2017.11.17(金) 青山でいちばん好きな店
子供のころから今に至るまで一貫して、ウチの商品の中で僕のいちばん好きなものは「なめこのたまりだき」である。師走までは保つだろうと考えていたその在庫が、このところの需要の急増により、今月の上旬に払底してしまった。ご迷惑をおかけしたお客様も少なくなく、とても申し訳なく思う。
製造現場では急遽、日程を整え、本日ようやく、そのビン詰めが完了した。フクダナオブミ製造部長によれば、今日の夕刻には蔵出しが可能とのことで、ひと安心をする。なお、この「なめこのたまりだき」のビン詰めは来週も行う。暮から正月にかけての繁忙を睨んでのことだ。
下今市12時35分発の上り特急リバティに乗り、14時38分に表参道に着く。今日の仕事場は高樹町のちかくで、約束の刻限は15時だ。よって、いつもより速く歩いて骨董通りを南下する。
計4名による話し合いは、17時30分に完了した。その全員が、すぐそばの、過去には夏休みが来るたび長男と次男を連れて訪れていた料理屋にあらためて集合し、20時30分まで歓談をする。
朝飯 冬瓜と豚三枚肉の炊き合わせ、胡麻豆腐による冷や奴、トマトのスクランブルドエッグ、納豆、ピーマンの炒りつけ、切り昆布の炒り煮、たまり漬「七種きざみあわせ(だんらん)」、メシ、豆腐とおろぬき大根の葉の味噌汁
昼飯 「美彩たむら」の日替わり弁当
晩飯 ”LAUBURU”のドライシェリー、前菜の盛り合わせ、ポロ葱のグラタン、豚肩ロース肉の炭火焼き、豚の内臓のソーセージ、鴨の脂で焼いた玉子と豚塩漬け肉と2種のピーマンのオーブン焼き、リストから適当に選んだ白ワイン、同赤ワイン、アイスクリーム、マール、コーヒー
2017.11.16(木) 歓待
中部地方で会社を経営する下級生を訪ねると、運転手付きのクルマを出して歓待してくれた。やがて冬の日が西の空に傾き始める。夕食を摂る前に僕がその街を離れることを、下級生は承知している。有名らしい神社の境内で、下級生は運転手を帰した。そして今度はみずからハンドルを握り、僕をモダンな喫茶店へと案内した。
ほとんど無休で仕事をしていることを話すと「休みなんて要りませんよね」と、彼は穏やかな口調で返事をした。僕はなかば同意をしながら「しかし、たまには気楽に旅がしたいぜ」と答えた。仕事がらみではあるだろうけれど、その下級生が頻繁に海外を訪れることを、僕は知っていたからだ。「まぁ、それはそうですね」と、彼はすこし恥ずかしそうに笑った。
姿を見かけたことは1度あったか無いか、言葉を交わしたことは皆無の人の夢をこれほど明瞭に見るのは多分、僕がfacebook上に上げたあれこれに、彼が頻繁に反応をしてくれるせいだろう。オンライン上での付き合いとは、つくづく、不思議なものだ。
朝飯 ピーマンの炒りつけ、納豆、青葱の玉子焼き、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、赤紫蘇の葉と白胡麻のふりかけ、たまり漬「栃木県壬生町産のしょうがです。」、メシ、豆腐と長葱の味噌汁
昼飯 朝のおかずを流用した弁当
晩飯 春雨炒め、蛸と胡瓜の酢の物、モツ煮、麦焼酎「田苑シルバー」(ソーダ割り)
2017.11.15(水) 家から持参すべし
「日本の3分の1の値段なんだから、買わなきゃ損だよ」と、オフクロが海外へ行くたび買い集めたコニャックやアルマニャックを飲みきることが、なかなかできない。
それらの栓を抜こうとすると、数十年を経たコルクはおしなべて、途中で折れる。「であれば」と、ビンの首に残ったコルクにワイン抜きをねじ込み、それを引き上げると、これまたおしなべて、コルクにはワイン抜きの螺旋の太さに穴が開く。
「であれば」と、今度はそのコルクを指で押してビンの中に落とし込む。そして中身を茶こしで漉し、別の瓶に入れ替える。この儀式めいた行いを、僕はこれまでどれほど続けてきただろう。
今年の6月20日、僕は”Old Parr”の1リットル瓶を、楽天の酒屋から1本2,964円で買った。翌日、羽田空港の免税店をのぞく機会があり、すると同じものに4,300円の値が付けられていた。
むかしは免税店へ行きさえすれば、とにかく酒は安く買えた。しかし今は、どうにも不思議なことになっている。その土地でしか手に入らない酒を除いては、旅に臨んでは「酒は家から持参すべし」なのかも知れない。
朝飯 納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、ブロッコリーのソテーを添えたベーコンエッグ、切り昆布の炒り煮、明太子、たまり漬「一口大根」、メシ、豆腐と三つ葉の味噌汁
昼飯 朝のおかずを流用した弁当
晩飯 「コスモス」のトマトとモツァレラチーズのサラダ、カツレツ、ドライマーティニ、グラスの赤ワイン
2017.11.14(火) 十三年
