昼に開いてみると、第1面の「春秋」も、週刊朝日の休刊に触れていた。その書き出しは、1963年に開高健が連載したルポルタージュ「日本人の遊び場」についてのことだった。開口はこの「日本人の遊び場」に続いて「ずばり東京」も連載し、大変な人気を博した。

その評判に気を良くした編集部は、開口に褒美をとらすことを決めた。開口が求めたものは、自分を朝日新聞の特派員としてベトナムへ送らせることだった。それを僕は小玉武の「洋酒天国とその時代」により知った。日本中が沸騰していた、60年ちかく前のはなしである。


朝飯 「なめこのたまり炊」のフワトロ玉子、炒り豆腐、納豆、梅の実ひじき、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと菠薐草の味噌汁
昼飯 梅の実ひじき、昆布の佃煮、揚げ玉、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」のお茶漬け
晩飯 「やまだ宴楽」のあれや、これや、それや、他あれこれ、「三岳酒造」の芋焼酎「三岳」(お湯割り)

2023.1.19(木) 第41回日光MG(2日目)

ひと月に1度か2度は、伊豆の国道135号線をクルマで走る。その街道筋には廃業した飲食店が、かなり目立つ。死屍累々といっても過言ではない。それらを車窓から眺めつつ思うのは「オレも新規の開業をしようとすれば、同じ結果になるに違いない」ということだ。僕は自分の商売下手をよく知っている。マネジメントゲームも異常に下手だ。MGに臨むたび考えるのは、何とか生き延びることのみ、である。

その僕が、第4期では40名中の最高の売上高を記録した。第5期初には、借金などしなくても会社を大型化できる現金が積み上がっていた。しかし会社の規模は、第4期と同じままとした。理由は前述のとおり、生き延びることのみを目標としてるからだ。

今回のMGでは初心者のような戦術を採り、第2期から第5期まで黒字を続けることができた。最終到達自己資本は395円で、次期への備えは++。僕としては上出来の結果である。

マネジメントゲームは、勝った人が偉いというわけではない。負けながら負けない方法を考える人もいる。それでもゲームであれば、表彰のあった方が参加者の意欲は高まる。

今回の最優秀経営者賞は、埼玉県川口市から参加のトクタケシュースケさんで、自己資本は547円。60期の経験でこの成績は立派のひとことに尽きる。優秀経営者賞は上澤梅太郎商店のウワサワユーキ。自己資本は440円。第4期の目立たない会社から、どのようにしてここまで業績を伸ばしたかは不明。もうひとりの優秀経営者賞は日光市のヌマオアキヒロさんで、こちらは表彰台の常連である。

原稿用紙2枚ほどの感想文を書いて今回の研修は終了。西順一郎先生、佳恵先生を鬼怒川温泉駅までお送りする。また一心舘のクルマで駅まで送られた社外参加者の方々も含めて、プラットフォームでお見送りをする。そこからホンダフィットを15キロ走らせていつもの洋食屋に至る。こちらでは社外参加者のうち、時間の余裕のある方々と夕食を摂る。今日の持ち時間は充分にて、ゆっくりできて良かった。

新型コロナウイルスの出現により、世界中で様々な行事が中止をされてきた。中止を重ねるうち廃止の決まった諸々も少なくない。中止や廃止は簡単だ。一方、途切れたそれらを再開させることは大変だ。昨年の日光MGは社内と市内の方々で運営をした。それが今回は、元の形に戻して開くことができた。西順一郎先生、佳恵先生はじめ、多くの方々に感謝をしたい。


朝飯 「一心舘」の朝食膳
昼飯 「一心舘」のゲーム用昼食膳
晩飯 「コスモス」のあれや、これや、それや、他あれこれ、”Cono Sur”の白ワイン、同赤ワイン

2023.1.18(水) 第41回日光MG(1日目)

MGつまりマネジメントゲームのことをここに書いてどれだけの人が理解しうるか。一握りを除いては興味もなく読み飛ばしておしまいなのではないか。そう考えること無きにしもあらずだ。たとえば先般の、藤井聡太と羽生善治による王将戦の内容は、僕などにはチンプンカンプンである。それを知っているから棋譜を読むなどはハナからしない。しかしとにかくマネジメントゲームのことを書かなければ今日と明日の日記は成立しない。だから簡単に期すこととする。次の日光MGまでには、より上手な書き方が見つけられているかも知れない。

マネジメントゲームは参加者の各自が2日間で5期分の経営を盤上に展開する。市場は6名で構成をされる。材料を仕入れ、商品に仕上げ、それを市場の中で競り合いつつ売る。販売の方法は入札による。価格が高すぎれば売れず、低すぎれば売れても利益は確保できない。

第1期はマネジメントゲームというものの説明、また決まりや方法の解説。実際の勝負は第2期からとなる。今回の参加者は、やむを得ない事情の者を除く社員全員に、社外から参加の方々を含めて40名。盛会はとても有り難い。

個人の成績としては、第2期は黒字でも第1期の損失を取り戻すまでは至らず、納税と配当はゼロ。第3期も黒字を確保しながら累積損は一掃できず、この期も納税と配当はゼロ。第4期の経営計画を立てる直前で本日の研修は終了。

