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清閑 PERSONAL DIARY

2023.4.27 (木) タイ日記(10日目)

目覚めたのは1時台だっただろうか。「さすがに早すぎる」とは思った。しかし眠れそうもないため起きて、おとといの日記の修正やらきのうの日記を書きつつ朝を迎える。本日、しなくてはならないことは多分、洗濯屋に洗濯物を受け取りに行くこと、荷作り、それと20時45分までに空港へ行くこと、それのみだ。だったら何をするかと考えても、大したことは思いつかない。

7時にホテルを出て、クイティオ屋を探して1キロほど歩きまわる。街はいまだ暑くなっていない。未知の場所の店はおしなべて開店準備中だ。よってラマ4世通りのあちら側からこちら側に歩道橋を渡り、毎日、何回ともなくその前を通った、鍋の近くに舟の模型を飾った店に入る。ここで僕が犯した過ちは、舟の模型があればクイティアオルアを頼むべきところ、普通のバミーナムを注文してしまったところだ。スープに豚の血を溶かし込んだ「ルア」なら、動画を見る人の興味も一層、募っただろう。

部屋へ戻って即、シャワーを浴びる。歩行で汗をかいたのではない、汁麺を食べたことによる、とんでもない量の汗である。枕元に40バーツのチップを置く。そして部屋の扉には「レイトチェックアウトにより掃除は不要」のメモを貼る

以降は屋上のプールへ上がり、しばし本を読む。そして9時を過ぎたところで部屋へ戻り、Tシャツを着て外へ出る。この外出はできあがっている洗濯物を取りに行くものだったが、ふと思いついて表通りのカオゲーン屋で弁当を作ってもらう。弁当は、昼食の時間を節約するためだ。節約した時間を何に充てるかといえば、それはプールサイドでの本読みである。

16時をまわったところでザックを背負い、スーツケースを曳いて部屋を出る。きのう700バーツを支払った領収書と部屋の鍵をフロントのカウンターに出すと「えっ、レイトチェックアウトでは」と、オネーサンが驚いた顔をする。レイトチェックアウトの刻限は18時でも、それまでいるつもりはない。「問題ありません」と答えて地上への階段を降りる。

ルンピニーからスクムヴィット、このスクムヴィットの発音がなかなか難しい。アソークからはBTSに乗ってプロンポンで降りる。そしてワットポーマッサージにて足の角質取り30分、脚マッサージ60分を受ける。価格は450バーツ。オバチャンへのチップは150バーツ。ちなみにマッサージ屋のあるソイ33には、洒落たマリファナ屋が店を出していた。今やマリファナは、首都の至るところで吸える。一方、電子タバコは禁じらたままで、その理由については知らない。

BTSで隣のトンロー、このトンローの発音も難しくて、券売係にしばしば訊き返される。とにかくトンローへ移動をして、ソイ55の交差点を渡る。スクムビット通りは渋滞はしているものの、まったく動かないわけでもない。18時25分に55ポーチャナーの外の席に着くと、店の中には既にして、結構な数の客がいた。18時30分の開店前でも客を入れて、店内で涼んでもらっているのだろう。従業員の一部はいまだ、外の席でまかないを食べている。

いつものオバチャン、金髪を風変わりに結っている人が、今日も近づいてくる。最初の注文は浅蜊を唐辛子で炒めたホイラーイ。ごはんは必要かと訊かれて、それは断る。そのホイラーイが席に届いてみれば、なるほどそのソースはいかにもタイ米にかけて食べたら美味そうなものだった。

冷房の効いた店内は、またたく間に満席になる。外なら座れるとオネーサンに言われて去る人がいる。「生温かい空気、通りの喧噪、街の匂いなどを感じつつ食べた方が、よほど楽しいじゃんか」と思っても、人の好みはそれぞれである。次の注文はサイパロー。ここの売りものであるオースワンは、月曜日に海のちかくで上出来なものを口にしていたから、今夜は頼まなかった。そして「この外の席で毎晩のように飲み食いをするためだけに、トンローにホテルを予約してもいいな」などと考える。

