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お買い物かご

清閑 PERSONAL DIARY

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2016.12.26(月) 所用にて宇都宮

仲間内のSNSに続々と、流通の乱れが報告されていく。関東地方から九州までは通常、2日で届くはずの荷物が4日から5日を要しているという。さすがのヤマトも今日は、50年ぶりの大雪に見舞われた北海道へは、いつもは2日のところ、現在は3日から4日かかることもあると、ファクシミリと電話で伝えてきた。

社会のあれこれがほとんど綻びることなく運営される日本においては、人々は普段から、それを当たり前のこととして享受している。その、とどまるところを知らず拡大する「便利さ」は、しかししばしば、あるいは突然、破綻する。そのことを僕も頭に入れて行動しなくてはならない。

「あしたの午前中に欲しい」とご注文をくださるお客様には逐一、ご希望の時間帯には商品の届かない可能性もあることをご説明し、了承をいただいている。「12月30日」と前々から着日を指定されていた北海道への品物は、お客様に事情をお伝えした上で、先週のうちに出荷した。マサチューセッツ工科大学の模型鉄道クラブの信号機のようには、現実はなかなか動かないのだ。

所用にて終業後、長男と宇都宮へ行く。21時、日光宇都宮道路の今市インターが近くなったあたりで席を確保するため、焼肉の「大昌園」に電話を入れる。そうして夕食を摂りつつ会社の新年会の予約を入れる。


朝飯 たまり漬による4種のおむすび、焼きおむすび、千枚漬け、豆腐と万能葱の味噌汁
昼飯 カレーライス、たまり漬「浅太郎」らっきょう
晩飯 「大昌園」のあれやこれやそれや。麦焼酎「田苑」(オンザロックス)

2016.12.25(日) 鉄道ヲタクではないけれど

来年の春の旅行については、ラオスへ行くことは諦めた。理由はふたつ。

目指すのは田舎である。ところがラオスのどこに自分ごのみの田舎があるかが分からない。あるいは僕を惹きつける田舎がラオスには今のところ存在しない。これがひとつ目の理由。

もしも訪ねたい田舎があれば、そこまではできれば鉄道で行きたい。しかしラオスには、メコン川で隔てられたタイとラオスを繋ぐ友好橋の真ん中つまり国境からター・ナレーンまでの、ほんの数キロメートルしか鉄路は存在しない。これがふたつ目の理由である。

僕の目的地はタイ北部のプレーに傾きつつある。防塁、防壁、一部は環濠により守られた旧市街は、地図を見ただけでそそるものがある。いにしえにはチークの集散したその旧市街にはまた、チークによる古建築が多く残されているという。

おととしの秋にチェンマイで手に入れた藍染めのタイパンツは、それがプレー産であることを白いスタンプで高らかに謳っている。このところ持ち物は増やさないようにしているから買い漁ることはしないだろうけれど、藍染めを施された粗い木綿が風に揺れる田舎の街など、僕にとってはいかにも魅力的である。

羽田を深夜00:20に発つタイ航空機は、タイ時間で朝の4時台にはスワンナプーム空港に降りる。夜明けの入国検査場は混み合っていない。5時すぎにタクシーに乗れば6時ごろにはクルンテープ駅、通称ファランポーンに着くはずだ。

北線の快速は07:00発。プレー最寄りのデンチャイには17:20着。ほとんどが単線のタイの鉄道は、どれだけ遅れるか予想がつかない。夜間、そこから20数キロ離れたプレーまで行くバスが無ければ山中の駅に取り残される。一方、08:30発の特急ならデンチャイに15:53着。しかし3等車を欠く特急にはどうも食指が延びない。

ことし2月のタイ深南部とおなじく、旅先で進退の窮まることを面白がるところが僕にはある。乗るならやはり、07:00発の快速だろう。そろそろ日程を決めなければいけない。


朝飯 ほうれん草のおひたし、千枚漬け、納豆、白菜とベーコンのソテー、豆腐の卵とじ、メシ、油揚げと万能葱の味噌汁
昼飯 「大貫屋」の味噌ラーメン
晩飯 トマトとベビーリーフと玉葱のサラダ「進々堂」のシュトーレンと田舎風パン自由学園男子部35回生のイシキモトオ君からいただいたリンゴによる焼きリンゴ“neu frank”のコンビーフによるジャーマンポテト、同ソーセージのソテー、“Qué bonito cacareaba2013”

