2017.3.9(木) タイ日記(1日目)
“BOEING747-400″を機材とする”TG661″は、定刻に22分遅れて00:42に羽田空港を離陸をした。きのうの目覚めから現在まで23時間も起き続けている。よってオフクロの遺したデパスとハルシオンは、持参はしたものの、服用はしなかった。それが裏目に出て全然、眠れない。
”sorry”の声と共に二の腕を軽くつつかれて、アイマスクを外す。窓際に座ったタイ人のオネーサンが手洗いに立ちたいらしい。僕は脚を通路側にずらし、オネーサンを通してあげる。時刻は2時15分だった。
ジェットエンジンの音が轟々と響いている。音が聞こえているということは、眠れていないということだ。腕時計は5時を示している。このまま起きてしまうこととして、そろそろダナンの上空にさしかかるころだろうと、目の前のディスプレイのスイッチを入れる。しかし機は、いまだ海南島の東洋上を飛んでいるところだった。
05:20 機内の明かりが点く。
05:30 朝食の配膳が始まる。
06:00 ダナン上空を通過。
06:43 「バンコクは曇り、気温は27℃」と、機長のアナウンスがある。
07:05 タイ時間05:05、定刻より20分はやくスワンナプーム空港に着陸。
以降の時間はタイ時間による。
06:05 エアポートレイルリンクARLの始発で市内を目指す。いまだ夜は明けていない。
06:43 マッカサンから歩道橋でペチャブリーに移動。地下鉄MRTに乗り換える。
06:53 シーロムに停車中に同級生コモトリケー君から位置確認の電話あり。
06:56 ファランポーン着。
バンコクの中央駅たるファランポーンは、日本でいえば東京駅ではなく、断然、上野駅の雰囲気だ。その構内のベンチにコモトリ君の姿を認め、近づいていく。そうしてスーツケースを開いて土産を手渡し、首都に戻ってから飲むための”TIO PEPE”を預ける。
タイ国鉄北線7号列車ディーゼル特急の、デンチャイまでの切符は、コモトリ君が駅員に発券を頼んでくれた。時刻はいまだ7時20分、よって外へ出て駅前のメシ屋でコーヒーを飲む。頼んだのはアイスコーヒーだが、届いたのはホットコーヒーだった。「気にしなくていいよ」と、コモトリ君が店のオバチャンんに声をかける。オバチャンは元より、そんなことは気にしていない。
08:05 入線してきた列車に乗り込む。
08:31 定刻に1分遅れて発車
08:44 駅でないところで謎の停車
08:57 サムセン着(既にして17分遅れ)
09:03 バンスージャンクション着
09:50 サービス係のオネーサンがチョコレートパンと飲物を配り始める。
チェンマイ行き7号列車の編成は冷房二等車のみの3両。おざなりな掃除しか受けない汚れた窓は開くことができない。また多くの乗客は、日差しを避けるためカーテンを引いている。よってインドシナの熱風を感じることはできず、泥田に咲く蓮の花の、濃い紅色を愛でることもできない。タイの列車は、昼は三等、夜は二等寝台に限ると、早くも悟る。
きのうの日本経済新聞を読むうち、アユタヤは過ぎたらしい。前述の理由により、車窓の景色に関心が向かないのだ。また、通過する駅の名を確かめようとしても、これまた窓の汚さにより、著しく見えにくい。英語による駅名が、終わりの”tion”しか読めなかった駅は、北線と東北線に別れるバーンパーチー分岐だったかも知れない。
10:45 バーンパーワーイを通過
10:50 ロッブリー着
11:35 ひと車両に一人ずつ乗ったサービス係のオネーサンが弁当を配り始める。
タイの特急で支給されるメシの不味さについては藤井伸二の「タイ鉄道散歩」で読んではいた。しかし本当に不味いかどうかは、試してみなければ分からない。
“Cooked Thai Jasmine Rice”はタイ米だからというわけではなく、ポロポロで固まっている。”Fried Mackerels Chilli Saice”は、鯖というより鰯のように小さな魚が甘く煮込まれてはいるけれど、辛くはない。”Sweet Fried Chicken”は、どこが”Fried”なのか分からない。それぞれ匂いを嗅ぎ、舐め、そしてほとんどすべてをオネーサンに返却する。
そうしてコモトリ君が持たせてくれた、手製のおむすびと焼叉の辛味噌和えを本日の昼食とする。おむすびも焼叉も美味かった。