夕食後は少々のワインを飲み、温泉に入って23時30分に就寝する。


朝飯 「一心舘」の朝食膳
昼飯 「一心舘」のゲーム用昼食膳
晩飯 「一心舘」のゲーム用夕食膳

2023.1.17(火) 歯の手入れ

奥歯1本の噛み合わせ部分が平滑さを失っている、それに気づいたのは昨年末のことだ。即、大井町にあるかかりつけのソーマ歯科室に予約を入れた。「三大好きなこと」のひとつが飲み食いであれば、歯の手入れは欠かせない。また歯は健康寿命に直結しているような気がする。できるだけ長持ちをさせなくてはならない。

奥歯1本の、平滑さの失われた原因は、先生によればエナメル質の摩耗と小さな欠け、剥離によるものだという。今日のところは気になる部分を研磨し、またすべての歯を特殊な道具で磨いてもらう。次の診察は半年後とのことだった。

ところで今日は忙しい。上澤梅太郎商店の社員研修「日光MG」が明日あさってに迫っているからだ。大井町から北千住までの、所要時間のもっとも短い経路をスマートフォンで調べ、それに従って京浜東北線に乗る。しかし本を読むうち乗り換えの駅を乗り過ごし、結局は次善の案内に頼ることとなる。

15時前に会社に戻り、留守にしていた2日間の情報を得る。また包装係が整えた2日分の商品を、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」へ運び込む。

家内と共にホンダフィットに乗り、16時に会社を出る。そして会場となる「湯けむりまごころの宿一心舘」に先ずは荷物を置く。以降は一心舘と鬼怒川温泉駅とのあいだを往復しながら、西順一郎先生、佳恵先生、また広島県から参加のタナカタカシさんをお迎えする。

18時30分より、前泊の6名にて夕食を摂る。そして早々に就寝する。


朝飯 「カフェパウリスタ」のオレンジジュース、ハムチーズトースト、コーヒー
昼飯 「ドトールコーヒー」の豆乳ラテ
晩飯 「一心舘」のあれや、これや、それや、他あれこれ、日本酒(燗)

2023.1.16(月) 目の手入れ

関節と白内障の手術について、これらを受けて後悔した人はいない、という話を耳にしたことがある。

2016年6月、ミャンマーの、まるで乗り合いバスのように離着陸を繰り返す国内線の、隣の席の女の人は、僕とおなじ歳だった。膝の関節に故障を抱えていたその人は、あるとき意を決して手術を受けたところ、ヒマラヤのトレッキングさえこなせる体になったと教えてくれた。確かに、関節の手術をし、それを後悔している人には、僕はこれまで出会ったことがない。

一方、白内障のそれについては「後悔してます」と僕に訴えた人が数ヶ月前にいた。たまたま入った店で一食、不味いメシに当たるくらいならどうということもないけれど、問題のありどころが眼球ともなれば、不運では済まされない。

2018年10月、僕は両目に白内障の手術を受けた。後悔どころか大満足。特に右目は、手術を受けていなければ早晩、見えなくなっていただろう。手術後の目薬の使用法は複雑を極める。頭に霞の差しはじめてからでは、とてもではないけれど、右目と左目の双方に、日々、種類の異なりゆく目薬を別々に注し続けるなどは不可能だ。白内障の手術を医師に勧められた人は、できるだけ早く、決心をすべきと思う。

さて今日は、その手術を4年前に受けたオーミヤナナサト眼科にて、半年に1度の検診を受ける。「三大好きなこと」のひとつが本読みであれば、目の手入れは欠かせないのだ。


朝飯 鰯の丸干しの網焼きオリーブオイルかけ、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと小松菜の味噌汁
昼飯 パン、ホットミルク
晩飯 「加賀田北千住店」のあれや、これや、他あれこれ、チューハイ

2023.1.15(日) 蔵見学

正午を30分すぎるころに隠居の家内から電話が入る。「汁飯香の店 隠居うわさわ」のお客様ふた組4名様が蔵見学をご希望になっているという。これから食後の甘味をお出しするところとのことにて、僕は13時に隠居へうかがうことを決めた。

上澤梅太郎商店の蔵見学は、現場での製造作業を考慮して、日曜日のみ承っている。その順路は、いきなり蔵へお入りいただくわけではない。先ずは隠居へご案内し、僕のおじいちゃんやおばあちゃんについてのことからお話しを始める。今日のお客様は店舗からの出発ではない、だからすこし特殊な例になる。

13時に「汁飯香の店 隠居うわさわ」の帳場から座敷へ回ると、当該の4名様のほか、3名の、これから食事をはじめようとされているお客様がいらっしゃった。その3名様にはすこしお騒がせすることをお詫びの上、寒い外ではなく座敷の中で、先ずはさわりのご説明を始めた。

4名様のうち2名様はアメリカの方でいらした。そのうちおひとりは日本語が堪能らしく、もう一人の方に僕の日本語を逐次、翻訳してくださったから、とても楽だった。そして僕もまた、意図して言葉を選び、いつもよりゆっくりとご説明をした。

