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清閑 PERSONAL DIARY

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2017.5.25(木) 好きなおかず

揚げ茄子におろし生姜を添え、酢と醤油をかけまわす、それが僕のもっとも好きなおかずである。ところがピーマンの肉詰めを目にすると、これこぞ自分のもっとも好きなおかずだと、これまた思う。

自由学園の最高学部では、在学している4年のあいだに1週間は、尾鷲市海山の演習林に入ることになっていた。学部1年でここの山小屋におもむいた僕は、夜の食事当番の際に、そのピーマンの肉詰めをつくった。鍋に満たした油の量が多すぎ、ピーマンと挽き肉の間から油の染み出るそれは失敗作だったけれど、昼に激しい労働をした10代から20代はじめの面々は、不平も漏らさずそれを黙々と平らげた。

ピーマンの肉詰めはフライパンで蒸し焼きにしたものも好きではあるけれど、これがトマトソースで煮込まれていれば、更に好きだ。

夕刻ちかく、何かのついでに台所に立ち寄ると、大きなマッシュルームをザクザクと家内が刻んでいた。そのマッシュルームは、脇の鍋でフツフツと煮立つホワイトソースに投入をされた。ホワイトソースやベシャメールソースは、僕の大好物である。

夕食のおかずはクリームシチューだった。それを夜になってから知って「これこそオレのもっとも好きなおかずだ」と、鍋の中身をいそいそと自分で皿によそう。


朝飯 生のトマト、ほうれん草のソテー、豆腐の卵とじ、納豆、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、豆腐と揚げ湯波と若布と三つ葉の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」のラーメン
晩飯 “TIO PEPE”トマトサラダパンクリームシチュー、”Petit Chablis Billaud Simon 2015″

2017.5.24(水) ナルコユリ

いきなりかかってくる営業の電話が苦手だ。胡散くさいものも多く混じっている。よって手短に受話器を置くことがほとんどだ。しかしたまには例外もある。

きのう受けた営業の電話は、エアコンディショナーのクリーニング業者だった。業務用の冷蔵庫および冷暖房機の室外機はすべて、年に一度の割合で、長く取り引きをしている業者が洗浄をする。しかし室内機については、僕や社員が素人の手の届く範囲でしか綺麗にできない。

「よろしければ見積もりだけでも」という、きのうの電話の相手にそれを承諾する旨の返事をすると、今日の10時すぎには早くもサービスの人が来た。今後のやり取りの方法を訊かれてメールを希望すると、15時41分に見積もりが届いた。

その見積もりの内容を了承して作業の候補日を挙げるよう返信すると、17時27分にこれまたメールで日程一覧が届いた。それに対して当方は、18時09分に支払い条件などを添えた返事を送る。とんとん拍子の契約成立である。

それはさておき今朝は道の駅「日光街道ニコニコ本陣」に検品に行った際に、僕にとっては未知の山菜ナルコユリを農家のアクツさんからいただいた。そのナルコユリによる二品を肴にして、夜は白ワインを飲む。


朝飯 厚揚げ豆腐と小松菜の炊き合わせ、納豆、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、豆腐と白菜キムチと揚げ玉と万能葱の味噌汁
昼飯 「大貫屋」のタンメン
晩飯 “TIO PEPE”ナルコユリとベーコンとレモンのスパゲティズッキーニとナルコユリのフリット、イカのトマトソース煮、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”プリン、”Old Parr”(生)

2017.5.23(火) マサヒデさんの黄色い本を学ぶ会(第1回)

「ウチの畑で採れた」と、おととい包装係のアオキマチコさんが、らっきょうをくれた。らっきょうは綺麗にしたごしらえをされ、薄緑がかった象牙色に輝きを帯びていた。きのうの朝はその青い茎を切り落とし、ボウルの中で塩もみをしながら薄皮を除いた。そしてその塩を除かないまま米酢を振りかけ、プラスティックの容器に入れて冷蔵庫に収めた。塩と酢の量はどちらも「テキトー」である