これまた悪口になるけれど、”DRC”と表記されるディーゼル特急でなければ、不味いメシなどあてがわれず、各駅のプラットフォームや、あるいは次々と乗り込んでくる弁当売りのオバチャンから上出来のガイヤーンやガパオ飯が買えるのだ。
12:19 ナコンサワン着(42分の遅れ)。19分間の停車。
13:04 チュムセーン着。36分間の停車。
14:02 タパーヒン着。10分間の停車。
14:40 外の景色を撮りたくなって便所へ行く。ここにだけは爽やかな風が吹いている。
15:00 ピサヌローク着(1時間48分の遅れ)。
この7号列車は、昼前ころからラジエターに不具合が発生したらしい。よって停まる駅、停まる駅で、そのラジエターにホースの水をかけて冷やしている。また不具合は、ラジエター以外のところにも及んでいるらしい。2012年8月のウボンラチャタニー行き、また昨年のスンガイコーロク行きのときとおなじく、列車の遅れに怒ったり焦燥を募らせたりする乗客は皆無だ。そして国鉄側からの説明も一切、無い。
15:49 バーンダーラー通過
15:51 ターサックに停車
15:59 トゥーン通過
16:02 ワーンカーピー通過
16:10 ウッタラディット着(1時間48分の遅れ)。且つ、46分間の停車。
ウッタラディットでの停車中に、後ろからバンコク発デンチャイ行きの列車が来る。それに乗り換えさせられるのだろうかと考えたけれど、そのようなことは言われなかった。謎のデンチャイ行きに追い越されたのは、本日2度目のことである。
ウッタラディットを出ると、徐々に高度が上がっていく。これまで直線を激走することの多かった車両が、山あいの谷や切り通しを蛇行し始める。
17時56分、ようよう目的のデンチャイに着く。定時に2時間36分遅れの到着である。日暮れのちかい時間で心配をしたけれど、駅を出るとソンテウの運転手らしいオバチャンが手招きをする。タイ語をカタカナ読みしても通じない。「プレー」ではなく「プラエッ」と素早い巻き舌で強く返してみる。オバチャンは頷いて荷台を指した。
ソンテウには、赤ん坊を抱いて助手席に収まっている人の子供らしい女の子が2名、タイ人2名、ファラン1名、そして僕が乗っている。プレーまでの料金は60バーツと告げられた。片側3車線の広い道を、オバチャンは時速45キロでゆっくり走る。計器板では、燃料が残り少なくなったことを知らせる警告灯が点いたままになっている。
先ずは、スマートフォンで場所を示したファランが”Come Moon Loft Hotel”という名の小さなホテルで降りる。次にタイ人のひとりがかなり大きなホテルで、またもうひとりのタイ人は助手席の女の人、赤ん坊、荷台のふたりの女の子と共に降りた。
女の子を降ろす手伝いをしたオバチャンが僕の方を見る。「ロンレーム、ジンジャーブレッ、タノン、チャロンムアン、カイカイ、ポリーステイション」と告げる。タイ語の発音にはコツがあるのだ。赤信号で泊まったソンテウの荷台から外の”BED & BREAKFAST”の文字を眺めつつ「プレーにはこの手のゲストハウスが多いんだな」などと考えていたら、運転席から降りてきたオバチャンが「ここだ」と身振りで示す。なるほどそこは僕が日本から予約をした”Gingerbread House Gallery”だった。時刻は18時47分になっていた。
チェックインの手続きをしつつ、薄い藍染めのベストを着た趣味の良いオカミが「インディゴは好きですか」と訊く。タイパンツを穿いた、僕の服装に何ごとかを感じたせいかも知れない。「もちろん好きです」と答えると「私の友だちが藍染めの工房を経営しています。よろしければご紹介しましょう」と、押しつけがましさの一切、感じられない表情と口調で言った。願ってもないことである。
宿は街の中心にある、小ぶりなところが好きだ。チークの古建築による宿の二階には外の階段から上る。廊下から見おろす交差点は、いにしえには街一番の交通量を誇っていたところかも知れない。部屋は「チークの小箱」とでも形容すべき可愛らしさで、居心地は大いに悪くない。
地図やインターネットで知ってはいたけれど、オカミもまた、旧市街へと至る「勝利の門」ちかくに広がる屋台街を教えてくれた。よってホテルから数分を歩いてその場に至り、セブンイレブンで買ったビールと日本から持ち込んだラオカーオにて飲酒活動に入る。
朝飯 “TG661″の機内食
昼飯 7番列車ディーゼル特急の車内食、コモトリケー君による2種のおむすびと焼叉の辛味噌和え
