2017.1.15(日) 狭山湖の朝
いま自分がいるところは家ではないのだ、ということに気づくまでに数秒を要した。枕の下のiPhoneを取り出し見ると、時刻は5時1分だった。およそ8時間ちかくも眠り続けたことになる。
6時に風呂へ行くと、ほとんど同時にノリマツヒサト君も来た。「オマエ、眠れた?」と訊かれて「8時間ちかく眠ったよ」と返すと「オレ、多分、1時間も眠れてないよ」と言う。午前1時に二次会を終えて後はニシタニサダアキ君と2時30分まで話し続け、以降は誰かのいびきにより目が冴えてしまったのだという。僕の8時間が異常なら、ノリマツ君の1時間も異常である。
部屋へ戻り、先ずは分厚いカーテンを開く。次に紗の遮光カーテンを巻き上げる。窓の外には、夜明けの狭山湖が広がっていた。
いまだ店の開いている時間に会社に戻る。夜はゆっくり食事を摂り、きのうとおなじ21時に就寝する。
朝飯 「掬水亭」の朝のお膳
昼飯 「ドトール」のジャーマンドック、ブレンドコーヒー
晩飯 トマトとルッコラとマカロニのサラダ、生ハムのムース、パン、焼きソーセージ、ベーコンエッグ、“Qué bonito cacareaba2013”、いちご
2017.1.14(土) 還暦祝い
自由学園男子部に在学をした者は、卒業の有無にかかわらず、卒業生の集まり「同学会」に入ることができる。その「同学会」の新年総会の席において、本日は我々35回生の還暦祝いがある。会場の女子部講堂には、13時30分に入った。
タカハシカズヤ学園長による礼拝から始まった総会は粛々と進行し、いよいよ司会に呼ばれて、35回生のうち都合のついた24名が壇上に並ぶ。記念品は赤い制帽とマフラー。これが僕は欲しくて、この十数年は毎年、待ち焦がれていた。帽子のサイズはいままで58センチに限られていた。ところが今年の本部委員は個人の希望に応ずるとのことにて、僕は経年によるウールの縮みを計算し、大きめの60センチを頼んでおいた。
予期しなかったことだけれど、この記念品を35回生を代表して受け取る者として、司会は僕を指名した。そうして今年度の同学会本部委員長ナカムラヒデトシ君より、念願の記念品を受け取る。
お祝いの言葉は伝統的に、ひとつ下のクラスの者が述べる。今年の挨拶は36回生のキムラカツヒコ君だった。返礼の挨拶はアリカワケンタロー君が務めることになっていた。しかしアリカワ君はこのところ公私ともに忙しく、幹事のノリマツヒサト君から僕は、その代役を求められた経緯があった。
ただでさえ仕事の多い幹事を煩わせたくなかった僕は、その役をふたつ返事で引き受けた。そしてその任務は無事に完了した。
今回の会計係でもある僕は、女子部講堂前での記念撮影もそこそこに、旧東天寮、現しののめ茶寮での懇親会には出ず、ヤマシタアキヒコ君の運転するクルマにナカムラタカヤス君と同乗し、狭山湖畔にある今夜の宿「掬水亭」に入った。
やがて皆も到着をして、19時より宴会がはじまる。ニューヨーク在住のモリナガイチロー君は、東京出張の時宜を得てここに来ることができた。ダラス在住のウィルソン・アキラ君はこの機会に一時帰省し、日本に住む父上のジェームズさんも駆けつけてくれた。昼と夜の盛会は、病を得て亡くなった、ハセガワヒデオ、クロダヒロユキ、ツダヒロシ、サカイマサキの4君が我々にもたらしてくれた団結のお陰である。
そうして僕はといえば、極端な早寝早起きにて二次会には出ず、21時にひとり就寝する。
朝飯 「小諸そば」のたぬき蕎麦、ライス
昼飯 「ポポラマーマ」の牡蠣のアラビアータスパゲティ、グラスの白ワイン
晩飯 「掬水亭」のあれや、これや、それや。紹興酒
2017.1.13(金) その後も居残って
素肌に白いシャツを着て、紺色のパンツを穿く。30年以上は使い続けているだろう、赤と緑による跳ね馬の柄のネクタイを締める。紺色のジャケットを着る。その上に紺色のコートを重ねる。パンツもジャケットもコートも紺色ではあるけれど、それらはすべて異なる紺色だから、見た目にはチグハグかも知れない。
下今市16:35発の上り特急スペーシアに長男と乗る。その108分後に駒込に着く。