さて、現在の、ラオカーオに酔った状態で、空港へはどのような方法で移動をするか。2016年10月にサパーンタクシンでタクシーをつかまえたところ、高速道路上で大渋滞に巻き込まれて、空港まで1時間49分を要したことがある。飛行機への乗り遅れを覚悟したこのとき以来、空港までタクシーを利用したことは、家内を同伴した2016年6月の訪タイ時以外は皆無だ。しかしトンローは、サパーンタクシンよりよほど空港寄りにある。高速道路上で大渋滞に閉じ込められたマッカサンより、更に空港寄りにある。

タクシーは、最短距離に見えるスクムヴィット通りではなく、敢えてトンロー通りの北へ向かう車線でつかまえた。僕の姿を認めて停止した黄色と緑のタクシーのドアを、近づいて来たファランのオニーチャンがいち早く開いて何ごとか運転手に言いかける。僕は急ぎ足で駆け寄って「オレ、オレ、オレ」と自分の顔を指す。オニーチャンは紳士的な笑顔で僕に謝り、タクシーから離れた。

「スワンナプーム空港まで」と告げると運転手は素直に頷いた。時刻は19時44分だった。運転手はソイ10で右折し、エカマイの通りを左折した。大きな交差点で小さな渋滞に巻き込まれると、僕を振り向いて何ごとか訊く。「ハイウェイ」と問うと運転手は首を横に振る。タイ語で経路の相談をされても、当方は戸惑うばかりだ。「任せます」と答えると、運転手は進路を右に取った。やがてフワマークで高速道路らしいところに上がる。しかし料金は発生しなかった。

運転手に声をかけられて目を覚ます。いつの間にか空港に着いていた。メーターは253バーツ。「この運転手になら100バーツくらい心付けを払っても良い」と考えていたものの、酔った頭は機敏には動かない。300バーツを手渡し、ドアを開ける。時刻は8時25分。所要時間は41分。これは記録として残しておこう。

20:50 チェックインを完了。海外で通用する「新型コロナウイルス感染症予防接種証明書 “Vaccination Certificate of COVID-19″」は必須。
20:59 「国際線出発」の列に並ぶ
21:09 保安検査場を通過。靴を脱がされるのは面倒だが、サンダルで飛行機に乗る気もしない。
21:20 アルコールで何度か濡らした指紋がようやく認証されて、出国審査場を通過
21:36 D2の搭乗口に達する。

自動販売機の40バーツの水は、硬貨が足りずに買えなかった。僕でも入れるラウンジが途中にあって、そこに寄ればペットボトルの水くらいはもらえるだろう。しかしソファで眠り込んでしまうことが怖いから、敢えて通り過ぎた。

ザックから木綿のセーターとウインドブレーカーを出して着る。財布の中身をタイバーツから日本円に替える。

22:32 搭乗開始
22:42 機体右側最後尾の通路側61Jの席に着く。

しばらくすると、タイ航空のベストを着た作業員3人が乗り込んできて、ちかくの席で何かを始めた。酸素マスクを収納した場所のフタが開いてしまう、という故障らしい。プラスティックは成形が楽で軽いところが長所だが、耐久性には欠ける。多分、留め具の調子が悪いのだろう。当該の個所は、作業員があれこれしても治らない

「マイペンライで飛んじゃえよ」と内心、思う。作業員は遂に仕事を諦めて、応急処置を施した。「非常時には、手でフタを開けてください」とCAが乗客に説明をする。これ以上遅れるよりは、あるいは飛ばないよりはマシだから、乗客はただ、黙って頷く。

気づくと”BOEING787-9″を機材とした”TG682″は既に水平飛行に移って、ベルト着用の表示は消えていた。今朝の目覚めが1時台だったこともあり、眠れそうではあるけれど、また眠れそうにない気もする。


朝飯 名前を知らないボートヌードル屋のバミーナム
昼飯 名前を知らないカオゲーン屋の弁当、オレンジジュース
晩飯 “55 Pochana”のホイラーイサイパローラオカーオ”BANGYIKHAN”(ソーダ割り)


美味しい朝食のウェブログ集は、こちら。

  

上澤卓哉

上澤梅太郎商店・上澤卓哉

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