2026.5.21 (木) タイ日記(1日目)
右列最後尾の三席並びには、窓際に白人の男性、そして通路側に僕。真ん中は空いている。羽田からバンコクへ飛ぶ深夜便は、タイ航空のドル箱のはずである。それがこの空き加減とは、やはり、航空運賃の値上がりが響いているのだろうか。
00:04 ブルバックが始まる。イヤホンをして雑音を遠ざけ、マスクをする。しかしアイマスクはいまだしない。
03:05 目を覚ましてはじめて、離陸をする前より眠っていたことに気づく。ちょうど3時間の睡眠。爽快感は無いものの、寝不足による心地の悪さもない。恐るべき、オフクロの遺したデパスとハルシオンの威力。機はいまだ、台湾の東を南下中だった。
03:45 機内が明るくなって、先ずは特別な機内食から先に、客室乗務員が配りはじめる。
「チキンとオムレツと、どちらがよろしいですか」と訊かれてどちらでも構わなかったものの、チキンを頼む。それは昨年のいつだったかも食べた、鶏の照り焼き餡かけ丼、といった風情のものだった。別途、眠っているあいだにテーブルに置かれたらしい、ポテトサラダとクリームを具にした丸パンも平らげる。
04:35 客室乗務員は好まないことかも知れないけれど、自分のお膳は自分で後方のギャレーに片づけ、ラバトリーで歯を磨く。何年か前の、2週間は使い続けられそうな大きなチューブは使い捨ての普通サイズになり、紙コップも供給されなくなっている。まぁ、経費節減、ということなのだろう。
04:50 ダナンの海岸線を横切る。タイ航空機がこの位置に達すると、いつもなぜか「ここまで来ればしめたもの」という嬉しさを感じる。
05:25 「バンコクまで25分」のアナウンスが流れる。
05:43 地上の灯りが見えはじめる。
05:50 車輪の降ろされる音が聞こえる。
05:53 Airbus A350-900(359)を機材とするTG661は、定刻より57分も早いタイ時間03:53にスワンナプーム空港に着陸。以降の時間表記はタイ時間とする。
04:10 機外に出る。
04:18 サテライトターミナルをシャトルトレインが発車。
04:20 シャトルトレインがメインターミナルに着。
04:26 入国審査場を通過。
04:42 回転台から早くもスーツケースが出てくる。その取っ手には”Priority”の札が取り付けられている。マイレージのステータスが、幾分か上がったのだろうか。
04:50 到着階の二階からエアポートレイルリンクの出る地下一階に降りる。あたりのベンチは寝ている人だらけで、座れる場所を得ることに苦労をする。
04:58 「始発は何時ですか」と、”Safety Officer”と書かれたカウンターに座っていたオニーチャンに訊いてみる。オニーチャンはすこし考えて「10ミニッツ」と答えた。考える必要などあるのだろうか。現在の時刻は4時58分であるところから「つまりそれは、5時10分ということですか」と、確かめてみる。オニーチャンは「イエス」と、なかなか愛嬌のある笑顔を僕に向けた。
このようはときのタイ人の答えを僕は信用しない。信用しないにもかかわらずなぜ訊くかといえば「それでも知りたいのが人情ではないですか」と言う以外にはない。
ところがそのようなやりとりをするうちどちらからともなく人が集まってきて、切符売り場へ向かう下りの坂は混雑をし始めた。オニーチャンの言ったことは、本当だったのだ。ちなみにその奧の両替所”SUPER RICH”の今朝の交換率は、10,000円が2,040バーツだった。
05:14 エアポートレイルリンクの車両がスワンナプーム空港を発車。窓外の景色はいまだ、夜、そのものである。
05:36 その車両がマッカサンに着。MRTのペッブリー駅へ向かうスカイウォークの上から、アソークの大通りを眺める。