蔵の中に入っていただければ、それまでの僕の解説を裏付ける諸々を、お客様はご自分の目で確かめることがおできになる。お客様のお気持ちとしては「なるほど、そうだったのか」の連続になること間違いなしである。

蔵見学は40分と少々で完了した。4名様のお顔は皆、晴れ晴れとしていた。蔵見学のご予約は電話0288-21-0002(08:30~17:30)のほか、ウェブページでも承っています。あらかじめご連絡の上、お出かけいただければ幸いに存じます。


朝飯 焼き鮭、牛肉と牛蒡のすき焼き風、切り昆布の炒り煮、焼売、炒り豆腐、らっきょうのたまり漬、なめこのたまり炊、メシ、トマトと長葱の味噌汁
昼飯 2種のパン、マンゴージャム、ホットミルク
晩飯 バンブー、めんたいこ、レタスとケールのサラダ、ロマネスコの酢油漬け、パン、鰯の丸干しの網焼きオリーブオイルかけ、トリッパのトマト煮、TIO PEPE

2023.1.14(土) 水神祭

上澤梅太郎商店の蔵には、いつごろ置かれたものかまったく分からない水神の碑がある。そしてまた、いつごろから続いているのかまったく分からない水神祭が、毎年1月に催行をされてきた。今年は、今日がその日である。

総鎮守瀧尾神社の先代タナカキヨシ宮司の時代には、日程は任意に決められていた。あるいは当時の成人の日、つまり15日に行われることも多かったように記憶する。現在のタナカノリフミ宮司の時代になってからは、十干の「みずのえ」または「みずのと」の日を当てることとなって今に至っている。

お祭は9時から。参列するのは僕、家内、長男に加えて各部の長。長が休みの場合にはその部におけるその日の最年長者が集団に加わる。お祭は修祓、祝詞の奏上、玉串奉奠を以て今年も無事に完了した。

「正月はなぜめでたいか」について、もう20年ちかく前になるだろうか、高橋義孝が元旦の新聞に堂々の論を披露した。「なぜお祭をするのか」についても、よく考える必要がある。そして水は特に、諸々の根源である。来年もつつがなく、この日を迎えたい。


朝飯 炒り豆腐、油揚げと小松菜の炊き合わせ、めかぶの酢の物、切り昆布の炒り煮、めんたいこ、広島菜、昆布の佃煮、らっきょうのたまり漬、しその実のたまり漬、メシ、小松菜と揚げ玉の味噌汁
昼飯 揚げ玉、梅の実ひじき、昆布の佃煮、なめこのたまり炊のお茶漬け
晩飯 湯豆腐、その鍋で食べる鳥鍋、更にその鍋で食べるにゅうめん、「宇都宮酒造」の「四季桜にごり生酒」(冷や)

2023.1.13(金) より単純に

2月1日(水)から7日(火)までの7日のあいだ、日本橋高島屋S.C.で開かれる「老舗名店味紀行」に、上澤梅太郎商店は出店をさせていただく。それをお得意様にお知らせするハガキの宛先は1月10日に特定すべきと、事務係のカワタユキさんには先月から言われていた。しかし諸般の事情により、その作業は今日に延びた。

この、何十年も続けてきた仕事が僕は相変わらず好きだ。そしてこの仕事に相対するたび進化をさせてきた。しかしいかんせん、手順が複雑すぎる。複雑さは誤りを発生させやすい。何とか単純化を図ろうとするものの、簡単ではない。

事務室の喧噪を避け、10時30分に4階の食堂へ上がる。そして90分をかけて結果を得る。午後はその結果を3人の事務係に配布し、これから数日をかけて、彼女たちの目により最終確認をしてもらう。投函は23日からの週になるだろう。

先月はじめからの、熱を伴わない、声や呼吸器の異常はようやく去りつつある。今月6日に処方された薬が効いたのだ。ただし完全に復調したわけではないことを、からだが訴えている。どのような訴えかといえば、夜は洋食を好む僕が、日本食を欲しているのだ。

ところが午後おそくに知らされた夕食は、ビーフステーキとのことだった。そうなったらそうなったで結構、嬉しい。そうしてそれを肴に赤ワインを飲み、21時前に就寝する。


朝飯 韓国風玉子焼き、炒り豆腐、大根おろしを薬味にした納豆、油揚げと小松菜の炊き合わせ、広島菜、らっきょうのたまり漬、しその実のたまり漬、メシ、トマトと長葱の味噌汁
昼飯 白身魚のフライのハンバーガー、ホットミルク
晩飯 トマトとモッツァレラチーズのサラダ、TIO PEPE、ブロッコリーとエリンギのソテー、マッシュドポテトを添えたビーフステーキ、Grand Vin de Leoville 1985、いちご

2023.1.12(木) 伊豆治療紀行(11回目の2日目)

