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清閑 PERSONAL DIARY

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2017.6.4(日) 惜しいことをした

4時台に目を覚まし、起きて仏壇に花と水とお茶と線香を上げる。それを済ませて食堂の丸テーブルにコンピュータを開くと時刻は5時。東の空には筋状の雲が水平に重なっている。悪くない景色だ。しかしその青や白やオレンジ色はすっかり薄くなっている。空は夜の開ける前こそ美しい。「惜しいことをしたな」と思う。

このところ晴天が続いて有り難い限りだ。今朝も良い天気ではあるけれど、なぜか寒い。そういえば早朝の天気予報は、きのうから今日にかけての気圧配置を西高東低と伝えていた。天気図のみを見れば、まるで冬である。

以前は「二宮デー」、今は「全市クリーン大作戦」と呼ばれる清掃作業のため、朝食後はすぐに席を立つ。定刻の7時、公民館の前ではウカジシンイチ自治会長と役員のクロスカオルさんが軍手とビニール袋を配っていた。

日光街道の杉並木に隣接する町内は、クルマを運転する人がその並木に投げ捨てる空き缶やペットボトルの始末に苦労をしている。しかし我が春日町1丁目には、ゴミは殆ど見あたらない。僕も路傍の草を少しばかり引き抜いたのみにて、本日の奉仕を完了させる。


朝飯 すぐき、納豆、生のトマト、飛竜頭の淡味炊き、ほうれん草のソテー、塩鮭、メシ、蕪の葉と揚げ玉の味噌汁
昼飯 「ふじや」の冷やし味噌ラーメン
晩飯 「コスモス」のトマトとモツァレラチーズのサラダカツレツ、ジンのソーダ割り、ドライマーティニ、”TIO PEPE”

2017.6.3(土) 絵を見に行く

目を覚まして枕の下から”iPhone”を取り出し見ると、時刻は01時53分だった。すぐに起きることはせず、闇の中で静かに休む。ようよう寝台から降りて洗面所へ行く。時刻は02時54分になっていた。ずらした遮光カーテンの隙間から、東の空に金星の皓々と光る様子が見える。眠気はまったく感じない。潮時と感じて起床する。

寝室の、北側のドアから廊下に出ると、右手北東に面した窓の外は既にして薄明るかった。思わず近づき、様々な青による雲の層のあいだが薄くオレンジ色に染まりゆく様子をしばし眺める。

秋山俊也という画家の絵が何年も前から気になっていた。そうしたところ、日光で個展の開かれていることを一昨日の下野新聞で知った。この機会を逃すわけにはいかない。仕事に一区切りのついたところでホンダフィットに乗り、日光の旧市街を目指す。

先ずは本日出勤している社員のための饅頭15個を「湯沢屋」で買う。そのついでに、展覧会の開かれている隣のカフェ「花山椒」の駐車場を、女店員に教えていただく。駐車場は裏通りにすぐに見つかった。

「花山椒」の女主人に案内をされて、1階から2階のギャラリーへと進む。何点もの作品に、10センチほどまで近づいてまじまじと見る。この人の、暖色系か、あるいは赤と緑を使った100号ほどの作品があって、それを僕が気に入れば買いたい。しかしいわゆる職業画家ではなさそうなので、それはちと無理だろう。記名帳に署名をし、サイン入りの画帳を買って、午前のうちに帰社する。


朝飯 揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、筍と蕗の炊き合わせ、トマトとブロッコリーのサラダ、目玉焼き、煮昆布、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」を薬味にした納豆、メシ、豆腐と万能葱の味噌汁
昼飯 ざるラーメン
晩飯 鯛のかぶと煮、茄子の日光味噌「ひしお」炒め、たまり漬「刻みザクザクしょうが」を使った豚の生姜焼き、黒糖焼酎「里の曙」(お湯割り)