肺炎をこじらせたオヤジが地元の森病院から壬生町の獨協医科大学病院に転院をしたとき、見舞いのため往復するクルマの中ではずっと、グレン・グールドの”Bach,The Goldberg Variations”を聴いていた。それほど長くない入院期間を経てオヤジが亡くなった朝は、ハロルドメイバーントリオの”Kiss of Fire”を聴きつつ家に戻った。
そのオヤジの十三回忌のため、先ずは如来寺のお墓に花と水を供える。そこから家内と本堂への道を歩いていると、長男と嫁、孫の姿が、やはり本堂の入口に見えた。
境内には、夕方から開かれる十夜法要のための柱が建てられている。告別式により不在にしているクワカドシューコー住職に代わり、法要の一切は、息子さんが執り行ってくれた。
法事の後は通常、会食となるところ、繁忙の店を留守にしてはお客様や社員に迷惑をかける。よって即、会社に戻り、黒い背広から仕事着に着替えて即、現場に復帰する。
朝飯 切り昆布の炒り煮、納豆、大根おろしを添えた薩摩揚げの網焼き、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、らっきょうのたまり漬「ピリ太郎」、明太子、メシ、浅蜊と万能葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 トマトとルッコラのサラダ、2種のパン、クリームシチュー、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2017.11.13(月) 虎口
東京での所用にて、ホンダフィットの運転席に収まり、朝7時32分に会社を出る。
日光宇都宮道路、東北道と順調に走って浦和が近づくと「鹿浜橋まで70分」の表示が出る。「70分」なら、今朝、日光から浦和まで来るにあたって費やした時間より長い。「馬鹿くせぇ」と首都高速道路には乗らず、左に逸れて浦和インターチェンジで降りてしまう。時刻は8時45分。このあたりの地理はまったく知らないものの、iPhoneでグーグルマップを見ればどうにかなるだろうと踏んでのことだ。
鹿浜橋はとうに過ぎ、9時34分に扇大橋が見えてくる。ここまで来れば、あとは知った道である。いまだ空の広い舎人から一直線に南下をして西日暮里。そこから不忍通りに入って池之端。秋葉原を通り抜け、神田のガード下を10時10分に通過する。予想した時刻に20分遅れて、日本橋には10時20分に着いた。
都内の数ヶ所で用事を済ませ、湯島を15時33分に出る。来た道を戻り、扇大橋から首都高速道路に上がる。ここを走るのは2005年以来のことではないだろうか。ほとんどすべてのクルマが飛ばしているのは、むかしからのことだ。地を這うスポーツ車なら、いくら飛ばしても危なげはない。しかしここでは4トンの保冷車さえ、恐ろしいほどの速度でコーナーに突進していく。高速道路といえばせいぜい日光宇都宮道路くらいしか走らない僕からすれば、首都高速道路は命の危険を実感するところである。
大きなトラックの後ろについて、つまり前方を見渡せない状態で浦和本線料金所にさしかかる。「ことによると」と顔を左にずらせて先を見ると、目前に迫った入口は果たしてETC専用だった。というか、視界に入るすべての入口はETC専用である。遂に僕は、入口と入口の間に設けられた、赤い衝突衝撃緩衝具にホンダフットの鼻先を付けて停止せざるを得なかった。
両側を、ETCを搭載したクルマや大型トラックが、速度をほとんど落とさないまますり抜けていく。果たして自分はこの危機を脱することができるだろうか。
先ずは、カーステレオからCDを引き抜いて車内の音を消す。そしてリアウィンドウ越しに後ろを振り返ると、数百メートルの彼方までクルマが一台も迫ってこない奇跡の瞬間があった。その機を逃さず数十メートルを後退し、ハンドルを大きく左に切って、いくつものレーンを横切る。そして左端ちかくに設けられた一般用の入口から無事に東北道に乗る。僕はかなり運の良い人間ではないだろうか。
浦和の料金所から東北道の下り車線を周囲の流れに乗って走るとは、時速120キロから130キロを保って、時には140キロちかくまで速度を上げて走ることに他ならない。自分でハンドルを握っての東北道は、これまた多分、2005年以来のことだ。
それでもすこし走るうち、周囲のクルマの速度は徐々に落ちていった。そうして東北道を宇都宮インターチェンジで降り、日光宇都宮道路に乗り換えて、17時26分に帰社する。
朝飯 大根おろし、納豆、明太子、胡瓜の「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」漬け、ごぼうのたまり漬、メシ、お雑煮の汁
昼飯 「天寿ゞ」の特上天丼
晩飯 トマトとほうれん草とモツァレラチーズのサラダ、トースト、煮込みハンバーグステーキ、“GRANDS ECHEZEAUX Vicomte Bernard de Romanet 1985”、柿
2017.11.12(日) 上々の首尾