「宿の枕が低いと1日目の施術が無駄になる」と「伊豆高原痛みの専門整体院」のワタナベ先生には昨年の11月、12月と続けて注意を受けた。「お金をドブに捨てることになるからね」と先生は言う。それよりも僕は、患部の悪化による治療の痛みの方が怖い。そういう次第にて、昨夜は脱いだセーターを折りたたんで枕の下に入れた。その甲斐あってか、今日の施術も楽だった。

きのうとおなじく長い坂を下って城ヶ崎海岸の駅に至る。空も海も、おだやかに晴れている。きのう待合室の棚にあった司馬遼太郎の「殉死」は、今日は見あたらなかった。

熱海から乗った東海道新幹線を品川で降りる。新橋の大衆床屋で28日ぶりに散髪をする。「どうでも良い」と僕が考えている随一は髪型で、毎回、3ミリの丸刈りである。ところが隣の席の人は僕の上を行く、1ミリの丸刈りだった。

さて今日の銀座には特に用がある。行きつけの鮨屋がコロナ下を生き延び、更には8丁目から4丁目へと、地理的にも堂々の中央進出を果たしたのだ。

教えられた住所にはビルの名があった。ビルと聞けば大きな建物とばかり考えて、しばしレンガ通りを京橋方面へ往く。ところがそれらしい看板は見あたらない。松屋通りに右折をして、レンガ通りとガス灯通りのあいだに目を遣る。その、いかにも銀座らしい路地には白木と土壁による粋な建物があって、何年か前までは話題を呼んだラーメン屋が入っていた。「あそこだとすればカッコ良いな」と好奇心を覚えつつ近づく。2階は親子丼屋、1階は和菓子屋、そして地下へ伸びる階段を覗き込むと、白い蘭の鉢と共に、いまだ外へ出される前の行灯が見えた。

全6席のその店は、機能性としては潜水艦の幹部用食堂。しかし雰囲気は、深海に沈めた水槽のようだった。英語で言えば”the hidden jem”か。繁盛を祈って止まない。


朝飯 「杉国商店」の室鯵定食
昼飯 玉子焼きと明太子のサンドおむすび、お茶
晩飯 「鮨良希」のあれや、これや、それや、他あれこれ。「吉田酒造店」の「手取川冬純米」(冷や)、「荻野酒造」の「萩の鶴純米吟醸」(冷や)、「梅津酒造」の「冨玲生酛仕込純米」(常温)

2023.1.11(水) 伊豆治療紀行(11回目の1日目)

「ほぼ年中無休」で働こうとすれば、からだの手入れは欠かせない。「宇都宮痛みの専門整体院」のワタナベマサヤス先生が「寒いところはイヤだよ」と本拠を静岡県へ移し「伊豆高原痛みの専門整体院」を開いて以降、2021年は4月の1回、しかし昨年は9回、通った。そのほとんどは家内と共にだが、昨年11月は、都合により僕ひとりでの行動となった。そして今回も、突発的な出来ごとにより単独での伊豆行きが決まった。

ホテルのキャンセル料は6,300円。バカバカしい出費である。そしてあらためて、ひとり用の安宿を予約した。場所は、いつもの伊豆高原ではなく、その手前の伊東である。詳細は省くが、その方が安く済むのだ。

それはさておき一昨年4月から膝に受けている荒療治は、昨月までにくらべて劇的に楽になった。9,000ボルトの電子ペンを患部に突き立てる施術は、症状が重いほど痛い。それが今日は、ほとんど痛みを感じない個所もあれば、感じたとしても拷問まがいのそれではない。突き立てられる場所も昨月までの両膝あわせて約40個所から大きく減って、今日はせいぜい14個所くらいのものだった。

「ウワサワさんは自分のからだと会話のできない人」と、先生は言う。おっしゃる通り、膝が悪いという自覚は僕には皆無だ。しかしこれを放っておくと、そのうち極端なことが起きる。それを僕に初めて知らしめたのは、2018年の晩秋に突発した右の背筋痛である。ワタナベ先生とは、それ以来のつきあいになる。

治療後は、海へ向かって1,100メートルの坂を下る。城ヶ崎海岸の無人駅には棚に本があるから、30分に1本の列車を待つあいだに退屈はしない。伊東では首尾良く刺身の美味い店を見つけた。そして20時に就寝をする。


朝飯 切り昆布の炒り煮、油揚げと小松菜の炊き合わせ、マカロニサラダ、納豆、広島菜、らっきょうのたまり漬、メシ、大根の味噌汁
昼飯 「笹八」の爆弾おむすび、お茶
晩飯 「かっぽれ」の刺身盛り合わせ、若布の酢の物、海の幸のグラタン、「仁井田本家」の「田村純米吟醸」(燗)

2023.1.10(火) 喜者開扉

朝、販売係のサイトーミホコさんが事務室に僕を呼びに来る。外国のお客様なので助けて欲しいという。

欧米系の男性1名、女性3名のうち、もっとも積極的な女性は僕に、二つ折りにした紙を開いてみせた。そこには「奈良漬」の漢字があった。旅の途上で入った鮨屋の漬物に感動し、板前に頼んで書いてもらったのだという。