今朝、そのらっきょうのうちの3粒を器に並べてお膳に添えた。いと美味し。しかし口が臭くなるため、以降はマチコさんが言ったように、夜の酒肴にしようと思う。

閉店に1時間を残して17時すこし前に仲町のコミュニティセンターへ行く。長男は1時間ほども前から、ここで会場の準備をしていた。

間もなく長男を講師として「マサヒデさんの黄色い本を学ぶ会」が街の有志を集めて始まる。そして19時15分までに「1.とりあえず作表したい」から「16.空きページの目次を見たい」までをさらう。このあたりは、稀代の汎用ソフト「マイツール」の構造を学ぶ地道な部分で派手さに欠ける。しかしよく咀嚼をしながら一歩ずつ進めば、行く手にはかならず、明るい景色が開けてくるはずだ。

交流会はラーメンの「ふじや」。「マサヒデさんの黄色い本を学ぶ会」は今後、月に1、2度の頻度で続けられるという。


朝飯 ズッキーニのソテー、納豆、トマトのソテーを添えた目玉焼き、厚揚げ豆腐と小松菜の炊き合わせ、らっきょうの酢漬け、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、揚げ湯波と若布とキャベツとトマトの味噌汁
昼飯 きのう「巴屋」から持ち帰った豚カツによるソースカツ丼、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」
晩飯 「ふじや」の焼き餃子肉野菜炒め鶏の唐揚げ日本酒(燗)

2017.5.22(月) 山見

「今日は欠席ですか」と、当番町仲町の自治会長カネコトモヤスさんから電話が入る。ギョッとして事務机の左に提げたカレンダーを見ると、今日のところに「8時45分、神社」と書いてある。現在時刻は9時19分。「スミマセン、すぐに行きます」と答えて電話を切る。

着の身着のままにタオル1本を首に巻き、自転車で日光街道を遡上する。瀧尾神社の駐車場にはマイクロバスが停まっていた。詫びながらタラップを駆け上がると、10名ほどは既にして車内に着席をしていた。最後にタナカノリフミ宮司が最前席に着いて、バスはすぐに発車をした。

総鎮守瀧尾神社は日光市内の小来川地区と和泉地区にそれぞれ山林を所有している。それを視察するのが「山見」で、責任役員の仕事としては最も楽しいものだ。

ふたつの山林は毎年、交互に視察をされる。今年は小来川の番で、素晴らしい五月晴れの下、バスは屈曲した山道を軽快に走る

鍛冶屋沢に沿った林道を数十分ほども登り詰めると、その林道が二股に分かれる左側を進んで間もなく、行く手を倒木に遮られたところに出る。その先に広がっている社有林につき、当番町や責任役員の面々と共に、宮司より説明を受ける。

下りは足取りも軽く、直会では楽しく語らって、13時30分に帰社する。今日の晴天には、本当に感謝をしたい。


朝飯 生のトマト、納豆、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、目玉焼き、揚げ茄子、厚揚げ豆腐と小松菜の炊き合わせ、塩鮭、メシ、揚げ湯波と若布とらっきょうの味噌汁
昼飯 「巴屋」の宴会膳冷やしなめこ蕎麦
晩飯 「食堂ニジコ」のお通しのポテトサラダ皮蛋豆腐海老春巻き、麦焼酎「二階堂」(お湯割り)

2017.5.21(日) 健康と食事の関係

目を覚ましても、からだが疲れていて、すぐに起きられない。この疲れは家内の父の通夜や葬儀によるものではない。多分、きのうの肉食と酒量によるものと考えつつ起床する。

健啖が健康をつくる。健康ゆえの健啖ということも、またあるだろう。「長生きをしたければ肉は食べるな」というような本が何年か前に売れた。僕のオフクロを見ていた限りでは「長生きをしたければ肉を食べろ」こそが正解のように思われる。あるいは元気だからこそ肉が食べられるのかも知れない。

僕も、肉食と、普段より少しばかり多い酒に疲れるようでは、いけないのだ。

それにしても今朝のメシの、豆腐の量は半端ではなかった。しかし苦しくなる程の量を食べないと、昼まで腹が保たないのだ。案の定、今日も正午になりかかるころには腹が減ってたまらず、昼飯が待ち遠しかった。これが僕の毎日の、午前の腹の状況である。