2016.12.24(土) 満を持して

1980年代から90年代にかけて、僕が蔵、つまり製造現場に入っているときには、特に年末においては会社の敷地から一歩も出ることなく一週間が過ぎる、という日々が続いた。そういうときの一番の楽しみは、製造現場から内線電話で家内に夕食の内容を訊き、それに合わせる酒を決めることだった。

冷蔵庫のチルド室にはきのうから牛肉が納められている。ワインは酒は暖房の訊いていない応接間に今朝から立てて、澱を沈めている。今夜のステーキは、玉葱をたっぷり含んだソースで食べたいと、昼のうちから考えていた。

夜、洗濯場の一角から玉葱1個を食堂に持ち来て、おろし金ですり下ろす。それをステンレスのボウルに満たし、たまり漬の「鬼おろしにんにく」をたっぷり、おなじくたまり漬の「刻みザクザクしょうが」をすこし加え、醤油をかけまわす。そこにレモンまるごと1個の果汁を搾り入れる。最後にそのボウルを電磁調理器に載せ、ほんの短いあいだ熱を加える。

この、満を持して作ったソースを焼き上がったばかりのステーキに添えて食べる。いと、美味し。


朝飯 納豆、生のトマト、ベーコンエッグ、油揚げの網焼き、穴子の佃煮、昆布の沖縄風炒め、メシ、白菜とベーコンの味噌汁
昼飯 朝飯のおかずを流用した弁当
晩飯 トマトとレタスと玉葱のサラダビーフステーキ“Bourgogne LEROY 2000”アップルパイ

2016.12.23(金) 続く理由

会員でいるあいだはどうにも居心地が悪く、退会して以降はOB会の連絡もしてくれるなと事務局に頼んだ団体。子供のころから違和感を感じていたから、大人になって誘われても、とてもではないけれど気が進まず、遂に入らなかった団体。そういう団体をあるとき、僕にしては珍しく、しげしげと観察をしてみた。するとそれらはおしなべて、高い理念を掲げる集団だった。つまり僕は、そういうところには近づけない生理の持ち主らしい。

長く日記を書き続けることのできる理由を訊かれるたび「牽強付会と針小棒大です」と答えている。きのうの日記などは正に、この牽強付会と針小棒大によるものだ。いわば「どうでも良いことの文章化」である。というか僕は、どうでも良いことしか続けることのできない性分なのだ、多分。

夜の雨が上がって日が昇る。その気持ちの良い朝に門松が届く。

吉田類ではないけれど、門松の、届くあしたや、あたたかし、だ。今朝はまるで、春3月のような暖かさである。


朝飯 納豆、昆布の沖縄風炒め、厚揚げ豆腐の炊き物、ほうれん草のソテー、目玉焼き、千枚漬け、メシ、ほうれん草と三つ葉の味噌汁
昼飯 朝飯のおかずを流用した弁当
晩飯 トマトとチーズとベビーリーフのサラダほうれん草のソテーと”neu frank”のコンビーフ「自由学園パン工房」のシュトーレンと「進々堂」の田舎風パン、鶏のレバーペースト、“Chateauneuf du Pape LEROY 2000”

2016.12.22(木) 冬至プラス1

「オレもひとつ、ミステリーというものを読んでみるか」とあるとき思い立った。選んだのはギャビン・ライアルによる、ミステリー小説の金字塔「深夜プラス1」だ。結論から言えば、どこが面白いのか分からなかった。しかし最後の段落の「真夜中を一分すぎていた」は印象に残った。

昭和20年生まれの叔母が高校生のときに使っていた勉強部屋を、昭和31年生まれの僕が引き継いだ。東京オリンピックの頃のことだ。その勉強部屋は押し入れを改造したもので、畳一畳ほどの空間に作り付けの机と本棚、そして外へ向かって真四角の窓があった。閉所好みは生来のものか、僕はこの勉強部屋をとても気に入っていた。

その小さな部屋の本棚に古い本が残されていた。僕はその背表紙のカタカナを「パロレット」と読んでいた。後から考えればそれは「ハムレット」だったのだが、デザインのためか「ム」が「△」になっていて、これを僕は「ム」とは判読できないゆえの「パロレット」だった。

その旧仮名遣いによる「パロレット」を小学校2年か3年の僕が開いて読もうとするが「そこもとは何者ぢゃ」の「そこもと」が理解できず、先へ進むことを諦めた。以降、現在にいたるまで「ハムレット」は読んでいない。