晩飯 「勝利の門」前の屋台街の串焼き、バミーナム、シンハビール、ラオカーオ”Black Cook”(生)
2017.3.8(水) 出発前夜
今日は高圧受電設備の、年に1度の検査の日だ。コヤマ電気管理事務所のコヤマアキラさんは、朝の6時30分に来る。万一を考え、コヤマさんには僕の携帯電話の番号を教えておいた。またきのうの夜は「3/8(水) 06:30 コヤマ電気来社」と書いたポストイットをメガネケースに貼った。
今朝、目を覚ましたのは早朝どころではない、1時40分のころだった。それから30分ほどして食堂のテーブルに着く。新聞その他の活字を拾い読みしつつ、ポストイットの貼られたメガネケースは常に、左手のそばから離さない。
一方、本日は旧暦の初午に当たる。この日はお稲荷さんに郷土食しもつかりと赤飯をお供えし、五穀豊穣、商売繁盛、無病息災、家内安全などを祈る。そのしもつかりは昨夜のうちに家内が作り終えた。赤飯は今朝、これまた家内が、検査により停電をする前に蒸し上げた。
冷えたしもつかりと熱い赤飯を、小さなお盆に載せて長男が持つ。僕も共に1階へ降りて、通用口から外へ出る。予期しないことにちょうど、コヤマさんと助手が到着をしたところだった。お稲荷さんのことは長男に任せ、事務室のシャッターを上げてコヤマさんと助手とを社内に招じ入れる。その後ふたたび外へ出て、お稲荷さんの様子を確認する。
高圧受電設備の検査は、社員が出勤をする前に無事、完了した。
下今市18:53発の上り特急スペーシアに乗る。ひとりで海外へ行くときの夕食は大抵、浅草の立ち食い鮨だ。立って物を食べる利点は僕の場合、酒を欲しくならないところにある。浅草から羽田までは都営浅草線に乗ったままで行けるから、楽なことこの上ない。
羽田空港国際線ターミナルには22時04分に着いた。即、タイ航空のカウンターでチェックインをする。スーツケースの重さは9.1Kgだった。ここから2Kgほどは、明日の朝には軽くなるはずだ。
22時24分にパスポートコントロールを抜ける。そして当座に必要なものとコンピュータの入ったトートバッグを提げ、左へ進んで奥から2番目の147番ゲートに達する。目を覚ましてから21時間が経っている。
朝飯 巻湯波の淡味炊き、蓮根のきんぴら、なめこのたまりだきのスクランブルドエッグ、春菊の胡麻和え、しもつかり、大根の甘酢漬け、メシ、揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 カレーライス、らっきょうのたまり漬「浅太郎」
晩飯 「まぐろ人雷門出張所」のあれや、これや、浅蜊の味噌汁
2017.3.7(火) 時候の挨拶
村田蔵六はすこぶる愛想のない人で、暑さを嘆きつつの夏の挨拶には「夏は暑いものぢゃ」、寒さを嘆じつつの冬の挨拶には「冬は寒いものぢゃ」と応えたという。僕は自分を「すこぶる愛想のない人」とは思わないけれど、村田の気持ちはよく分かる。
「いつまでも寒くて、イヤになっちゃいますよね」と、今日は街で声をかけられた。「そうですね」と答えてみたものの、しかし実際には、寒さはそれほど感じていなかった。
いまウチのホンダフィットにはスタッドレスタイヤが履かされている。先日は「そろそろ普通のタイヤに交換しても良いのではないか」と考え「しかし案外、これから雪が降るということもあるからな」と、思い直した。
ひと仕事を終えて午後、4階の食堂に上がって生姜湯を飲む。そしてふと外に目を遣ると、雨には見えないものが降っている。窓を開け目を凝らしてみると、それは紛れもない雪だった。
結局のところ、その雪が降り続くことはなかった。しかしスタッドレスタイヤは、いまだしばらくは履き続けた方が良さそうな気がしている。
朝飯 切り昆布の沖縄風炒め、納豆、トマトとレタスと炒り卵のサラダ、茹でたウィンナーソーセージ、細切り人参の炒め煮、じゃこ、胡瓜の古漬け、メシ、豆腐と揚げ湯波と三つ葉の味噌汁
昼飯 「ふじや」の雷ラーメン
晩飯 春雨サラダ、皮蛋豆腐、グリーンアスパラガスのバター焼き、「しいたけのたまりだき」を刻み入れた水餃子、「光酒造」の麦焼酎「博多小女郎」(お湯割り)、とちおとめとスカイベリーの盛り合わせ、レモンパイ
2017.3.6(月) あれこれ教えていただく会
先月15日を以てバッテリーの機能を失ったらしいLet’s noteを午前、秋葉原の「LUMIX & Let’s note修理工房」に持ち込む。インターネットによる予約は数日前に済ませておいた。
