2022.8.24(水) 不慣れな人のように
目を覚まして枕の下を手探りし、iPhoneを取り出す。時刻は3時41分。「随分と寝たなー」と驚く。昨夜の就寝は20時30分のころだった。7時間も眠り続けるとは、まるで高校生ではないか。もっとも自分が高校生のころには10時間でも眠れたような気がする。
昨朝は仏壇に水とお茶を供える際に、お茶の茶碗を傾けて仏壇を濡らし、その後始末にしばらくを要した。よって今日はまるで不慣れな人のように慎重に、水とお茶のお盆を決められた場所へ置く。
クルマの外に立ち、開いた窓から車内に手を入れエンジンをかける。シートベルトを締めずにクルマを発進させ、車道へ出てから片手でシートベルトを締める。そういう行いを僕は嫌う。
「もっとも書くのが難しい文章、それは正確な文章だ」と、ホーキング青山の「七転八転」の解説で中森明夫は書いている。クルマを競走させることを職業としている人たちの、公道での運転ぶりは異常なほど慎重だ。いまだ建て替えられる前の歌舞伎座で「弁天娘女男白浪」を観たことがある。極楽寺の屋根の上の菊五郎は、慎重に慎重を重ねつつ、正確な芝居を心がけていた。
明朝もまた「不慣れな人」のように仏壇にお茶を供えることができるかどうか。僕も並以下であれば、既にして「喉元過ぎれば」になっているかも知れない。
朝飯 胡瓜の油醤油漬け、すき焼き、納豆、菠薐草の胡麻和え、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと若布とズッキーニの味噌汁
昼飯 素麺
晩飯 焼売、「食堂ニジコ」の豆腐と海老の塩煮、ちまき、蒸し玉蜀黍、胡瓜と茗荷の塩もみ、麦焼酎「こいむぎやわらか」(ソーダ割り)
2022.8.23(火) つゆのあとさき
早朝、というより丑三つ時というか、午前2時というか、そのころに作った素麺のつゆを、5時を過ぎてより鍋から容器に移す。その際に、調理台につゆの数滴をこぼした。それを拭いた布巾を洗濯籠へ入れるべく風呂の脱衣所へ行く。
家では食堂と呼んでいるダイニングキッチンに戻り、席に着くと、コンピュータのデータベースに”CHF”と、ファイルを切り替えるためのコマンドが打ち込んであり、エンターキーが叩かれるのを待つばかりになっていた。
「さて自分は、鍋のつゆを容器に移す直前には、何をしようとしていたのだろう」と考える。考えても思い出せないから、先ほどの調理台の前に立ってみる。それでも思い出せずに、ふたたび席に戻る。そこでようやく、本日届く予定になっている日本酒12本を、僕が書記を務める飲み会「本酒会」のファイルに入力しようとしていたことに気づく。即、エンターキーを打ち、それを開く。そこには1995年4月から昨月までに飲んだ2,324本が記録されているのだ。
宇都宮の酒問屋「横倉本店」のサガラテツオさんからきのうメールで送られたエクセルファイルは、鍋のつゆを容器に移す前にコピーしておいた。それを本酒会のファイルに貼りつけ、形を整え、保存する。
本酒会の例会場は月ごとに変わる。来月は「汁飯香の店 隠居うわさわ」にて、これについては本日、家内と打ち合わせようと思う。
朝飯 小松菜のおひたし、揚げ湯波と蕪の葉の炒り煮、なめこのたまり炊のなめこおろし、茄子の揚げびたし、蕪と大根と胡瓜のぬか漬け、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、メシ、揚げ湯波とズッキーニの味噌汁
昼飯 素麺
晩飯 鮭とシメジの味噌アルミフォイル焼き、玉蜀黍のスープ、コーンビーフと菠薐草のソテー、胡瓜の油醤油漬け、「京都蒸留所」のジン「季の美」(ソーダ割り)、メロン、「村上改新堂」のマドレーヌ、Old Parr(生)
2022.8.22(月) 不思議なこと
目を覚ましてしばらくは、暗闇の中にからだを休めている。1日の中で、朝、目を覚ましたときが僕は一番、疲れている。疲れを感じるのは、ふくらはぎであることが多い。
タイではマッサージ屋に不自由をしない。僕が行ったうちの例外はプレーとナラティワートとチェンコーン。プレーでは人に訊ねながらようやく1軒を見つけた。ナラティワートには大きなホテルにさえマッサージルームは無かった。チェンコーンは昼の人通りさえまばらで、すたれゆくばかりの街に思われた。