上澤梅太郎商店はたまり漬の店で、奈良漬けは扱っていない。東京の百貨店で求めるのが最上の方法とお答えをすると、自分たちはこれから千葉へまっすぐ帰るのだと、困惑の表情である。

彼らにはらっきょうのたまり漬の試食をお渡しし、お茶を飲んでお待ちいただくようお願いをする。そして事務室へ戻って家内にことの次第を話す。すると、奈良漬けなら数十年前に酒蔵の渡邉佐平商店で求め、これを好物とする母親に送ったという。即、電話をすると上手い具合に社長が出てくれた。果たして奈良漬けは、今も扱っているとのことだ。

給茶器のある客だまりへ速歩で戻り「この街でも奈良漬けは買えます」と、女性にお伝えをする。そして市中心部の地図の当該部分を赤いマジックインキで囲み、その脇に”WATANABE SAKE-BREWERY”と大きく書いてお渡しをした。一行はらっきょうのたまり漬、たまり「朝露」、そしてフリーズドライ味噌汁などをお求めになって後、成田ナンバーのレンタカーで日光街道を下っていかれた。

今度は10時に販売係のササキユータ君が呼びに来る。店の前の門松を片付ける、その手伝いを僕がするのだ。

「正月 飾り いつまで」と検索エンジンに入れると、それを下げる日についての解説がいくつも出てくる。僕は、それらの情報を参考にはしても、従うわけではない。地方によってまちまちなら、家によってまちまちでも構わないではないか。そして今年は今日をその日と定めた経緯があった。

店の次は隠居へ移動し、店のそれとは異なる小さな門松を庭へ引き入れる。後は隠居係のタカハシリツコさんがどうにかしてくれるだろう。店の裏手に戻ったササキ君は、そこで大きな方の門松の解体を始めた。

僕が不在にしているあいだにワタナベさんが下さった電話によれば、一行は奈良漬けと日本酒を手に入れ、お帰りになったという。マカオから来たという彼らは、今夜はらっきょうのたまり漬と奈良漬けで新酒を楽しむに違いない。まさに喜者開扉。記憶に残るのは、そういう旅だけ、である。


朝飯 筑前煮、菠薐草と榎茸のおひたし、納豆、紅白なます、しその実のたまり漬、らっきょうのたまり漬、胡瓜のぬか漬け、メシ、トマトとズッキーニと長葱の味噌汁
昼飯 2種のパン、ホットミルク
晩飯 刺身湯波、筑前煮、マカロニサラダ、切り昆布の炒り煮、らっきょうのたまり漬、キャベツの千切りを添えた豚の「しょうがのたまり漬」焼き、冷蔵庫にあった謎の日本酒(冷や)

2023.1.9(月) 老人だけの家

「去年の11月に大けがをした話、しましたっけ」と先日、年始の挨拶に来た電気工事会社の社長がその顛末について語ってくれた。

11月に日光市の農村部で仕事をしていた際に、脚立から落ちた。脚立は人の背より低かったものの、落ちる途中で最上部の蝶つがいに顔をぶつけ、頬に深い切り傷を負った。落ちた場所には様々な構築物があって、肋骨3本と肩の骨を折った。幸いだったのは周囲に仲間がいたこと。胸の傷が肺に達していることを懸念した仲間は医療用のヘリコプターを呼んだ。それにより運ばれた大病院での手術の結果、今は何の後遺症も残っていないとのことだった。

風呂桶の真上にある換気扇の、フィルターの掃除をする時期が来たことを報せる赤ランプがきのう点灯した。この作業をするときにはいつも、僕は丸みを帯びた風呂桶の縁に立って、天井へ手を延ばしていた。そしてそのたび「いつかは足を踏み外すに違いない」と考えていた。しかし今日は先日の社長の話を思い出して、床に脚立をしっかり立て、その2段目に乗って作業をした。これからはこの方式を採ろうと思う。

呼吸器の不調により処方された薬は現在、5種類。それらは「朝晩2回」とか「毎食前の1日3回」とか「毎食後の1日3回」とか「朝夕食後の1日2回」など、それぞれ服用の時間、回数、個数が異なっている。それらをこなすことは、今の僕にはさして難しくない。しかし頭に霞のただよう齢になれば、これは中々に難儀だ。

先に書いた換気扇のフィルター交換についても同じく「老人だけの家は大変だろうなぁ」と、人ごとながら心配をする。僕も凡人であれば、心配をするだけで、何かを始めるわけでもないけれど。


朝飯 油揚げと菠薐草のおひたし、牛肉と牛蒡のすき焼き風、納豆、ひじきと梅干のふりかけ、広島菜、らっきょうのたまり漬、しその実のたまり漬、メシ、トマトと大根の味噌汁
昼飯 揚げ玉、海苔と鰹のふりかけ、鮭のハラス焼き、しその実のたまり漬のお茶漬け
晩飯 ナッツとドライフルーツのたまり漬「山のにぎわい」、TIO PEPE、スパゲティミートソース、Chablis Billaud Simon 2018、レーズンウィッチ、Old Parr(生)