夜の集まりは、定時に食事が摂れない、という点において腰が重くなる。しかし町内の集まりとなれば仕方が無い。ウィスキーのソーダ割りのみを飲んで、19時前に公民館へと向かう。


朝飯 納豆、揚げ茄子、冷や奴、生のトマト、カキ菜のおひたし、メシ、豆腐と白菜キムチと揚げ玉と万能葱の味噌汁
昼飯 ざるラーメン
晩飯 トマトと水菜のサラダ、豚の冷やししゃぶしゃぶ、素麺、黒糖焼酎「里の曙」(お湯割り)

2017.5.20(土) われに五月を

バンコクの、南国の豊穣そのものの香草、路上の汁麺屋の鍋の湯気、オート三輪の排気ガスの3種の混じり合った匂いが好きだった。「好きだった」と過去形なのは、2009年8月に、およそ27年ぶりにタイを訪れてみると、それらが綺麗さっぱり失せていたからだ。それでも日本からの飛行機を降りてスワンナプーム空港に一歩を踏み入れたときには「あー、確かにタイだ」と、街のそれとは異なるものの、特有の匂いに一瞬、酔いしれた。

その、タイに一歩を記した際に聞いた匂いも、翌年からは特に気づかなくなった。鼻が慣れてしまったのだろうか、寂しいことだ。

日本では、街の匂いに特に敏感になることはない。ただし空気の質感が季節によって異なることには、僕は割と敏感である。

今は半袖のポロシャツに長袖のTシャツを着て生活をしている。その長袖のTシャツに、今日は袖を通さなかった。熱く乾いた空気を肌が欲したのだ。夏の湿熱も好きではあるけれど、5月の空気も大いに悪くない。梅雨はいつ来るのだろう。


朝飯 ほうれん草のソテー、トマトのサラダ、ハムエッグ、納豆、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、豆腐と三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 トマトとサラダ菜のサラダジャガイモのガレット細切り人参のソテーとクレソンを添えたビーフステーキ“Petit Chablis Billaud Simon 2015”“MAZIS CHAMBERTIN Hospices de Beaune 1985”“Old Parr”(ソーダ割り)

2017.5.19(金) まるで5月のような

巻き上げ式の遮光カーテンの、窓の下まで降りきらなかった隙間から朝日が差している。その光の様子から、時刻は5時ころと推し量る。起きてテレビのスイッチを入れる。今日の東京の気温は30℃ちかくまで上がることを、天気予報が伝えている。きのうの雷雨が嘘のような快晴である。

同志社大学ボート部の、義父の棺に納めたオールは、当たり前のことながら、先端部分の金属を除いて跡形もなく消えていた。

骨壺をクルマの後席に載せてシートベルトで固定する。第三京浜道路を時速100キロで西へと向かう。多摩川の景色が、まるでコンピュータで加工した画像のように鮮やかに見える。空はいつまでも晴れている。

東海道線に乗って、今度は東へと戻る。新橋駅の銀座口から外へ出て「まるで5月のような空気だ」と、嬉しくなる。ややあって「いや、今はその5月じゃねぇか」と、あらためて気づく。

8丁目でカウンター活動の後、東武日光線の下り最終で帰宅する。納骨は6月の末になるだろう。


朝飯 「ニューオータニイン」の朝のブッフェ
昼飯 「秀」の弁当
晩飯 「鮨よしき」のあれこれ「仁井田本家」の「夏のおだやか純米吟醸」(冷や)

2017.5.18(木) お通夜

僕のオヤジとオフクロ、家内の父母のうち、唯一この世に生きながらえていた、家内の父が14日の日曜日に亡くなった。即、連絡を入れた葬祭業者には15日の通夜、16日の告別式も可能と伝えられたものの、それではいかにも急すぎる。次に示されたのが、今日からの日程である。