タイでゆっくりマッサージにかかろうとすれば、古式マッサージかオイルマッサージのどちらかを選ぶことになる。基本は2時間。「足だけ」とか「肩と背中だけ」というものもあって、こちらであれば、最短で30分から受けられる。
朝、目を覚ましたばかりの寝ぼけた状態から正気になっていく過程では「タイで足マッサージが受けてぇな」と感じることが多い。
「タイでマッサージを受けたら靴がバクバクになった」とは、同級生ヤマモトタカアキ君の体験談だ。それを聞いた僕は眉に唾した。しかし後に深く得心をした。それは、バンコクのマッサージ屋でのことだった。マッサージにより足のむくみが解消され、それまで履いていた靴が急に大きくなったように感じるのだ。
闇の中に横たわっていると、数分で起きる気になるから服を着替えて洗面所へ行く。そこから食堂に来てあれやこれやするうち、先ほどまでの疲れはいつの間にか消えている。不思議なことと言わざるを得ない。
朝飯 トマトサラダ、すき焼き、生玉子、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、大根と大根の葉の味噌汁
昼飯 しょうがのたまり漬の牛しぐれにぎり
晩飯 「食堂ニジコ」のお通しの韓国海苔、胡瓜の辛子和え、皮蛋、海老と豆腐の塩煮、天津丼の頭だけ(甘くないの)、冷やし中華、麦焼酎「二階堂」(ソーダ割り)
2022.8.21(日) 明日こそは
事務室の通路から店を見ると、店番は販売係のササキユータ君ひとり。日曜日にどうしたことかと逆の方を見ると、パートタイマーのタカハシカナエさんとサイトーミホコさんは厨房にいた。「そうか、おむすびを作るとは今日のことだったか」と、お盆中の彼らの会話を思い出した。
販売係がひとりでは心許ないため、僕も店に入る。最初のおむすびは、10時30分に運ばれてきた。品書きには「しょうがのたまり漬の牛しぐれにぎり」とあった。
「握り飯は野趣に富んだ食べ物であれば、それにふさわしい呼称はおにぎり。おむすびは気取った言い方である」と長男は断ずる。しかしそのあたりには諸説があって、はっきりしたことは不明らしい。
できたばかりの温かいおむすびを笊に並べながら「今日の昼飯はこれにしよう。2個を食べれば満腹を超えるに違いない」と考えた。
厨房のふたりが店へ戻ると同時に僕はその場を離れ、以降は社内のあちらこちらを歩いた。そして昼時に財布を持って店へ行くと、おむすびは既にして売り切れていた。おむすびは、明日も作るという。「明日こそは」と思う。
朝飯 隠元豆の胡麻和え、茄子の揚げびたし、生玉子、納豆、胡瓜の塩もみ、らっきょうのたまり漬、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、蛍烏賊の沖漬け、メシ、揚げ湯波とレタスの味噌汁
昼飯 「ふじや」の冷やし味噌ラーメン
晩飯 冷やしトマト、めかぶの酢の物、すき焼き、夏太郎らっきょう、麦焼酎「こいむぎやわらか」(ソーダ割り)
2022.8.20(土) 雑用
「息子が配達に行ってこいと言うから行ってきたんだ」と、コップのビールを干しつつひと息ついたような顔で、その日のことを語った人がいる。仕事の大部分を次代に引継ぎ、自分は言われるまま雑用を務める身になったということを、その人は言外に語っていた。自営業者の、あらまほしき姿だと思う。
「雑な仕事を雑用と呼ぶ。雑用も身を入れてすれば、それは雑用でなくなる」とは、巷間よく目にするところの、いわゆる「いい話」だ。一方「自分は会社の雑用係」と述べた、いまだ若かったころの同級生ノリマツヒサト君に「君、雑用は大切だよ」と声をかけ、共働学舎のミヤジマシンイチロー先生は励ましたという。
香港の粥屋では品書きに「雑」の文字を探すことが常だった。その粥が僕は好きなのだ。もちろん、雑に作られたものではない。
「DMの宛先はいつ、特定しますか」と先日、事務係のカワタユキさんに訊かれた。「オレは検索職人のようなものだから、若い人が時期を決めてくれれば、それに従うだけだよ」と、僕は答えた。