2023.1.8(日) そういうときに欲するもの

子供のころ、発熱を伴う風邪から復活した朝には、光輝燦然とした爽快さをかならず感じた。大人になってからは、その感覚は失われたものの、ごくうすく感じることは、たまにある。そして今朝も、その懐かしい爽快さをすこしは覚えた。熱は去ったらしい。

三連休の中日にて、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」には、普段よりも多めの納品をする。戻って犬走りの萬両に水を遣っているところにカワムラコーセン先生が来る。正月用の花をできるだけ長く保たせるべく、手入れをしてくれるのだ。そのまま店の前を通り過ぎ、坪庭の、枯れた秋海棠を引き抜く。そこに、事務係のツブクユキさんが僕を呼びにくる。

事務室には、イマムラステンレスのイマムラさんがいた。イマムラさんは休日にもかかわらず朝一番で来て、味噌の充填機の、破断した部品を溶接してくれたのだ。その出来映えを確認し、請求書は早めに出してくれるよう頼む。

熱は下がったものの、昼のあいだは静養をさせてもらう。そして夕刻よりふたたび仕事場に降りる。昨年12月から溜まっていた、電話、ファクシミリ、インターネットによりいただいた注文のデータベース化をすべて完了したと、事務係のカワタユキさんより報告を受ける。

今回はじめて気づいたことだが、体力が十全でないときには体が和食を欲する。そういう次第にて、夜のおかずは油や脂の少ないものにしてもらう。


朝飯 焼き鮭、納豆、煮奴、「なめこのたまり炊」の大根おろし和え、広島菜、らっきょうのたまり漬、しその実のたまり漬、メシ、トマトと長葱の味噌汁
昼飯 トースト、ホットミルク、バナナ
晩飯 蛸のマリネ、油揚げと小松菜のおひたし、鮪の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、蒸し焼売、広島菜、納豆巻き、稲荷寿司、冷蔵庫にあった謎の日本酒(冷や)

2023.1.7(土) 劇的に

闇の中に目を覚ます。咳き込みのまったくないことに、いささか驚く。きのうセキネ耳鼻咽喉科で処方された薬が劇的に効いたのだ。しかしからだはだるい。起きる気力が湧かない。頑張って食堂の棚のひきだしから体温計を取り出し、寝室へ戻る。体温は37.6℃だった。

7時40分に事務室のシャッターを上げる。8時からの朝礼では、社員に発熱のことを伝え、今日の仕事のほとんどは休む旨を伝える。道の駅「日光街道ニコニコ本陣」への配達は、朝一番のみ僕が行い、2回目、3回目のそれについては販売係のササキユータ君に任せることにする。

20代のなかばから10年ほどは、ほぼ2か月に1度の割合で高熱を発し、3、4日は寝込んだ。以降はすっかり元気になり、高い熱に襲われることはほとんどなくなった。「オレも随分と丈夫になったものだ」と感じ続けたここ数十年ではあるものの、きのうの日記に書いた皮膚などは、衰えが続いている。今回の、昨年の12月はじめから続く呼吸器の不調も初めて経験をすることだ。人のからだは日々、変わり続けているに違いない。

ひと眠りをして気づくと14時を過ぎていた。食欲は無かったものの、食後と指定されている薬を服用するため、また栄養を摂取するために摂る。19時の体温は37.7℃。夕食は七草粥。家内の言う様々な風味を、僕はまったく感じられない。もちろん、酒を欲する気持ちはみじんも無い。

昼に眠ったにもかかわらず、夕食後は吸い込まれるようにして、早い時間から眠りに就く。


朝飯 納豆、温泉玉子、牛肉と牛蒡のすき焼き風、ひじきと梅干のふりかけ、広島菜、らっきょうのたまり漬、しその実のたまり漬、メシ、長葱の味噌汁
昼飯 肉まん、広島菜、らっきょうのたまり漬、いちご
晩飯 七草粥、なめこのたまり炊をはじめとするあれこれ

2023.1.6(金) ここ何年も

激しく咳き込んで目を覚ます。時刻は3時10分。就寝は僕としては遅い0時30分だった。たかだか2時間40分の睡眠時間では、それこそ商売にならない。しかしとてもではないけれど、眠れるものでもない。そのまま咳き込み続け、ようよう起きて洗面所の時計を見ると5時を過ぎていた。

昨月の小遣い帳によれば、12月6日、12月17日、12月26日と、3回もセキネ耳鼻咽喉科へ通っていた。最初の症状は、発熱はなく声が枯れるというもの。2回目と3回目のそれは、おなじく発熱はなく、しかし空咳が止まらない症状による。

咳は、薬のあるうちは治まっていた。しかし12月26日に処方された1週間分が切れた1月2日からは、またぶり返した。「病院の正月休みが明けるまでは」と、このような症状に効くとウェブ上で知った麦門冬湯を郊外のドラッグストアで手に入れ、服用を続けたものの、3日半を経ても効き目は現れない。

9時を過ぎたところでホンダフィットに乗り込み、今日が仕事はじめのセキネ耳鼻咽喉科を訪ねる。症状を訴えたところ、今回からは薬を変えることとなった。それは何と、喘息用の吸入薬と錠剤だった。