2017.6.2(金) 案の定

雨の音が急に高くなる。時刻は3時26分だった。そのうち雨は更に勢いを増し、豪雨と言っても決して大げさではないほどになった。窓のそばまで見に行くことはしなかったけれど、空からは多分、大量の水柱が垂直に、豪勢に、地面を目指して落下しているのだ。遠雷が徐々に近づき、やがて頭上にとどろき始める。パトロールカーが2度、サイレンを鳴らしつつ去って行く。それらの音を聞きながら「この時間に強い雨が降れば、多分、朝は台風一過のように晴れ上がはずだ」と、素人予測をする。

起床して花と水とお茶と線香を仏壇に上げる。食堂で落ち着いていると、外で鳥が啼き始める。時刻は4時20分。雨は早くも上がるようだ。

おとといの日記に画像をはめ込みサーバに転送する。おとといのそれより早くに書き始めていたきのうの日記を完成させる。そして今日の日記のここまでを書く。それでも時刻はいまだ5時。早起きの醍醐味である。

案の定、朝食を済ませるころには、空は青く、山の緑は目に眩しいほどになった。「萬緑」は英語では”full of green”というらしい。


朝飯 たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、塩鮭、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、鰯の梅煮、筍と蕗の炊き合わせ、納豆、水菜酢漬け、メシ、豆腐と揚げ湯波とほうれん草の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 鯛のイタリア風刺身パン茹でたブロッコリーを添えた鶏のソテーホワイトソースがけチーズ“TIO PEPE”

2017.6.1(木) 赤バスに乗って

バンコクと、その東方チャセンサオのあいだに大きな森がある。この森の中に、これまた大きな農場がある。その農場で労働をすべく、自由学園男子部35回生の面々は先ず、バンコクに1泊をする。僕もその集団に加わるべく、夕刻、スワンナプーム空港に着く。

エアポートレイルリンクと高架鉄道を使って市の中心に出る。そしてスクンビット通りの広い交差点を南から北へ渡ろうとして、その右手前角のオープンデッキのレストランで、同級生十数名が夕食を摂っている姿を発見する。僕は喜び勇み、ホテルへのチェックインは後回しにして、その開放的なテーブルに着く。

夜が更け、同級生たちは三々五々、各々のホテルに散ったらしい。僕は酔いを覚まそうとして歩道に降り、スポンジ製の水中花を売る露店をひやかしながら、ふと嫌な予感にかられる。席に戻ると案の定、スーツケースとトートバッグが荒らされていた。

取り急ぎ調べた限りでは、現金、クレジットカード、ホテルの予約表、eチケットの控え、そして”iPhone”が失われていた。パスポートとコンピュータが盗まれなかったのは幸いとしても、厄介なことになった。

同級生のうちひとり残ったコモトリケー君は、この問題に対処をするため、席を立ってどこかに消えた。客の徐々に少なくなる店で待つうち、どうにも退屈になって、ふたたび歩道に降り、ひとときの暇つぶしのため、来たバスに乗る。

次の停留所で降りて逆向きのバスで戻ろうと考えつつ乗ったバスは、しかしすぐには停まらず繁華な枝道へと折れた。その突き当たりは丁字路で、正面にはジーンズを売る店が見える。バスは信号で停まることはせず、その店へと真っ直ぐに鼻先を突き入れる。バスは不思議なことに建物はおろか什器なども壊すこともなく更に奥へと進んでいく。「そんな馬鹿なことがあるものか」と感じたところで目が覚める。

徐々にはっきりしてきた頭で先ほどの夢を反芻する。そういえば僕は、旅先に持参するクレジットカードの番号を、どこにも控えていない。それを失ったときの連絡先も記録していない。「これは早速、手帳に書き留める必要があるな」と考える。「iPhoneを探す」の使い方についてもしかり、である。