05:49 MRTの車両がペップリーを発。
05:51 その車両が次の駅スクムヴィットに着。
今回のホテルは予約をしてから分かったことだが、昨年5月のバンコクMGの際に、皆で食事をした料理屋とおなじ道に面していた。よってGoogleマップなど見ないままアソークの大通りを北上し、間もなく辿り着くことができた。フロントには夜のシフトなのか、年配のオジサンがいた。カウンターの内側に枕があるのは、ここに額をあずけて仮眠をしていたのだろう。
レセプションにあるチェクインの時間は15時。だから空いている部屋があれば、1,000バーツくらい払っても構わないから、早く入れてもらいたい気持ちがあった。しかしオジサンは料金のことも時間のことも言わず、僕のチェックインを受け入れてくれた。
しかしてまた、予約時には「高層階の眺めの良い部屋」と頼んでおいたにもかかわらず、オジサンが手渡してくれたのは四階の鍵だった。「まぁ、しょうがねぇ」とエレベータで四階へ上がり、当該の部屋の穴に鍵を差し入れ回すとドアは開かない。
「そうであれば」とロビーに降りて「高層階を希望したんですけど」と言ってみる。オジサンは「上の方の階はみな、小さなベッドがふたつの部屋なんです」と、すこし困惑した顔をする。確かに僕は、高層階と共に大きなベッドも頼んであった。しかし双方を天秤にかければ、やはり高層階を撰びたい。オジサンは四階の鍵を受け取って、代わりに七階の部屋の鍵をくれた。「四階と七階じゃぁ、大した違いでもねぇじゃねぇか」と言われれば、ビルの林立する中心部の安ホテルでは、数階の差が馬鹿にならないのだ。
ちなみに僕の、南の国の都市におけるホテル選びの優先順位は以下の通り。
1,日除けと寝椅子を備えたスイミングプールがあること。
2.高架鉄道BTSまたは地下鉄MRTの駅にちかいこと。
3.高価でないこと。
高価なホテルは居心地が良くても、料金を考えれば良いのは当たり前で、有り難さはあまり感じない。一方、安いホテルは不便を強いられることもあるものの、気楽さも捨てがたいのだ。
さてその1704号室に入ってみれば、セーフティボックスは壊れている、クーラーのスイッチはONの位置を変えられないよう、その上から絆創膏が貼ってあるというポンコツさではあるけど、それをどうにかするのが元バックパッカー、というものである。「教育は不便なるが良し」と喝破したのは羽仁吉一。僕なら「旅は不便なるが良し」と主張したい。
部屋の椅子と机の関係は、コンピュータを使うには椅子が低すぎるから、椅子の上には枕をひとつ置く。部屋の各所にあれこれの持ち物を配置し終えたらコンピュータを開き、きのうの日記を完成させる。そのまま今日の日記も書き始めようとしたところで空腹を覚える。
七階のエレベータの前に立って、下へ向かうボタンを押す。白人の中年男性が、やはりエレベータに乗ろうとしてやって来る。九階から降りてきたエレベータの面積の半分は、掃除のオニーチャンと、シーツやタオルを入れた、ふたつの箱が占めていた。オニーチャンの次の目的階である四階でドアが開くと、白人の中年男は何と、その箱を廊下へ出す手伝いをした。
ドアが閉まると同時に「親切だね」と声をかける。白人は右手の親指をグッと突き上げ笑顔を浮かべながら、二階で降りていった。
ホテルから通りへ出て歩きはじめたところで「あー、気持ちいいなー」と思わず声が出る。僕は、薄着で南の国にいることが、心の底から好きらしい。そのまま行くと、間もなくココナツミルクの香りの満ちる一角に出くわした。最高、である。
アソークの大通りは、スクムヴィット通りとの大きな交差点のちかくこそ騒音と混雑が絶えないものの、数百メートルほども北上すると、ぐっとくだけた雰囲気になる。そのちかくにカオゲーン、つまりぶっかけメシ屋のあることは、今朝、地下鉄の駅からホテルへ歩くまでのあいだに気がついていた。