ほぼ年間を通してアカギレが途切れないなど、皮膚についてはここ何年も衰えが続いている。それが今度は気管支、である。「早く回復して欲しいものだ」と思う。


朝飯 菠薐草のソテーを添えたベーコンエッグ、紅白なます、納豆、広島菜、しその実のたまり漬、メシ、豆腐と焼き葱の味噌汁
昼飯 広島菜、なめこのたまり炊、塩鰹のふりかけ、ひじきと梅干のふりかけのお茶漬け
晩飯 蛸のマリネ、広島菜、鴨鍋、麦焼酎「こいむぎやわらか」(お湯割り)、苺を添えたロールケーキ、Old Parr(生)

2023.1.5(木) 信用

昨12月30日にカワムラコーセン先生が下準備をし、初売りの1月2日朝に仕上げた活花の、はじめはつぼみだった梅が開いた。それに気づいて「東風ふかば、かー」と、腹の中で呟く。実際には、この花は春の風によってではなく、日立製作所製の暖房機の温風で開いたのだ。それでも何となく良い心地がするのは、自分が春を待ち望んでいるからだろう。

「そういえば、隠居の花はいつごろ咲いただろうか」と、この日記を遡ってみる。すると昨年3月5日の日記の題名が「梅一輪」だった。とすれば、あと2か月の辛抱である。そしてその「汁飯香の店 隠居うわさわ」には、今年の初営業日である1月7日からの週末に、今日は立て続けにご予約をいただいた。明日は長男の整えた室礼を確かめに行こう。

夕食後にテレビを観ていると、近畿大学水産研究所の奄美実験場を訪れたさかなクンが、施設長の許可を得た上で、配合飼料のかなり大きな固まりを口へ放り込み、咀嚼し「美味し-」と叫ぶ場面が映し出された。かなり驚いたけれど、僕はこういう人は信用をする。

一方、堀田善衛は「インドで考えたこと」を著しながら、インドのメシは食べなかった。横尾忠則は「インドへ」を書きながら、やはり現地食は口にしなかった。彼らを信用しないわけではないものの「何だかなー」と感じることは確かである。


朝飯 青椒肉絲丼、生玉子、しその実のたまり漬、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、豆腐と長葱の味噌汁
昼飯 トースト、ホットミルク
晩飯 紅白なます、菠薐草の胡麻和え、蛸のマリネ、鮪の刺身、ごぼうのたまり漬、らっきょうのたまり漬、牛丼、冷蔵庫にあった謎の日本酒(冷や)、エクレア、Old Parr(生)

2023.1.4(水) ここ15年ほどは

小口現金の残高が少なくなってきた。クリスマスのころに充分な量を準備したものの、それらのほとんどは12月30日の「日光の美味七選」の仕入れに費やされた。年があらたまってしばらくは、大口の出金は予定されていない。それでも小切手を持ち、銀行へ行き、数週間は保つほどの払い戻しを受ける。

50枚つづりの小切手帳は、昨年の11月に2,200円から11,000円へと、いきなり5倍に値上げをされた。「小切手 成長戦略実行計画」と検索エンジンに入れてみれば、その理由が分かる。上澤梅太郎商店が当座の口座を持つ銀行は複数あるものの、そして小切手帳の残り枚数はいまだ充分にあるものの、今後は無利息型普通預金口座の開設など考えていく必要があるだろう。

10時に社会保険労務士のオカザワセキヤさんが来て、昇給についての話し合いをする。リーマンショック、東日本大震災、新型コロナウイルス、ロシアのウクライナ侵攻と、ここ15年ほどは学者ですら予見できなかったことに次々と襲われている。社会の変化ももちろん急である。あれこれ勘案しながら今年の昇給額を決める。

さて今日の売上金額は、面白いことにきのうより高くなった。曜日や祝日による売上げの高低が、コロナ前とは明らかに異なってきている。いずれにしても成人の日までは、少なくないお客様のご来店を期待している。


朝飯 きのうの昼の弁当から流用したひじきの甘辛煮、鶏の照り焼き、竹輪の天ぷら、納豆、紅白なます、しその実のたまり漬、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、メシ、水菜の味噌汁
昼飯 揚げ玉、ひじきと梅干のふりかけ、しその実のたまり漬、梅干のお茶漬け
晩飯 松前漬け、紅白なます、蛸のマリネ、菠薐草のナムル、らっきょうのたまり漬、焼売、青椒肉絲、麦焼酎「こいむぎやわらか」(お湯割り)、シュークリーム、Old Parr(生)

2023.1.3(火) 年賀状

「年賀状の配達は、いつを希望するか」と問うハガキが以前は郵便局から年末に届いていたような気がする。今年の年賀状は本日の昼にまとめて届いた。それを仕分けしたのは誰だろう。店から事務机に戻ると、会社宛と僕宛の年賀状が、それぞれ輪ゴムで留められていた。

会社宛のそれは、ほぼすべてが印刷屋が作成し、コンピュータか専用機で宛先を印刷しただけのもの。しかし友人、知り合い、同級生から届いたそれには、いくらかの手書きの文字が添えられている。このようなものには、僕はいつか返信を書く。それは多く、旅の空からである。