早朝、食堂のテーブルに着いてコンピュータを開く。石毛直道の、きのうamazonに出品する古書店で146円で買った「リビア砂漠探検記」を検索すると、残りの古書2冊はそれぞれ8,268円と12,600円に値を上げていた。機を見るに敏でない上品な店のお陰で、今や稀少となったこの本を安値で手に入れることができたのだ。子供のころから「グズ」と言われ続けた僕にしては、上々の首尾である。
春日町1丁目の役員には、先般の「屋台まつり」の後始末として、屋台の点検をする旨が回覧板により知らされていた。よって10時前に町内の屋台庫へ行く。しかし日曜日の店舗は忙しく、また長男は消防団員として、出初め式の練習に出ていて不在にしている。そういう次第にて、ウカジシンイチ自治会長と屋台の修理にかかるお金の相談のみをして、店に戻る。
11時からは店内で、たまり漬のおむすびを販売する。お米は日光市塩野室産のコシヒカリだ。それを土鍋で炊いて結んだおむすびは、「伝統家屋でいただく、なんでもない日の食卓」が隠居で催される次の日曜日にはお休みをして、その次の日曜日には、また販売をする予定でいる。
紅葉の最盛期は去りつつあるにもかかわらず、いまだ多くのお客様が、日光に来てくださっている。この繁忙ができるだけ長く続くことを、僕は願っている。
朝飯 ほうれん草のソテー、納豆、トマトのソテーを添えたスクランブルドエッグ、明太子、大根と胡瓜のぬか漬け、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、豆腐と揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 明太子、揚げ玉、大根と胡瓜のぬか漬け、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、ごぼうのたまり漬によるお茶漬け
晩飯 ブルスケッタ、蒸し鶏のサラダ、茸とにんにくのスパゲティ、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”、”Chez Akabane”のアップルパイ、“DUCALE Stravecchia RISERVA 18MESI”(生)
2017.11.11(土) 間髪を入れず
日本経済新聞の「私の履歴書」は、今月のはじめから石毛直道が書いている。11日目の今朝は、初めての著書「食生活を探検する」を出す際のいきさつが綴られている。この本は、ウチの本棚には2冊がある。1冊は僕が買った。もう1冊は、オフクロが亡くなった後で、オフクロの本棚から見つかったものだ。現在、2冊のうちの1冊は、長男の本棚に収まっている。
それはさておき「私の履歴書」の今朝の写真には、その「食生活を探検する」と共に「リビア砂漠探検記」も写っている。こちらについては、僕は浅学にして知らなかった。
「私の履歴書」のなかで、自身の著作について触れる著名人は少なくない。それを目にし、興味を持ち、amazonで検索をすると、価格は既にして高騰していることが多い。殺到する需要を見越して古書店が値をつり上げるのだ。
今回も「どうせ手の出る値段ではないだろう」と、なかば諦めつつ調べると、その1973年版の単行本は、いまだ146円の安値を保っていた。よって間髪を入れず「カートに入れる」ボタンをクリックする。
朝飯 お雑煮
昼飯 焼き餅、焼き海苔、バター、お雑煮の汁、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」
晩飯 トマトとモツァレラチーズのサラダ、トースト、クラムチャウダー、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2017.11.10(金) ごぼうのたまり漬
「いつもより早く現場に入りたい」という社員からの申し出が無い限り、事務室は毎朝、7時20分に開ける。7時30分になると、僕は掃除のための道具を持ち、自転車で道の駅「日光街道ニコニコ本陣」へ行く。そして専用の冷蔵ショーケースを拭き清め、商品の在庫を調べ、会社に戻る。本日の納品分を記したメモを包装係に手渡し、その商品ができれば、それを「日光街道ニコニコ本陣」の冷蔵ショーケースに納める。出張や公の用事や旅行で不在にする以外は、毎日、これを繰り返す。
ウチの商品で、僕が子供のころから一貫してもっとも好きなのは「なめこのたまりだき」である。12月までは保つだろうと考えていたこの在庫が、このところの需要により、今日にも売り切れるところまで減ってしまった。よって「日光街道ニコニコ本陣」の「なめこ」の売り場には、それに替わって「ごぼうのたまり漬」を置くこととし、それを、この商業施設が開店する9時より前に納品する。急なことにて、品札は家内に筆で書いてもらった。
「ごぼうのたまり漬」は先月から蔵出しの始まった新商品ではあるけれど、早くも人気商品になってしまった。「日光街道ニコニコ本陣」のお客様にも、認めていただければ幸いである。