家内と大崎まで来て駅の外へ出ると、にわかに風が強くなり、頭上に雷鳴が轟いた。地を打つ雨の中を、屋根のある連絡通路から30メートルほど走ってホテルに駆け込む。

時間の余裕をもって、桐ヶ谷斎場へとタクシーでおもむく。祭壇は家内の兄嫁により、白と青の花で綺麗に飾られていた。右手には同志社大学、そして後に移った慶應義塾大学で、共にボート部に属した義父に手向けるべく、それぞれの部誌が置かれてあった。そのすぐ手前に立てられたタバコの箱の横に、長男が持ち来た”Old Parr”のボトルを置き、これまたウチの食器棚から選んだグラスに充分に、ボトルの中身を注ぐ。

義父の顔は最晩年のそれよりふっくらとして立派だった。麻布天真寺の住職と副住職による読経は40分にも及んだ。そうして食事も含めれば20時10分に、通夜式を無事に完了する。


朝飯 たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、納豆、水茄子のぬか漬け、鰯の梅煮、ほうれん草のソテー、五目白和え、スクランブルドエッグ、メシ、豆腐と三つ葉の味噌汁
昼飯 「美華園」の五目そば
晩飯 「仁平」から仕出しのちらし鮨、ほかあれこれ、”OLD PARR”(生)

2017.5.17(水) フリーズドライ味噌汁の効用

朝、味噌汁を作ろうとして冷蔵庫を開く。揚げ湯波は今朝の分のみが辛うじて残っていた。豆腐は充分にある。野菜庫にはズッキーニがあった。ズッキーニは好物である。

きのう整えておいただしから煮干しを取り出し捨てる。揚げ湯波を投入して弱火で充分に煮る。豆腐が温まったと思われるところで、だしに味噌を溶く。味噌は日光市塩野室地区で収穫された大豆「里のほほえみ」と、おなじくコシヒカリの麹による「日光味噌梅太郎白味噌」である。ズッキーニは1ミリ以下の厚さに小口切りして最後に加え、ほとんど煮ない。味噌汁は、自分で作ったものがいちばん美味く感じる。

今日は次男の同級生、それから僕の勉強仲間の双方から注文をいただいて、前述の「日光味噌梅太郎白味噌」によるフリーズドライ味噌汁をお送りした。

盆暮れのお贈り物に、いつもウチのフリーズドライ味噌汁をお使いくださっているお客様へのギフトのご案内は、おととしからは僕ではなく長男が書いている。いまだ5月とはいえ、自分の感覚からすれば、夏は間近に近づいているのだ。


朝飯 五目白和え、納豆、鰯の梅煮、筍と蕗の炊き合わせ、水茄子のぬか漬け、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、揚げ湯波と豆腐とズッキーニの味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 冷やしトマト肉団子鍋「町田酒造」の黒糖焼酎「里の曙」(お湯割り)

2017.5.16(火) じみち

山手線を先ずは駒込で降りて朝食を摂る。ふたたび山手線に乗り、次の巣鴨で降りる。「なぜそんな面倒なことをするのか」と問われれば、駒込にある24時間営業の、朝から地元のオヤヂたちがチューハイを飲んでいる食堂が好きだからだ。

巣鴨での用事は昼前に完了した。今日はできるだけ早く帰りたい。西日暮里を経由して北千住まで来ると、時刻は12時20分だった。即、12:41発の特急券を買う。

「ボンヤリさせたら日本一」と自分では思っている。しかしバス、鉄道、船、飛行機など公共交通機関を使うときには、定められた出発時間の直前まで何かしていないと気が済まない。何もせず手持ち無沙汰にしてることは苦手である。今日も12時36分まではプラットフォーム直下の本屋にいて、めぼしい本を探していた。

夜はきのうに引き続き牛肉を摂取して、早々に就寝する。


朝飯 「じみち」のベーコン目玉焼き定食
昼飯 「小諸蕎麦」の盛り蕎麦
晩飯 サラダの盛り合わせパン茹でたブロッコリーと焼いたジャガイモを添えたビーフシチュー“MAZIS CHAMBERTIN Hospices de Beaune 1985”

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上澤卓哉

上澤梅太郎商店・上澤卓哉

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