トップへ戻る

MENU

お買い物かご

清閑 PERSONAL DIARY

2026.5.27 (水) タイ日記(7日目)

「その日の金銭の出納は、その日のうちに記帳しなくては気が済まない。だからたとえ夕食の前に税務署の調査が入っても、何も困ることは無い」と言った先輩がいる。僕の場合には、特別な場合を除いては、きのうの日記に決まりを付けない限り、朝食の準備に取りかかる気がしない。今朝もそうしてひと区切りの付いたところで外へ出る。日課のようにして通っているぶっかけメシ屋も、今朝で5回目の訪問になった

プールサイドに上がったのは、きのうより遅い9時すぎ。熱帯の朝日を避けられる寝椅子には先客がいた。よって仕方なく、次に日の当たらない寝椅子にバスタオルを敷く。先客の寝椅子からは、スマートフォンが発しているのか、ラップがうるさく聞こえていた。その音が消えたと思って首を上げると、その、顔つきはインド系ながら、膝から下に派手な刺青があったから、インドに住むインド人ではなかろうと感じていた男はいなくなっていた。即、その寝椅子まで歩き、更にはそれを庇の近くまで引き寄せて、自分の場所を確保する。

このホテルのスイミングプールは、最上階の九階から階段を更に上がったところにある。その階段の手前の安楽椅子では毎日、白人のオジーサンが上半身はだかで本を読んでいる。「うらやましい限り」と羨望すれば「オマエだって、同じじゃねえか」と返されるだろうか。しかし僕は、明日には羽田行きの便に乗らなくてはならない身、である。

川本三郎の「荷風の昭和」の前篇は、ことし3月2日にウドンタニーで読み始めた。その全567ページは3月9日にチェンライで読み終え、即、後篇に移った。その後篇の「あとがき」も含めた全590ページを10時53分に読み終える。その余韻にしばらくひたったら、トートバッグから今度は後藤正治の「拗ね者たらん 本田靖春 人と作品」を取り出す。こちはら日本にいるときから読み始めたもので、予備として持ってきたものだ。プールサイドからは部屋へは、12時13分に降りた。

それにしても、このホテルのある界隈を僕は気に入った。アソークというバンコク随一の商業街にありながら、窓からは緑も覗うことができ、比較的静かなのだ。次のバンコクMGのときにも、このあたりに滞在したい。しかしホテルは替えても良いのではないか。そう考えて外へ出て、いつものsoi19ではなくsoi15に足を踏み入れる。

ホテル前の道がsoi15に突き当たったとろには、開高健なら「ヴィラ」と書きそうな古い邸宅があった。タイには相続税が無い。だから親が亡くなっても、必要に迫られて土地を売る必要は無い。よってバンコクの中心部には、驚くほど緑が残っている。そのsoi15を南に下って目に付いたホテルのロビーに入り「ここも悪くはねぇな」などと考えたりする。

そこを出て更に南下をすれば、四六時中、クルマの動かない渋滞だらけのスクムヴィット通り。左に折れればロビンソン百貨店、そしてきのう両替をしたターミナル21。その建物に今日も入り、二階のスターバックスでマンゴーとパッションフルーツのスムージーを飲む。暑気は、内側から払うのが、もっとも効果的なのだ

ホテルへ戻ったら、本と共にラオカーオを満たしたペットボトルをトートバッグに入れて外へ出る。アソークからプロンポンまでは歩ける距離と、バンコクMGの2日目に知ったものの、疲れることを避けてBTSに乗る。そして行きつけのマッサージ屋の、かかりつけのオバサンに2時間のオイルマッサージを頼む。オバサンには背中の右側と腰を、特に強く押してもらった。

さてそのマッサージ屋のある短い小路soi37を奥まで歩き、顔を左右に振ると、ふたつの屋台が目に入る。右の方は超繁盛店。しかし左の方も捨てがたいことは、今年の3月13日に確認済みだ。その屋台で飲酒喫飯を済ませても、時刻はいまだ17時35分。たかだか35分のあいだに、僕はしたたか酔った。

プロンポンからはスクムヴィット通りを西へ歩き、soi23を北上。日曜日も歩いた短い道を抜ければ、目の前はぶっかけメシ屋ちかくの交差点。ホテルへ戻ったら届いている洗濯物を受け取り、ついでに明日のレイトチェックアウトについて訊く。その追加の料金は17時までなら600バーツ、18時までなら1泊分の値段と言われて、17時と決める。

部屋へ戻ると窓の外には、いまだ昼と変わらない空があった。しかし僕の今日は、ここでは終わらなかった。

聞き慣れない音に目を覚まされ、枕元の受話器を取る。相手が何を言っているのか分からず「取りあえず、ロビーへ降りるわ」と返事をする。パジャマのままロビーへ急行すると、男のフロント係は、僕も洗濯を頼んだクリーニング屋の伝票を僕に見せる。側には僕と同じくらいの年齢の、白人の大きな男の人が立っている。そこでピンと気づいた僕は部屋にとって返し、灯りを点ける。使っていない方のベッドの上には、僕の洗濯物を入れたマックスバリューのピンク色の袋と共に、トップスマーケットの赤い袋もあった。ホテルに戻った際に、フロント係がその双方と手渡し、酔っていた僕は、何の不思議も感じず、それらを受け取ってしまっていたのだ。

僕はその赤い袋を白人男性に手渡しながら、その男性とフロント係に丁重に詫びた。それにしても、明日のレイトチェックアウトについて相談をしながら、いくら同時に差し出されたからといって、それを何の疑問を覚えず受け取ってしまうものだろうか。ラオカーオによる酔い、恐るべし。白人男性の肝要さには、大いに助けられた。枕元のiPhoneは、20時34分を示していた。


朝飯 「クイジャップアソーク」のカオゲーン
晩飯 「アダージョホテル」前の屋台のソムタムテンコームーヤーンラオカーオ”BANGYIKHAN”(ソーダ割り)


美味しいおうちごはんのウェブログ集はこちら。

  

上澤卓哉

上澤梅太郎商店・上澤卓哉

2026

2025

2024

2023

2022

2021

2020

2019

2018

2017

2016

2015

2014

2013

2012

2011

2010

2009

2008

2007

2006

2005

2004

2003

2002

2001

2000