2016年2月、僕はバンコクで、1通あたり200から300の文字を連ねたハガキ計24通を書いた。そしてその投函を、切手代と共にホテルのフロントに託した。後に調べたところ、それらは日本に届いていなかった。誰かが切手代を懐に入れ、ハガキは捨ててしまったのだろう。以降、タイからのハガキは空港に併設の郵便局から出すことにしている。

さて僕あての年賀状のうち数通には「今年で年賀状は仕舞うことにいたします。以降の不義理はお許しください」というような説明があった。「良いことではないですか」と思う。


朝飯 お雑煮、栗きんとん、黒豆
昼飯 会社支給の「カルフールキッチン」の新春弁当
晩飯 “Finbec Naoto”の生ハムとレタスのサラダ、カレーライス、らっきょうのたまり漬、きゅうりのたまり漬、チーズの盛り合わせ、ハウスワインの白と赤

2023.1.2(月) 初売り

新年ひとりめの出勤は包装係のヤマダカオリさん。そのヤマダさんに「お花の先生が見えてます」と教えられる。社員は事務室の扉からだが、カワムラコーセン先生にはシャッターを上げ、店の入口から入っていただく。

次々と出勤する社員と新年の挨拶を交わす。朝礼でもあらためて、新年の挨拶をする。道の駅「日光街道ニコニコ本陣」に納品に出かけながら、自分が帰る前にことし最初のお客様がいらっしゃったらよろしく頼むと、家内に言い残す。

道の駅からは幸い、開店の8時30分より前に戻れた。間もなく2023年の最初のお客様がご来店になる。毎年、年初ひとり目のお客様には地酒を進呈することにしているのだ。そのお客様はしばらくするとふたたびいらっしゃって「申し訳ないから」と、買い増しをしてくださった。

客足は昼から急に繁くなった。包装係は完成品を冷蔵庫に納めていく。販売係のササキユータ君はそこから何度も店に商品を運ぶ。僕も夕方までに、道の駅には計8回の納品をした。それはたくさん売れたから、というよりも「新鮮な商品を小まめに補充すべし」という当方の主義による。そして本日最後のお客様は、閉店時間を30分まわってからの、掃除中のお買い上げだった。

さて今年の正月のにぎわいは、いつまで続くだろう。三が日でお終いか、あるいは成人の日が区切りとなるか。それから春のお彼岸までは、こと店舗においては静かな日々が続くはずである。


朝飯 お雑煮
昼飯 会社支給の「コスモス」のハンバーグデミグラスソース弁当
晩飯 おせちあれこれ、自製のソースを添えた牛肉のしゃぶしゃぶ

2023.1.1(日) はつ日

目を覚まし、しばし落ち着いてから枕頭のiPhoneに手を延ばす。時刻は4時56分。「一年の計は元旦にあり」という、いささか脅迫めいた言葉を思い出しつつ即、起床して即、服を着る。洗面を済ませて食堂に出ると、食器棚の電波時計は5時を30秒だけ過ぎていた。

部屋の中にいても、外の気温のそれほど低くないことの想像はつく。おとといの日記は、最上部の画像を選ぶばかりになっている。それをそのままにして、きのうの日記を書き上げる。

家内が雑煮のつゆを温め、餅を焼き始める。長男の家族は意外や早く、食堂に来た。長男とその長子のリコとの3人で、先ずは仏壇、1階に降りて神棚、稲荷社、水神、地神の計5個所にお雑煮をお供えする。それからおもむろに、元旦の食事を皆でいただく。時刻は7時30分。

道の駅「日光街道ニコニコ本陣」が開店する30分前に長男と納品をする。福袋は売場ではなく外のテントへ運ぶ。各店の福袋を求めようとする人たちが、既にして20メートルほどの行列を作っている。

10時に皆で家を出て墓参りをする。墓石を拭くためのタオルは、事務室にて水に浸け、絞っておいた。墓地の水道が凍っていることを懸念して、水は念のためペットボトルに用意した。如来寺から追分地蔵尊に寄って初詣。そこから瀧尾神社へまわり、ここでは昇殿の上、祈祷を受ける。

昼食を済ませて後は、道の駅への本日2度目の納品。きのう、通常の3日分の商品を包装係に準備してもらったのは正解だった。

午後は2時間ほども寝室で休む。16時50分から製造現場へ降り、明日の準備を小一時間ほどもかけてする。夕食は家内とふたりだけ。食後は入浴をして早々に就寝する。


朝飯 五点盛り、紅白なます、お雑煮、いちご、黒豆、栗きんとん、2種の水羊羹
昼飯 焼き餅、「なめこのたまり炊」の大根おろし和え
晩飯 「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」による松前漬け、蒲鉾と小判揚げ、紅白なます、蛸のマリネ、黒豆、「長畑庵」の盛り蕎麦、「菊水酒造」の「無冠帝吟醸生」(燗)、麦焼酎「こいむぎやわらか」(お湯割り)

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上澤卓哉

上澤梅太郎商店・上澤卓哉

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