日本にいるときには、たとえば今日の列車のように、すべてが齟齬なく運ぶことを当たり前と考え、それにすこしでも乱れが生じると、何となく面白くない。しかし南の国では、自分があれこれに求める水準が低くなる。時刻表では10時間で着く街まで12時間を要しても、何とも思わない。気分が落ち着くのは、南の国にいるときである。
「禅とは山を降りること」と語った禅僧がいた。その意味するところは分からない。
7名による会食に楽しく参加をする。最後の皿が片付けられて、長男は21時に去った。僕はその後も居残って、イタリアの強い酒を生で飲む。
朝飯 すぐきを薬味にした納豆、飛竜頭の淡味炊き、人参のサラダ、鰯の梅煮、カブと胡瓜のぬか漬け、メシ、揚げ湯波と胡瓜の味噌汁
昼飯 「味彩たむら」の3種のおむすび、万能葱の味噌汁
晩飯 “La Padella”のあれや、これや、それや、他あれこれ。店主に選んでもらった白ワイン、店主に選んでもらった赤ワイン、店主に選んでもらったグラッパ
2017.1.12(木) 水神祭
このところ真夜中の2時台に目の覚めることが続いている。前夜は20時台、21時台に就寝をしているのだから、まぁ、当然といえば当然である。
きのうだか今日から日の出の時間が徐々に早くなると、テレビの天気予報が伝えていた。冬至の翌日からそうならないことが不思議である。このあたりについて天文に詳しい人に訊くと、専門の知識を駆使して嬉々として教えてくれる。しかし悲しいかな当方は専門家ではないから、詳しく説明をされればされるほど、余計に分からなくなるのだ。
8時50分に総鎮守瀧尾神社のタナカノリフミ宮司が来る。そして製造現場の水神の前に主だった社員を集め、水神祭が執り行われる。瀧尾神社の氏子のうち、この水神祭をしているのは今や、ウチだけだという。伝統の行事は、絶やすことなく続けていきたい。
朝飯 鰯の梅煮、小松菜とエリンギの胡麻和え、納豆、五目白和え、すぐき、らっきょうのたまり漬、メシ、豆腐と揚げ湯波とほうれん草の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 里芋と烏賊の炊き物、ポテトとコンビーフのサラダ、銀鱈の西京焼き、白菜漬け、「宇都宮酒造」の「四季桜貴酒」(燗)、「久埜」の水羊羹
2017.1.11(水) 春燐
おととしから昨年にかけて、20名の社員のうち5名が妊娠をした。そのうちの3名は出産を経て産休中、あるいは退職という非常事態である。やがて産休中だったうちのひとりが復職をし、パートタイマー3名を採用したけれど、人のやり繰りは依然として厳しい。
そのやり繰りの厳しさにより「今月は11日を除いては、父親の見舞いに行ける日は無い」と、かねてより家内の決めていた今日に「子供の具合が悪い」と、仕方のないことながら2名の欠勤者が出る。
本日11日はまた鏡開きにて、社内の鏡餅をすべて降ろす。門松を除いた正月飾りも降ろす。店内の「謹賀新年」の額は拭いて袋に入れて倉庫に仕舞う。店舗入口右側に掲げた「賀正」の書は「春燐」に換えた。そうするうち社会保険労務士のオカザワセキヤさんが約束の時間に来社をして、今年の昇給についての話し合いを持つ。
水神祭が明日に迫っている。銀行へ行きながら、このお祭に必要な供物を、あちらのお店、こちらのお店と回りつつ揃えていく。
帰社したら駅まで送っていこうと考えていた家内は、しかし既にして出発をしていた。以降は店舗に2名、事務室に1名という、本日出勤の少人数を助けつつ夕刻に至る。
朝飯 ひじきと人参の甘辛煮、揚げ湯波の淡味炊き、ほうれん草の胡麻和え、すぐき、「なめこのたまりだき」のフワトロ玉子、らっきょうのたまり漬、メシ、トマトとピーマンの味噌汁
昼飯 「大貫屋」のオムライス(ケチャップはかけないでね特注)
晩飯 里芋と烏賊の煮付け、鱈の白子と胡瓜の酢の物、鶏肉の鉄板焼き、「宇都宮酒造」の「四季桜貴酒」(冷や)、かんころ餅
2017.1.10(火) 冬時間