ふたつみっつの質疑応答の後、係はそのコンピュータを奥の部屋に持ち込んだ。そして真新しいバッテリーと共に受付カウンターへと戻した。「ご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした」という言葉と共に、係員はバッテリーを交換した。代金は無料だった。
このLet’s noteは2011年8月に購入をしたもので、もちろん、保証期間は過ぎている。バッテリーは、使い始めて何年か後にリコールで交換をしたものだ。今日の代金無料は、そのあたりが関係をしているのかもしてない。いつも書くことながら、この「LUMIX & Let’s note修理工房」が存在する限り、僕はパナソニックのコンピュータを使い続けるだろう。
丸の内に移動し、ウェブ上での商売に関するセミナーに参加をする。そこで落ち合った長男と、今度は新宿へと移動をする。
勉強仲間のタナカノブコさんとは、数週間ほども前から今日の飲酒活動を約束していた。そうしてタナカさんの得意分野についてあれこれ教えていただく。
朝飯 ほうれん草のソテー、納豆、切り昆布の沖縄風炒め、細切り人参の炒め煮、スクランブルドエッグ、なすのたまり漬(試作品)、じゃこ、メシ、大根と揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 “curry shop C & C”のポークカレー(大盛り)
晩飯 「鼎」のあれや、これや、それや。麦焼酎「中々」(お湯割り)
2017.3.5(日) 紅梅
きのう、朝一番に来るはずの取引先が16時30分を過ぎても現れない。その業者の携帯電話を鳴らしても応答は無い。しばらくするとしかし、相手は着信に気づいて折り返し電話をしてきた。「スイマセン、駅前のローソンでトイレに入っていて…」というのが相手の言い訳だった。
問題は、今しがたの電話に応答できなかったことではなく、朝一番で来ると約束をしながら夕方まで姿を現さない、その時間管理のだらしなさにある。しかし僕は相手をなじることも、苦情を申し立てることもしなかった。それは、仕事の内容がそれほど時間の精密さを要さないこと、もうひとつは相手の、何に因って醸し出されるものかは不明ながら、そこはかとない愛嬌による。
気にせず定時で帰るよう社員には伝えた。そして僕と長男のみ社内に居残って、約束に9時間ほど遅れて来た相手の仕事ぶりを見守った。その最中に業者がアルミサッシの具合を説明するため隠居の庭に面した窓を開けると、いまだ明るい夕刻の空気の中に、濃いピンク色の花が見えた。紅梅である。
きのうは忙しくてそれどころではなかったけれど、今朝は庭に足を踏み入れ、ゆっくりとその梅を観る。冬は去りつつあるのだ。あるいは既にして去ってしまったのだ。そしてウチの紅梅は白梅に先駆けて咲くことを、生まれて60年目にしてようやく知る。
朝飯 切り昆布の沖縄風炒め、ほうれん草のソテー、蓮根のきんぴら、生のトマト、チーズ入り炒り卵、なすのたまり漬(試作品)、メシ、揚げ湯波と小松菜の味噌汁
昼飯 「大貫屋」の味噌ラーメン
晩飯 “Parrot”のパロットサラダ、リブロースステーキ、“evodia 2015”、家に戻ってからの杏仁豆腐とカステラ
2017.3.4(土) 失望と転進
理科のテスト用紙に蜂が描かれている。その体の各所から延びた線の先に回答欄がある。触角から引かれた線の先に「しょっかく」と答えを書いたら後日、バツをつけられ戻ってきた。「へげ」と答えた隣のヤギサワエーイチ君はマルだった。
「教科書では『ひげ』と教えている。『触角』とは教えていない」というのが教師の説明だった。それならなぜ「へげ」はマルなのかと畳みかけると「『ひげ』は『へげ』ともいう」と、教師は僕との質疑応答を打ち切った。
今朝の日本経済新聞第44面の「私の履歴書」を読んでいくと、アメリカのオクラホマ大学で、ジョー・プライスがおなじ経験をしていた。以下にそれを引用する。
…
ある試験で、自分なりの解法を見つけて問題を正解に導いたことがあった。ところが教授は教科書に載っている公式でないからダメだという。「あぁ、普遍的ではないが、この手もあるね」という理解さえ教授は示さない。私は機械工学に失望した。ますます専攻への意欲がうせ、苦痛さえ感じ始めていた。
…
後に名を成すジョー・プライスでさえ、たった一度の失望により学問への意欲を失うのだ。まして凡人である僕においてをや、である。小学5年生のときのあの経験は、その後の僕の考えや行動に、かなり濃い影響を与えたと思う。