ところで「真夏の夜の夢」について、これは実は「夏至の夜の夢だ」という人がいるらしい。まぁ、どうでもよい。

きのう事務室の丸テーブルにふたつの柚のあることに気づいた。どなたかにいただいたものだろう。夜はその柚を風呂に浮かべた。この柚を潰してできるだけ多くのエキスを湯に溶かし込もうとする悪癖が僕にはある。やってみれば分かることだが、それは肌に耐えがたい刺激を与える。それを思い出して、きのうの夜は、柚を潰すことはしなかった。

「これから徐々に日が短くなる。6月とはいえ、秋は手の届くところまでやってきているのだ」と考えてしまう夏至は、夏の好きな僕にとってはイヤな日である。「これから徐々に日が長くなって、やがて夏が来る」と考えられる冬至は1年のうちでもっとも好きな日かも知れない。その冬至の朝の写真を迂闊にもきのうは撮り忘れた。よって今朝は”NIKON D610″の50ミリのレンズを「ニーヨンハチゴー」のズームレンズに交換して「冬至プラス1」の空を摂る。


朝飯 ほうれん草のソテー、納豆、厚揚げ豆腐の炊き物、昆布の沖縄風炒め、すぐき、メシ、豆腐と三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 マカロニサラダ「自由学園パン工房」のシュトーレン焼きリンゴ鶏のレバーペースト鶏肉の南蛮漬け、数日前の肉団子、“Qué bonito cacareaba2013”

2016.12.21(水) 欲しいけれども必要はない

iPhoneの、人に聞けばよく切れるらしい電源コードが、僕の場合には隨分と保っていた。現在のそれは、docomoがiPhoneを扱うようになった初日に手に入れた”5c”の付属品だ。ということはこれを僕は、2013年9月20日から3年と3ヶ月のあいだ使い続けたことになる。その電源コードの皮膜が裂け、中の電線のささくれ立っていることに今朝は気づいた

ウェブ上には、このコードの耐久性を高めた商品がたくさん売られている。「耐久性が高い」とは大好きな性能のひとつで、ほとんど何にでも、僕はそれを求める。しかし悲しいかな、僕の使い方ではたとえ純正のコードでも、3年3ヶ月も保ってしまうのだ。

皮膜の裂けた電源コードを捨て、ことし6月に機種交換をした、”6s plus”のそれを取り出す。これまた3年と3ヶ月くらいは保つのではないか。耐久性を高めたコードに興味はあるけれど、これを買う機会は永遠に訪れないかも知れない。

どこかに僕の必要とする品物はないか。仕事ばかりをしていると、たまには買い物くらいしたくなるのだ


朝飯 豆腐の卵とじ、白菜とハムのソテー、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、すぐき、メシ、揚げ湯波と貝割れ菜の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 トマトとマカロニとゆで玉子のサラダマッシュドポテトを添えたハンバーグステーキ“Pommard 1er cru LEROY 1998”ロールケーキ、”Glenfiddich”(生)

2016.12.20(火) 乃木坂ちかく

所用にて、下今市駅12:35発の上り特急スペーシアに乗る。日光から東京へ出るに際しての服装は、この時期がいちばん難しい。日光の気温に合わせると東京で汗をかく。東京の気温に合わせると帰り道が寒い。温度調節の楽な、つまり山用の服は仕事には適さない。今日は結局のところ、素肌に木綿のシャツを着てネクタイを締め、”HOFER”のジャケットを着た。

日本橋から南青山の外れというか六本木の外れというか、そういう妙なところへ移動をする。そこから階段を上がって乃木坂へ向かい、しかしその乃木坂に達する前に路地へと折れる。冬の西日を背中から浴びて、行く手には僕の長い影が伸びている。木綿のシャツと毛のジャケットの2枚しか着ていないにもかかわらず、うっすらと汗をかいている。

夏の汗はどうということもない。しかし冬の汗はひどく不快だ。冬至の前日にもかかわらずジャケットを脱ぎ、素肌に木綿のシャツ1枚でしばらく歩く。


朝飯 五目おから、小松菜とエリンギの胡麻和え、鰯の梅煮、すぐき、トマトのスクランブルドエッグ、メシ、昆布と玉葱と揚げ湯波の味噌汁
昼飯 「セブンイレブン」の3種のおむすび
晩飯 「加賀屋北千住店」のあれやこれやチューハイ

2016.12.19(月) ノンストップ

昼食は、すべての社員が職場に戻る13時30分から家内と摂っていた。しかし20名の社員のうち5名が妊娠、あるいは出産を経て産休という非常事態にできるだけ人員を確保するため、僕は11時30分から、家内は13時30分からと、その昼休みを分けることにした。この日記を遡ると、9月のはじめにはそのシフトが敷かれていたことを知って驚いた。既にして僕は、4ヶ月ちかくもひとりで昼食を摂っていたのだ。