普段の営業時間は朝8時15分から夕方18時までのところ、成人の日を含む連休も過ぎた今日から彼岸の入りにあたる3月17日までは冬時間により、朝8時15分から夕方17時までの営業になる。そのことを示す看板は、きのうのうちに倉庫から事務所へと持ってきてあった。それを今朝は、これまでの看板と交換して店舗入口の正面に出す。
タイマーにより照明の点灯する看板はふたつある。このうち蔵の脇にあるものは消灯時間をきのうまでの18時から17時に変える。国道121号線をへだてて店の反対側の駐車場にある看板については、電源を落としてしまう。この電源をふたたび入れるのは、秋分の日を過ぎて、体育の日のころになるだろう。
今月は「なめこのたまりだき」の仕込みがあり、春に入社する新入社員にしてもらう仕事の段取りがあり、社員研修がある。2月には高島屋東京店での出張販売があり、それが完了すると全社的な環境整備が待っている。閉店が1時間繰り上げられたとはいえ、冬ごもり、というわけにはいかない。
朝飯 厚揚げ豆腐の炊き物、ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、「しいたけのたまりだき」と長葱の玉子焼き、春菊の胡麻和え、すぐき、らっきょうのたまり漬、メシ、大根と長葱の味噌汁
昼飯 「セブンイレブン」のサンドイッチ、ホットミルク
晩飯 レタスと2種のピーマンのサラダ、にんにくとからすみのスパゲティ、“TIO PEPE”、「久埜」の水羊羹
2017.1.9(月) 一段と優れた蔵出し
国産のどんこしいたけを日光味噌のたまりで炊いた「しいたけのたまりだき」は、これまで半世紀以上ものあいだビン詰めで販売をしてきた。それが今日からは、袋詰めに変わった。加熱殺菌を経ていないため、風味はこれまでより一段と優れた蔵出しになった。
ウチのビン詰め商品は残るところ「かんぴょうのたまりだき」と「なめこのたまりだき」の2品のみになった。「かんぴょう」は、桜の咲くころには袋詰めに変わっているだろう。「なめこ」は新春の仕込みから、お客様の取り扱いがより楽なビンに変える。
このことによりウェブショップとパンフレットの画像も更新しなければいけないところだけれど、上記の3品および、より優れた器を昨夏から採用した「おうちたまてばこ」については、いまだ新しい包装形態による画像を撮っていない。関係方面に連絡の上、できるだけ早く行動をしたい。
夜は会社の新年会にて、終業後に社員たちと焼肉の大昌園へと移動をする。そして家内の考えたマンダラビンゴなどをして大いに盛り上がる。
朝飯 納豆、ひじきと人参の甘辛煮、揚げ湯波と焼き葱の炊き物、蓮根と三つ葉の酢の物、春菊の胡麻和え、メシ、豆腐と玉子と三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「大昌園」のあれや、これや、それや。眞露(オンザロックス)、生ビール
2017.1.8(日) 組長新年会
町内のいわゆる「向こう三軒両隣」の連絡や町費の集金を担うのが組長で、我が春日町1丁目には現在、18人の組長がいる。今日はその1年の労をねぎらう新年会が公民館で開かれる。役員には10時30分の集合が呼びかけられていた。
僕は会計係として、きのうウカジシンイチ自治会長が伝票を切ったあれこれの経費を個別の封筒に収め、それを手提げに入れて公民館におもむく。
組長新年会は、僕の記憶が正しければ一昨年までは夜に行われていた。しかし年明け間もなくの夜は寒く、足元の悪いときもある。よって昨年からは開催の時間を昼に移し、以降その形で続いている。
その新年会の席で今日は思いがけず、ビンゴによるくじ引きの行われることが大膳のシバザキトシカズさんから告げられた。刺身やオードブルを買ったスーパーマーケット「かましん」が、オマケとして玉子をくれたことによる急遽の出しものだという。玉子だけでは彩りに欠けるため、お祭に上がった酒やジュースなども押し入れから取り出され、それも賞品として供された。
僕はクジ運が悪い。よってこのような場で自分が何かを引き当てることはハナから諦めている。しかし今日ばかりはどうしたことか、酒は先行する人たちに獲られたものの、とにかく玉子とジュースには間に合った。更にはその後のジャンケンにも勝って、余った鮨一人前も持ち帰れることになった。