朝飯 納豆、厚揚げ豆腐と小松菜の淡味炊き、ウィンナーソーセージのソテーを添えた目玉焼き、ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、すぐき、メシ、揚げ湯波と万能葱の味噌汁
昼飯 「ふじや」の野菜麺
晩飯 “TIO PEPE”、人参と隠元豆のスープ煮、マッシュドポテト、スパゲティを添えたハンバーグステーキ、“Chateau Montus Madiran 2003”、焼きメレンゲ
2017.3.3(金) 旅の準備
谷口正彦の「冒険準備学入門」を紐解くまでもなく、旅の楽しさのかなりの部分は、出発前の準備が占める。旅の持ち物はデータベース化してあり、それほどの時間を要さず整えられるとはいえ、切羽詰まってからの行動は避けたい。本日、コンピュータから日程表と持ち物の一覧表を印刷し、その4枚の紙にサインペンで印を付けつつ必要なものを集め始める。
衣類の数は、日程表に従って最小限に留める。日中用には化繊の白いポロシャツを複数着。プミポン前国王の喪中であれば、夜用のシャツも地味なものにしておく。田舎ではゴム草履でも、首都では革靴を履くから靴下は予備が必要だ。
昨秋、チェンライで余らせ持ち帰ったラオカーオは、軽くするためペットボトルに詰め替える。首都に戻って飲む”TIO PEPE”も、同じ理由によりペットボトルに詰め替える。
薬は、使わない可能性が限りなく高いけれど、いざというときに困るから、かなりの種類を持つ。ガイドブックは不要にて、地図や、ウェブ上から印刷した時刻表のみクリアホルダーに納める。鉄道の路線図は、iPhoneにダウンロード済みだ。
首都から北部までは列車で行く。北部から首都へはノックエアで帰る。いつものようなスーツケースとザックのふたつでは、低価格の飛行機に対して荷物が大きくなる。それを避けるため今回は、手荷物にはザックではなくトートバッグを使うこととした。
そうして手荷物以外をスーツケースに納めてみれば、いまだ空間はかなり広い。ここに何を入れるか、あるいは入れないかは、出発の前夜までに決めることとして、荷造りを完了する。
朝飯 ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、生のトマト、ほぐし塩鮭、スクランブルドエッグ、納豆、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、にんにくのたまり漬(試作品)、なすのたまり漬(試作品)、メシ、豆腐とパセリの味噌汁
昼飯 ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、肉じゃが、なすのたまり漬(試作品)、焼きたらこによるお茶漬け
晩飯 サラミソーセージ、”TIO PEPE”、トマトとモツァレラチーズのサラダ、ロールキャベツ入り野菜スープ、牡蠣とベーコンとマッシュルームのスパゲティ、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”
2017.3.2(木) トロール外出
8時40分、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」のウチの売り場に商品を納めるべく、国道121号線にホンダフィットを乗り出す。しかし「ほら、今朝もオレの悪い癖が出た」と、すぐに会社の駐車場にUターンする。複数の用事を一度で終わらせず、そのつど会社を出たり入ったりする悪癖が僕にはある。
事務室に上がり、資料や見本、銀行の預金通帳などを手提げ袋に入れてから、それを手にふたたびホンダフィットに乗る。
道の駅「日光街道ニコニコ本陣」からセイブンシャ印刷にまわる。そして先日来、保留にしていた仕事の、いまだ決まっていなかった数量と、印刷物の綴じ方について説明をする。すぐちかくの、いまだ朝礼の最中だったホンダにフットを乗り入れ、メーターの正面に表示の出ているミッションオイルの交換をしてもらう。そこから帰る途中で銀行に寄り、ここ1週間で必要と思われる額のお金を下ろす。
1度に複数の訪問先をまわり、複数の仕事をこなす出張を「トロール出張」と呼んだ人がいる。外へ出る際には僕もよく考えて、それを「トロール外出」にしなくてはならない。
夜は社員みなと4階の応接間に集まり、1月18日と19日に行われた社員研修「日光MG」の反省会を行う。