今日は事務係のカワタユキさんと共同で仕事をする必要があった。「オレはメシは、今日に限っては昼すぎ1時半から食べるから」と伝えて仕事を始めたものの、その時間が来ても終わりは見えない。心配するカワタさんには「当然、ノンストップだ」と声をかけ、頭や手を休ませることはしない。

そうして遂に、中途半端な時間ではあったけれど、ケーキと紅茶をそそくさと腹に収め、ふたたび事務室へと戻る。3食のメシは、ピッチャーのローテーションとおなじく間隔を守り、乱れが生じたときには素早く調整をすることが僕の身体には必要なのだ。

その調整のお陰で、18時からの会食には万全の調子で臨むことができた。「頭がすこしばかり悪くても、健康でありさえすれば仕事はできる」と、今市小学校の4年間をお世話になったエダタダシ先生はおっしゃった。大人になって、はじめて腑に落ちる言葉である。


朝飯 3種のおむすび揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 レモンパウンドケーキ、紅茶
晩飯 「三彩」の懐石10品、獺祭「磨き二割三分」(冷や)、魔王(生)

2016.12.18(日) 忘年会

きのう今日と続けて、いまだ深夜とおなじ暗さの製造現場に降りている。早朝の味噌蔵などはさぞかし寒かろうと想像されるけれど、それは大して感じない。その仕事を終えてようやく、空に明るみの差していることに気づく。新聞を取るため外へ出る。井戸水を引いた手水の水が凍っている。初氷を目にしたのは、今日がはじめてではない。

店の冷蔵ショーケースに置かれたワインらっきょうの、リボンがいつの間にかクリスマスのものに変わっている。このらっきょうはカベルネソービニョンによる2種のワインに長く漬けられたもので、半割にして新鮮な生チーズにのせて食べると美味いのだ。

一人で気ままにしていることを好む社交下手の僕にも、いそいそと出かけて行く集まりはある。町内の役員による飲み会も、そのひとつである。

年末に忙しい上澤梅太郎商店は忘年会を持たない。どこかの団体から、あるいは誰かから呼ばれることもない。そして僕にとっては唯一の忘年会である、春日町1丁目役員のそれに18時より参加をする


朝飯 納豆、豆腐の卵とじ、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、生のトマト、すぐき、メシ、舞茸の天ぷらと万能葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「ふじや」の焼き餃子酢豚刻みキャベツ(特注)、ほかあれこれ、焼酎(生)

2016.12.17(土) 万両

ユニクロの襟の高いヒートテックシャツ、おなじくユニクロの襟の高いフリースセーター。この2枚では、特に背中に寒気を覚えるところまで気温が下がってきた。「季語の中でいちばんカッコ悪いのは『着ぶくれ』じゃねぇか」などと感じる僕ではあるけれど、今朝からはその2枚の上に”montbell”のダウンベストを着ることにした。さすがに暖かい。

開店の時間に合わせて「花一」のヤマサキジュンイチさんが万両6鉢を届けてくれる。この万両を、僕はしばしば千両と呼び間違える。今この瞬間こそ万両と認識をしているけれど、明日になれば、否、数分の後には、またあやふやになってしまうだろう。とにかくこれが店の前に並ぶと、にわかに「年末ちかし」の気分になる。

1月の第1週は店が忙しい。ウェブショップについて、いまノートに書き溜めているあれこれは、第2週にはシステムエンジニアに作業を依頼できるかも知れない。第3週には全社を挙げての研修がある。第4週には「なめこのたまりだき」の仕込みが佳境に入っているはずだ。しかしその前に、先ずはこれから2週のあいだの義務を粛々と果たしていこう。


朝飯 蓮根のきんぴら、ほうれん草のソテー、納豆、ベーコンエッグ、茄子と大根のぬか漬け、メシ、豆腐と納豆と白髪葱の味噌汁
昼飯 朝飯のおかずを流用した弁当
晩飯 若布と三つ葉の酢の物、鯛の昆布締め、里芋と牛肉による肉じゃが、銀鱈の西京焼き、舞茸の天ぷら、うずら豆、「雪の茅舎」の「美酒の設計」(冷や)「湯沢屋」の酒饅頭

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上澤卓哉

上澤梅太郎商店・上澤卓哉

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