そのメシ屋の前に立つなり「ぶっかけメシね」とあるじに告げる。主は「ここで」と問う。僕は「うん」と頷く。するとあるじはやおら、プラスティックの皿にメシを盛り始めた。僕は先ずキャベツ炒めを「これ」と言って指す。次は「それと、目玉焼き」と言葉で伝える。最後に鳥の挽き肉いためを指すと「オー、ガパオ」と発しつつ、あるじはそれをうずたかく盛った。価格は60バーツ。そのぶっかけメシは中々に美味く、雰囲気も悪くない。明日の朝食も、ここで摂ることにしよう。
タイでは何かをするたび汗まみれになる。朝食から戻った部屋のシャワーからは、温水は供給されなかった。タオルは大きなバスタオルしか用意されないことを予約サイトのレビューで知っていたから、僕は自前のタオルを持参していた。これは手や顔の水を拭うためのもので、シャワー上がりにはバスタオルを使った。
「こんな安ホテルには、ガウンはあるまい」と、これまだ持参した浴衣を羽織る。そして今日の日記のここまでを書く。時刻はいまだ10時7分。時間はジャブジャブと、使い放題である。
ところで僕には原理原則を重んじるところがあり、タイの料理にはタイの酒を合わせたい。贔屓のラオカーオは”BANGYIKHAN”。これは僕の知る限り、バンコクではゲートウェイエカマイのマックスバリューとピンクラオのパタデパートで手に入れることができる。近いのはゲートウェイエカマイ。そういう次第にて外へ出ることにして、高架鉄道BTSのカードを持参し忘れたことに気づく。
アソークの駅で、そのラビットカードを作ってもらう。カード代は100バーツ。前払い金は500バーツとした。そして東に3駅を移動してエカマイで降り、駅直結のゲートウェイエカマイに入る。
エスカレータを降りてマックスバリューに入り、お酒の棚を見ていくと、しかしそのラオカーオの並んでいるところに”BANGYIKHAN”は無い。よってオネーサンではなく、すこしは商品に詳しそうな、品出し中のオジサンに声をかけ、バンギカーンはあるかと訊く。オジサンは「ここにあるだけですね」と、頼りにならなかった。
いくら”BANGYIKHAN”が好きとはいえ、長駆、ピンクラオまでは行く気はしない。しかしアソークから3駅を移動した労力も無駄にしたくないため、棚から棚へと歩きまわって社員への土産を探す。僕のスーツケースは機内持込サイズで、大きなものは入れられない。タイらしく、しかし嵩張らないものを見つけるのは難しい。ようよう撰んで社員の数だけそれをカゴへ入れ、キャッシュレジスターの長い列に並ぶ。
そうして何気なく右に視線を遣ると、何と、遠いところに”BANGYIKHAN”がまとまって見えるではないか。何が「ここにあるだけですね」だ。しかしまぁ、タイでは珍しいことではない。社員への土産のお金を精算したら、その右の遠いところの棚へ近づき、”BANGYIKHAN”の3本をカゴに入れて、ふたたび長い列に並ぶ。
今度のキャッシュレジスターにはオネーサンではなく、オジサンがいた。「ラオカーオは、このバンギカーンが一番」と1,000バーツ札を手渡しつつ声をかける。オジサンは「ング、ング、ング」と、嬉しそうに笑った。
果たしてこうして、あろうことか買い物の好きでない僕が、タイですべきすべての買い物を、初日の、それも午前のうちに済ませることができた。怪我の功名と言わないわけにはいかない。
ホテルへ戻り、ロビーからエレベータへ向いながら、宿泊客なのだろうか、僕の後に鍵を受け取ったオジサンが「綺麗」と、フロントのオネーサンを褒める声が聞こえた。今の日本であれば微妙な発言ではあるけれど、ここはタイである。オネーサンの、素直に礼を述べる声も聞こえた。そのオジサンが、僕に続いてエレベータに乗る。ドアの閉まったところで「マジ、めちゃくちゃ綺麗ですよね」と真顔で話しかける。オジサンは破顔、次いで爆笑。そして「コップンカッ」と言って、二階で降りていった。