妙な夢も、たまには役に立つものである。


朝飯 煮昆布、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、鰯の梅煮、水茄子漬け、五目白和え、納豆、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、揚げ湯波とズッキーニの味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」のエビ春雨丼
晩飯 うずら豆、若布とエノキダケの酢の物、ほうれん草の胡麻和え、銀鱈の西京焼き、黒糖焼酎「里の曙」(お湯割り)

2017.5.31(水) 空間

素人の家を訪ね、その家を建てる際のいきさつや意図、また現在の住み心地や管理の方法について聴く連載が、むかしどこかの週刊誌にあった。その週刊誌をウチは定期購読していたから、毎週、あちらこちらの家を見ることができた。僕が驚き感心をしたのは、どの家も綺麗に整っていることだった。そして毎回「このような家が本当に存在するのだろうか」と不思議に感じていた。

箪笥を中身ごと幾竿も捨ててしまうような、いわゆる断捨離を2013年の秋に決行した。そしてリフォームを加えてみると、僕の住み家は一変した。モノの無い、あるいはモノの少ない環境は、まさに天国である。一旦モノを減らすと、これ以上はモノを増やしたくない、元の環境には決して戻りたくない気持ちが持続して、簡素な身のまわりをいつまでも維持できるのだ。

食堂の、冷蔵庫と天井のあいだに幅80センチ、奥行き60センチ、高さ60センチほどの空間がある。オフクロならここに吊り戸棚を作らせ、その中を必要の無い、だから決して使われることのないあれこれで満たしただろう。オフクロの趣味は「空間の殲滅」にあった。しかし僕にとっては空間こそ安らぎ、である。

「このような家が本当に存在するのだろうか」と不思議に感じていた室内が、ウチにも実現して本当に嬉しい。「金は稼いで使わないのが一番」と言った人がいる。その意見には首肯できないけれど「モノは捨てて増やさないのが一番」とは心の底から思う。


朝飯 あれこれのたまり漬によるおむすび、煮昆布、揚げ湯波とサンチュの味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 エリンギの網焼き、生のトマト、ポテトサラダ、茹でたグリーンピースを添えた豚の生姜焼き宝焼酎25度(ソーダ割り)

2017.5.30(火) 熱く乾いた

雨を伴う肌寒い日々が続いていた。しかしきのうあたりからはまた、僕ごのみの、熱く乾いた空気が戻ってきた。空を切り裂き急旋回するツバメの勢いも、こころなし強そうに見える。シャツ1枚で過ごせる季節の、できるだけ長く続くことを祈るばかりだ。

午後に料理の本を読むうち、自分も何か作りたくなる。事務室から4階の台所へ上がり、先ずは窓を開けて風を通す。冷蔵庫からレモン水を取り出し、これを喫して暑気を払う。おなじく冷蔵庫に保管しておいた、十三浜産の塩蔵昆布を念入りに水で洗う。そしてそれを流水にさらす。

事務室に戻って仕事をするうちタイマーが鳴る。昆布から塩を抜きすぎないための、時間の管理である。ふたたび台所へ上がり、分厚く容積を増した昆布を短冊に切る。

昆布は煮干しのだしで炊いた。これは明日からの、朝のおかずまたは夜の肴にする予定ではあるけれど、酒と塩と三温糖による、ごく薄い味付けだから、ほぼ、食感を愉しむだけのものになるだろう。


朝飯 たぐり湯波の淡味炊き、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、スペイン風目玉焼き、納豆、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、豆腐と三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 肉団鍋、塩らっきょう、宝焼酎25度(ソーダ割り)桃の杏仁豆腐

2017.5.29(月) すこしはまともな恰好

〇の中に「み」の字と「10:45」という数字を記したポストイットが、事務机左のカレンダーに貼ってある。栃木県味噌工業協同組合の、第66回総会への出席を忘れるな、という印である。