朝飯 切り昆布の炒り煮、大根と胡瓜のぬか漬け、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、明太子、スクランブルドエッグ、しその実のたまり漬、メシ、豆腐と揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 焼き餅、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、バター
晩飯 ほうれん草と秋刀魚のソテー、ピッツァ、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2017.11.9(木) 頑張れば
ボンヤリさせたら日本一の割に、駅などで電車を待つことを好まない。電車を使うときには、駅で切符を買い、跨線橋を上り下りし、既にして到着している電車のデッキに足を踏み入れた瞬間に背後でドアが閉まる、そのような時間を見計らって行動する。今朝は7時35分に家を出て、下今市07:45発の上り特急スペーシアに長男と乗った。
JR駒込駅の、上野にちかい方の小さな改札口を出ると、時刻は9時40分だった。約束の10時には早すぎるため、目と鼻の先のドトールでコーヒーを飲む。
取引先との、ウェブショップその他についての話し合いは、16時に終了の予定だった。しかし存外に長引いて、駒込から西日暮里へ向けて山手線の外回りに乗ったときには、時刻は17時50分になっていた。
頑張れば、北千住18:13発の下り特急スペーシアに間に合う。しかし頑張る気はしない。よって北千住でしばし飲酒活動を行い、19:13発の下り特急スペーシアに乗って、21時前に帰宅する。
朝飯 赤紫蘇の葉と白胡麻のふりかけ、切り昆布の炒り煮、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、生のトマト、刺身湯波、納豆、みょうがのたまり漬、メシ、揚げ湯波と椎茸と万能葱の味噌汁
昼飯 「喜楽」のニラ玉定食
晩飯 「加賀屋北千住店」のあれや、これや、それや。チューハイ
2017.11.8(水) 売る人よりも買った人を信用する
人は、商品を売る人の言うことよりも、その商品を買った人の言うことを、より、あるいは圧倒的に信用する。
ホアヒンに旅した人が、自分の滞在しているホテルは最高とのコメントをfacebookに上げ、それを誰かがシェアしたものを先般、家内が目にして僕に教えた。僕はそれを横から覗いて「ふーん」と返事をし、しかしそのホテルの名をメモすることはしなかった。ホアヒンはシャム湾に面した、タイの王室が離宮を持つ街だ。
昨年の2月、バンコクの中央駅フアランポーンからタイ最南端の駅スンガイコーロクを目指す途中、どこかの駅に停まった。右手には、信じがたいほど美しく整備をされた広大な庭が、夜間照明により浮かび上がっていた。「一体全体、ここはどこだ」と確かめようとするうち車両は動き始めた。寝台車の席を慌てて立ち、連結部分から二等車に急いで外を見ると、これまで写真でしか目にしたことのなかった、しかし一目でそれと分かるホアヒンの駅舎が後ろに去るところだった。
王室が離宮を持つリゾート地、のようなところに僕は興味を持たない。しかし家内には、何やら行きたそうなそぶりも窺える。行くならやはり、バンコクから列車、それも三等車というのが僕の趣味である。
列車での移動は、タイ人にはまったく人気が無い。長距離バスにくらべて乗り心地が悪く、ひどく遅れることが、その理由だ。僕がスンガイコーロクを目指したときには、フアランポーン13:00発の列車は、時刻表によれば16:59にホアヒンに着くはずだった。しかし実際には、ホアヒンには18時を隨分と回ってから着いた。ほんの2、3分の遅れでも車掌が車内放送で詫びを入れる日本からすれば、タイの鉄道は救いがたくだらしない。つまりは”exoticism”である。
タイ国有鉄道南線の下りでホアヒン駅の右手に見えた「信じがたいほど美しく整備をされた広大な庭」は、かつては王室の専用だったロイヤルホアヒンゴルフコースと、後に知った。ゴルフはしない、リゾート地には興味のない僕ではあるけれど、あの列車にふたたび乗れるなら「行ってみようか」という気持ちも起きないではない。
人は、商品を売る人の言うことよりも、その商品を買った人の言うことを、より、あるいは圧倒的に信用する。そして僕は、その商品を買った人の意見よりも、自分の感覚を大切にしたい。ホアヒンのホテルについては早速、調べてみよう。外れを引いても自己責任であれば、どうということもない。
朝飯 納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、蓮根のきんぴら、白菜漬け、巻湯波の淡味炊き、たまり漬「一口大根」、メシ、揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 コロッケパン、コーヒー
晩飯 切り昆布の炒り煮、白菜漬け、大根おろしを添えた厚焼き玉子、蓮根のきんぴら、肉豆腐、鯛の味噌汁、鯛飯、「勝山酒造」の「献・純米吟醸」(冷や)、柿








