ここまで用事を済ませれば、僕が南の国でもっとも楽しみにしている、プールサイドでの本読みに時間を割くことができる。安ホテルの、ひとけの無いプールサイドの、すがれた雰囲気は嫌いではない。今日は僕としては珍しく、寝椅子に本を開く前に、ひと泳ぎをした。
さて夜は、バンコク在住の同級生コモトリケー君と、食事を共にすることになっている。待ち合わせは、サラデーン駅ちかくのビルの一階に18時。よって15時よりマッサージを受けることとして、馴染みのオバサンにLINEで予約を入れる。
プロンポンのマッサージ屋で受けた施術は、足の角質削りとタイマッサージの2時間のコース。料金は600バーツ。オバサンへのチップは200バーツ。オバサンには「手にも足にもワセリンを塗れ」と言われたものの、僕は手や足を油まみれにしたくないため、それはできない相談である。
サラデーンには約束の30分も前に着いてしまたっため、商業ビルの中のスーパーマーケットを見まわり、またその一階のベンチで休む。
コモトリ君が夕食の場所として予約をしておいてくれた店は、何と行きつけのスナックだった。嬉しかったのは、常連のミャンマー人が持ち込んだ、ミャンマーの漬物によるサラダを食べられたことだ。二次会はおなじくコモトリ君の行きつけの店。コモトリ君は「アソークに帰るなら地下鉄の方が乗り換えなしで便利だろう」と、MRTのカードを貸してくれた。
それからどれほどの時間が経ったかは分からない。気がつくと、僕は見も知らない、大きく、ガランとした、ひとけの無い駅にいた。係に案内されるまま改札口を抜ける。そして駅員というよりは事務員といった服装の男の人に、終電は既にして出てしまったことを知らされる。一体全体、ここはどこなのだろうかと、頭上の駅名”Tha Phra”を画像に残す。
外へ出てiPhoneを取りだし、Googleマップを開く。チャオプラヤ川の西、それもかなりのところまで来ている。東京でたとえれば、日比谷線で六本木から銀座へ行こうとしながら、竹ノ塚まで乗り過ごした感じである。頼みの綱はタクシーだが、駅の下の、大きく複雑な交差点の、どこでそれを捉まえれば良いかさえ分からない。
ごくたまにしか通りかからないタクシーを停めて「アソークまで」と告げて断られること2回。3台目の、すれ違うクルマのヘッドランプにより白髪の無精髭が目立つ運転手は、とりあえず僕を後席に入れてくれた。僕は息せき切って「アソークまで行きたい。ナナの近く。プロンポンの近く」と、たたみかける。
タクシーがタクシン橋を西から東へと渡り始めたときには、心底、安心をした。手持ちの現金は僅々500バーツ。しかし何とか間に合うだろう。タクシーはやがて、スクムヴィット通りを北へ越える。僕はiPhoneにGoogleマップを開いて「真っ直ぐ」と運転手にに告げる。そしてホテルに続く道が近づいたところで「そこを左折」と注文を入れる。
タクシーがホテルの前に停まったときのメーターは143バーツ。タイのタクシーの安さには大感謝、である。運転手には100バーツ札2枚を手渡し「お釣りは要りません」と言葉を添えた。
部屋に戻って歯を磨いたことは覚えている。それ以外については、忘却の彼方、である。
朝飯 TG661の機内食、その前に配られたパン
朝飯 「クワイジャップアソーク」のカオゲーン
晩飯 “One Way”の焼き茄子、ヤムウンセン、ヤムカイダーオ、ミャンマーの茶葉の漬物のサラダ、ラオカーオ”BANGYIKHAN”(ソーダ割り)