この集まりに行くといつも、すべての組合員は、いわゆる「ワイシャツ」とジャケットを着用している。それに対して僕は常に、ポロシャツやTシャツなど仕事着のままだ。会場に入ると当然、そのことに気づかされるけれど、過ぎればすっかり忘れている。

しかし今回は、珍しくそのことを覚えていた。よって麻の白いシャツを着て、ズボンとジャケットはきのうの「当番町を考える会」に出たときとおなじものを身につける。そうして10時すこし前にホンダフィットのハンドルを握り、宇都宮を目指す。

護国神社そばの「とちぎアグリプラザ」3階に指定された会場には、定刻の25分前に着いた。驚くべきことに、僕以外の組合員はすべて、既にして席に着いていた。総会は定刻を待つことなく即、始められた。午後は予想より30分はやく帰社して仕事に復帰する。


朝飯 たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」のおむすび、焼き海苔、メシ、豆腐と白菜キムチと揚げ玉と三つ葉の味噌汁
昼飯 「新三」の弁当
晩飯 肉じゃが、胡瓜のたまり浅漬け、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、トマトサラダ、たぐり湯波の淡味炊き、刺身湯波たまり漬「刻みザクザクしょうが」と同「鬼おろしにんにく」を薬味にした鰹のたたき牛肉のたまり漬のオーブン焼きいちご、「仙禽酒造」の「かぶとむし無濾過生原酒」(冷や)

2017.5.28(日) 総鎮守の祭礼について考える

平町の自治会長キタムラヒロシさんを議長とする「当番町を考える会」が、今日は14時より瀧尾神社で開かれる。先日の「山見」のように、当番町仲町の自治会長カネコトモヤスさんから「今日は欠席でしたっけ」などと電話をもらうような失念を重ねることはできない。よって事務机左側のカレンダーはもとより、事務机の上に置いた計算機にも「13:45 神社」と書いたポストイットをきのうから貼っておいた。

責任役員は「当番町を考える会」には、すこしはまともな恰好をして行った方が良さそうだ。そう考えて、白いシャツにネクタイを締め、紺色のズボンにおなじく紺色のジャケットを着て神社へとおもむく。

2011年を最後に途絶えていた「当番町を考える会」は、6年間の空白を埋めるべく、いくつかの基本的なことが決められ、次回への展望を大きく開くことができた。キタムラ平町自治会長および参集してくださった各町の自治会長には、厚く御礼を申し上げたい。

19時からは町内にて、来る7月に催行される八坂祭に向けての話し合いがある。いつもの時間に飲酒喫飯の始められない点において、夜の集まりは苦手である。しかし町内の用事であれば、そうも言ってはいられない。終業後は取り急ぎ4階に上がり、台所にて自分の肴を取りそろえる。そして家族の夕食よりも先に、その、大衆酒場風の肴にて焼酎のソーダ割りを飲む。

町内公民館から帰って後は、家内におむすびを作ってもらい、これを口へと運びつつ焼酎の、今度はお湯割りを飲む。


朝飯 揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、納豆、夏野菜のソテーバルサミコ酢がけ、温泉玉子、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、豆腐と三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 冷やしトマト、モツ煮豆腐、塩らっきょう、芋焼酎「茜霧島」(ソーダ割り)、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」のおむすび、黒糖焼酎「里の曙」(お湯割り)

2017.5.27(土) ゴミの問題

春日町1丁目役員の半分ほどが加わっている”LINE”のグループには、ときおり発言が頻発する。そのたび”iPhone”が音を発しては困ることもあるので、着信音は鳴らないように設定している。

13時53分、ウカジシンイチ自治会長から電話が入る。「来年度から日光市で始まるゴミの有料化について、市役所の職員が住民に説明をする、その説明会の開かれる公民館に今すぐ来られないか」というのが、その電話の内容だった。

おおかたの人は週末が休みだから、諸々の行事は、その週末に行われることが多い。ところがウチは土曜日は平日の2倍、忙しい。日曜日は3倍、忙しい。よって今日の説明会にも参加をする意思は持っていなかった。しかし自治会長からの頼みとあれば、無碍にもできない。