朝飯 ほぐし塩鮭、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、ほうれん草の卵とじ、生のトマト、ひじきと人参と揚げ湯波の甘辛煮、大根のぬか漬け、メシ、白菜と玉葱とベーコンの味噌汁
昼飯 「金谷ホテル」の2種のパン、コーヒー
晩飯 枝豆、カリカリスナックとアボカドのディップ、トマトのサラダ、レタスのサラダ、ホタテと蟹のリガトーニ、ジャガイモのグラタン、オムレツ、ブロッコリーのソテーを添えたビーフシチュー、なすのたまり漬(試作品)、”Cono Sur Cabernet Sauvignon 2011″、イチゴのババロア、イチゴのタルト、桜餅
2017.3.1(水) 小遣い帳
2月の小遣いは、はじめの2日間だけで予算の40パーセントちかくを使ってしてしまった。これは僕の放埒さをあらわすものだろうか、それとも以降に節約をすれば、立派な計画経済なのだろうか。そうして同月28日、つまりきのうの夜に小遣い帳を締めてみれば、予算の4パーセントが残った。
支出がいきなり突出をするのは、たとえばワインなど日持ちのする飲料品や、バンドエイドなどの消耗品をまとめ買いするからだ。バンドエイドはともかくとして、ワインについては、いくら普段飲みの安いものとはいえ、それなりのお金は出ていく。
僕の小遣い帳は会社の帳簿とは異なり、目安程度のものだから、今月の残を次月に繰り越したりはしない。ざっと目を通したり、必要に応じては特定の費目でまとめたり、特定の店でまとめたりして、ただ眺めている。
3月は、2月より節約ができるかも知れない。しかしあるいは、呑気に構えているところに想定外の出費の発生することがあるやも知れない。
十代のころから「分かっちゃいるけどやめられない」のが、カタログのような作りの雑誌の購入である。こういうものを買えば、つい欲しいモノが出てくる。そうして結局は現金残高を減らし、家の中のモノを増やしてしまう。そのあたりの克服が、今年の課題のひとつである。
朝飯 トマトのスクランブルドエッグ、納豆、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、小鰯の土佐煮、揚げ湯波とひじきと人参の甘辛煮、すぐき、メシ、揚げ湯波とサニーレタスの味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 トマトサラダ、ほうれん草の胡麻和え、銀鱈の味醂漬け、厚揚げ豆腐と白菜の煮付け、大根のぬか漬け、「常楽酒造」の芋焼酎「黒麹焼き芋」(お湯割り)
2017.2.28(火) 航空券の購入
3月9日からのタイ行きを控えながら、次のタイ行きの日程も決まった。3月は北部での休暇、それに対して6月はバンコクでの研修がらみである。その、バンコクでのホテルは既にして予約を済ませた。次は航空券を確保する必要がある。
宇都宮の旅行代理店「トチギ旅行開発」のサイトーユカリさんに朝、往路は羽田発の深夜便、復路はバンコク発のおなじく深夜便、座席は最後尾の通路側として、注文のメールを送る。午後、メールに添付されたpdfによる予約確認書がサイトーさんから届く。僕はそれをプリントアウトし、指定された場所に署名をして、今度はファクシミリでサイトーさんに返送する。
航空券の、税金や手配手数料を加えた価格は60,090円。3月分の70,640円より15パーセントも安い。3月は乾季の最後のところ、6月は雨季の最初のところ。それが航空券の価格に影響しているのかどうかは知らない。
雨季とはいえタイのそれは日本の梅雨のように、1日中しとしとと降り続く雨ではない。夏の夕立のように一気に降って、いきなり止む。乾季、雨季に関係なく、タイの気候は僕好みだ。3月のタイ行きも、また6月のそれも、大いに楽しみである。
朝飯 納豆、五目おから、揚げ湯波と小松菜の淡味炊き、小鰯の土佐煮、切り干し大根と人参と油揚げの炊き物、大根と胡瓜としその実と生姜の刻み漬け、メシ、揚げ湯波とトマトと三つ葉の味噌汁
昼飯 揚げ湯波のお粥、塩鮭、たらこ、たまり漬「おばあちゃんのホロホロふりかけ」
晩飯 “TIO PEPE”、ポタージュ、パン、酒肴あれこれ、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”







