9月14日(水)から26日(月)まで新宿高島屋に、10月26日(水)から31日(月)までは日本橋高島屋に、それぞれ出店をする。両者の日程はそれほど離れてない。よって今回は剥離式のハガキで同時にお知らせをすることとした。そのお送り先の顧客名簿からの抽出を、午前に行う。
この仕事の手順は非常に複雑であり、またこれに当たるたび、より良い方法を採り入れ、更新し続けている。作業には1時間20分を要した。その結果を午後一番に、3人の事務係に配布する。
朝飯 隠元豆の胡麻和え、茄子の揚げびたし、納豆、めかぶの酢の物、蛍烏賊の沖漬け、なめこのたまり炊、らっきょうのたまり漬、ごぼうのたまり漬、メシ、肉団子とピーマンの味噌汁
昼飯 素麺
晩飯 トマトとレタスのサラダ、スパゲティボロネーゼ、Chablis Billaud Simon 2015
2022.8.19(金) さて、どうするか。
起きて食堂に来て明かりを点ける。食器棚の電波時計は2時35分を示している。起きるには早すぎる。しかし眠気はほとんど感じない。それはそうだろう、きのう寝に就いたのは20時30分のころだった。そういう次第にて、パジャマから服に着替えをする。
ワードプレスを開くと、日記の在庫が先日までの3日分から5日分に増えている。「今日は○○をして、次に△△をしました」式の日記ではないため、また季節性を伴うものでもないため、それこそいつでも使える日記である。このまま書いていけば、ひと月分でも溜められそうな気がする。それが果たして日記なのかと問われれば、それでもやはり、日記は日記なのだと思う。
それはさておき先日、銀行に入金をする際にうっかりして硬貨を50枚以上持ち込み、660円の手数料を取られた。同様のうっかりを、このひと月のあいだに2度も繰り返してしまった。前回の手数料は990円だった。よって入金に必要な書類を収めた封筒には、それについての注意書きをマジックインキで大書した。
NTTをはじめとする通信会社は、電話による問合せを極力、少なくするよう努めている。電話の会社が電話を嫌い始めたのだ。そして今度は銀行が「現実通貨」を嫌い始めた。銀行はそのうち硬貨だけでなく紙幣も嫌うようになるだろう。世の中はいつの間にかガラリと変わる。学校が生徒の通学を嫌う世が来るかも知れず、居酒屋が酒の取り扱いを嫌う世が来るかも知れない。
「さて、どうするか」である。
朝飯 生のトマト、茄子とピーマンとパプリカの味噌炒り、温泉玉子、納豆、ピーマンの肉詰め、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、ごぼうのたまり漬、らっきょうのたまり漬、メシ、じゃがいもと若布の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」の冷やし中華
晩飯 「大昌園」のあれや、これや、それや、他あれこれ、「田苑酒造」の麦焼酎「田苑シルバー」(オンザロックス)
2022.8.18(木) 感染、恐るべし。
子供のころは、シーラカンスを「シーカランス」と呼んでいた。赤坂は「アサカサ」としか言えなかった。子供といえども、いちど覚えてしまったことの修正は中々に難しい。
先日、人のウェブログを読んでいて「ウッ」と、音を伴わない声が出た。画像のすべてに「無断転載禁止」の注意書きを入れた「私はプロでございます」感の満ちたサイトに「カラトリー」の5文字はいかにも異様である。
“cutlery”を「カラトリー」を覚え込んでしまったが最後、そしてもはや大人になってしまっている以上、正しい解の言語中枢への上書きには外国語の習得と同じく、よほどの反復練習が必要だろう。
これまたいまだ子供のころ、まぶたを頻繁に開閉する人が身近にいた。それを真似するうち、僕にもその癖が染ってしまい、いささか苦労をした。今回も「カラトリー」と何度も書けば、その癖に感染する危険性は否めない。よってカトラリーを「カラトリー」と書くことは、これで最後にしたい。