そうして夜はその鮨を肴に温め酒を飲みつつ「そろそろ雪の降ってくるころだろうか」と、外の音に耳を澄ます。
朝飯 納豆、蓮根のきんぴら、ひじきと人参の甘辛煮、ツナとトマトとルッコラのサラダ、鮭と昆布のはさみ漬け、生玉子、らっきょうのたまり漬、メシ、豆腐と万能葱の味噌汁
昼飯 スーパーマーケット「かましん」の刺身、同オードブル
晩飯 ごまめの炒りつけ、津軽漬け、蓮根と三つ葉の酢の物、黒豆、厚焼き玉子、焼き葱と揚げ湯波の炊き物、スーパーマーケット「かましん」の鮨、「宇都宮酒造」の「四季桜貴酒」(燗)
2017.1.7(土) 雪の予報
昨年の師走から年明けのつい先日までは気味が悪くなるほどの暖かさだった。それがここへきて急に、寒さが厳しくなった。
いくら寒くても旧市街、つまり瀧尾神社と追分地蔵尊のあいだを繋ぐ800メートルの日光街道と、そこから奥に入る枝道の範囲内であれば、徒歩あるいは自転車で移動をする。
今朝も「道の駅日光街道ニコニコ本陣」まで自転車を走らせ、その商業棟にあるウチの売り場を布で拭いたり、あるいは検品をしたりする。「毎朝、自転車に乗って、運動になるね」などと声をかけてくれる人もいるけれど、往復でもせいぜい7、800メートルでは、運動のうちには入らないだろう。
天気は晴朗ながら、明日は雪の降る可能性もあると、テレビの天気予報は伝えている。夕刻の空に、しかし雪の気配はみじんも見られない。
朝飯 ひじきと人参の甘辛煮、蓮根のきんぴら、納豆、レタスと炒り卵のサラダ、鮭と昆布のはさみ漬け、メシ、揚げ湯波と昆布とトマトの味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」のラーメン
晩飯 春雨サラダ、叉焼ともやしの和え物、焼き餃子、「紅星」の「二鍋頭酒」(生)、イチゴと杏仁豆腐
2017.1.6(金) 旅の予約
「飛行機の切符は早く買うほど安いのでしょうか、それとも高い安いは、その時々によるのでしょうか」ときのう、贔屓の旅行社「トチギ旅行開発」のサイトーユカリさんに電話で訊いた。「空いているうちは安いです。混んでくると高くなります。ですからやはり、早い方がお得でしょうね」というのがサイトーさんの答えだった。
それを受けて3月の上旬から中旬にかけての、羽田とバンコクの往復航空券をメールで注文した。サイトーさんはすぐにタイ航空に予約を入れてくれた。税金や手配手数料を加えた価格は70,640円だった。
タイ北方の街プレーからバンコクのドンムアン空港まで戻るノックエアの航空券は、自分で手配した。ノックエアのウェブサイトでは、手続きが進むにつれ、諸経費の費目が変わって困惑したけれど、とにかく1,115.96バーツ、邦貨にして3,500円ほどの合計金額は一貫していたから、細かいところには目をつぶって購入ボタンをクリックした。
プレーの、旧市街を囲む城壁に設けられた門のうち、もっとも大きなそれに面するホテルも予約した。チェンライでは景色の良さと朝食の豊かさにより街から離れたホテルを定宿にしている。しかしそれはチェンライに限った例外で、利便性を優先すれば街の中心に泊まりたい。帰りに2泊するバンコクではタクシン橋にほど近い、これまた定宿になりつつあるホテルを予約した。
羽田からバンコクに着いた早朝、ファランポーン駅から出る列車の切符だけはインターネットで予約ができない。取りあえずはタイ国鉄のウェブサイトから時刻表のみを印刷した。旅の目的はいつもと変わらず「何もしないことをしに行く」である。
朝飯 納豆、油揚げの網焼き、「なめこのたまりだき」のフワトロ玉子、ほうれん草とベーコンのソテー、べったら漬け、メシ、揚げ湯波とほうれん草の味噌汁
昼飯 「ふじや」の広東麺
晩飯 「ユタの店」のピータン、ネギワンタン、海老ブリブリ春巻き、チャーハン、「鏡月」(お湯割り)、帰宅してからのバナナケーキ、”Glenfiddich”(生)




