電話を切ってから、”LINE”にも着信のあったことに気づく。開いてみると町内役員のグループに「公民館に誰もいず。これでは市役所の担当者が気の毒」という書き込みが、役員のひとりイケダツトムさんから13時51分に上げられていた。説明会が開かれるのは14時からだ。即、外へ出て日光街道を早足で遡上する。

公民館に敷かれた座布団は、しかしその4分の3ほどは埋まっていた。多分ほとんどの人たちは、早すぎず遅すぎず、定時の5分ほど前に集まったのだろう。そうして3名で公民館に来てくれた市職員の説明を、ビデオも含めて1時間ほども聴く。

結論からいえば、今日の説明会には来て良かった。ゴミの問題について、またゴミを個人で処理する場合の方法などにつき詳しく聴くことができた。日光市の家庭ゴミの排出量は、人口ひとりあたりの重量換算では、8年連続で、栃木県内の市町村ではもっとも多いのだという。


朝飯 ほうれん草の厚焼き玉子、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、塩鮭、生のトマト、納豆、メシ、野菜の天ぷらと三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 枝豆、蛸と胡瓜と若布の酢の物、モロッコインゲンの胡麻和え、塩らっきょう、たまり漬「夏太郎(改)」、牛蒡のたまり漬(試作品)、「日光味噌」のたまりによるすき焼き、「越銘醸」の「越の鶴壱醸無濾過生酒純米酒」(冷や)、最中

2017.5.26(金) 心理的に歩ける距離

歩くことを厭わない人たちが暮らす場所へ行くと、しばらくするうち自分も慣れて、普段なら気の進まない距離でも、心理に何の痛痒も感じないまま歩くことができる。1980年、1982年に引き続いて訪ねた1991年のカトマンドゥでも、着いて何日かすると、ホテルから片道4キロの知人宅へも、夜、平気で歩いて出かけられるようになった。

今日は日本酒に特化した飲み会「本酒会」が、大谷向町の「玄蕎麦河童」で開かれる。地元の人にしか実感はできないだろうけれど、普段なら決して歩かない距離である。行きはクルマで帰りは代行車、あるいは往復ともタクシー、という手はある。しかし今月の小遣い帳は、既にして赤字を示している。

そういう次第にて18時55分に、傘を差して霧雨の中へと出ていく。春日町の交差点から会津西街道の坂を下り、東武日光線のガードをくぐると、それまで平らだった道はまたゆるい下りになって、今度はゆるい上りになる。このあたりの高低差は、クルマに乗っているときには気づかないほどのものだ。

大谷川に架かる数百メートルの橋の上は、冬はひどく寒い。しかし今は、その風が却って心地よい。この橋を渡りきり、左手に小学校や大型のスーパーマーケット、また警察署を過ぎてようやく、セブンイレブンのある交差点が見えてくる。

「玄蕎麦河童」の駐車場の砂利を踏みつつ信玄袋から”iPhone”を取り出し、家を出るときに設定したストップウォッチを見ると15分43秒が経っていた。僕の歩行速度は、一般にくらべてかなり高い。

21時を過ぎて、ふたたび傘を差して来た道を戻る。酔っていることと、往路とは逆に上りの距離の長いことが関係しているのだろう、要した時間は17分05秒だった。


朝飯 納豆、ハムとほうれん草と玉子のソテー、生のトマト、冷や奴、茄子と赤ピーマンの炒りつけ、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」、メシ、揚げ湯波とズッキーニの味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「玄蕎麦河童」の酒肴盛り合わせ鴨の燻製とほうれん草のサラダ空豆の炙り焼き天ぷらの盛り合わせ鴨汁蕎麦、4種の日本酒(冷や)

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上澤卓哉

上澤梅太郎商店・上澤卓哉

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