朝飯 生のトマト、茄子とピーマンとパプリカの味噌炒り、「なめこのたまり炊」のフワトロ玉子、小松菜のおひたし、納豆、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、レタスの味噌汁
昼飯 白胡麻のつゆの素麺
晩飯 レタスと豆とブラックオリーブのサラダ、2種のパン、ズッキーニと鶏のソテートマトソース、桃、Chablis Billaud Simon 2015
2022.8.17(水) 誰も確かめず考えもしないこと
朝の静かな時間は僕にとって唯一無二のものだ。夜は早く寝るに限る。先月、胃に違和感を覚えて消化器内科を訪ねた折には、夕食後、3時間を経てから寝ることを医師は勧めた。僕にはできない相談である。
朝は先ず、お茶と水と花と線香を仏壇に供える。時刻は3時過ぎだったり4時過ぎだったりと日によって異なるものの、いずれ夜は明けていない。薄暗い中にマッチ箱を手探りし、マッチ棒を1本、取り出す。
右利きであれば、左手に持ったマッチ箱の、マッチを擦るやすりの部分は意識をしなくても右側に位置させる。その状態でマッチ棒を取り出そうとしたとき、箱の中で手前になっているのはマッチ棒の頭だろうか、それとも尻だろうか。
そう訊かれて即答できるのは、マッチの製造業者くらいのものではないか。普通の人は、そんなことは確かめたこともなく、考えたこともないと思う。正解は尻、つまり軸が手前になっている。
左利きより右利きが圧倒的に多い事実からして、箱の中の軸を手前に位置させることは使い勝手からしても正解だろう。しかし僕の手癖は、マッチ棒の頭をつまみ、手の中で反転させて軸を摘むことを求める。
よって僕は、新しいマッチを使うときには必ず、先ずは箱の抽出部分を引き抜き、クルリと反転させて、ふたたび鞘に収めることを欠かさない。そんなことをする人が僕以外にもいるかどうかは分からない。「挙手をお願いします」と頼んでも、そんなことは誰も確かめてはいないだろうし、考えてもいないように思う。
朝飯 紅白なます、茄子とピーマンとパプリカの味噌炒り、南瓜の甘煮、炒り豆腐、納豆、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬{小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、もつ煮汁
昼飯 素麺
晩飯 冷やしトマト、豆もやし、焼き餃子、夏太郎らっきょう、麦焼酎「こいむぎやわらか」(ソーダ割り)、蛸屋のどら焼き、Old Parr(生)
2022.8.16(火) シホオモヘ
野菜の中味をくり抜いて、そこに肉を詰め、煮たり焼いたりした料理が好きだ。それらはファルシーと呼ばれる。ファールシー語はペルシャ語の別称。よってそのような料理はペルシャが発祥と思い込んでいた。ところが今朝、調べてみれば料理の「ファルシー」はフランス語の”farcir”に由来するという。またひとつ利口になった。ただし僕のことであれば、すぐに忘れてしまうかも知れない。
道の駅「日光街道ニコニコ本陣」への今日の納品は、いつもより遅らせて8時45分にした。そうすれば9時の開店と同時に買い物ができる。今朝は収穫したてのピーマンを10個ほども買い物カゴに入れた。
銀行は意図して行員に長い休みを与える。その休みにより今週は担当者が来社しない。よって先週の売上金は本日、自分で銀行へ持参した。ついでに自分の通帳をATMに差し込んで入出金を記入させた。人生初の年金は、きのう無事に入金されていた。
その通帳と日本年金機構からの剥離式ハガキを照らし合わせてみたところ、これから8年半ほど生き続ければ、累計の納付額に対して元の取れることが分かった。8年半は楽勝と思われるものの、周囲を見まわしてみれば、頓死も結構、珍しくない。メメント、モリ、である。
朝飯 ウインナーソーセージのオーブン焼き、茄子とピーマンとパプリカの味噌炒り、炒り豆腐、紅白なます、納豆、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と玉葱の味噌汁
昼飯 会社支給の「ほっかほっか大将」の中華丼弁当
晩飯 枝豆、マカロニサラダ、夏太郎らっきょう、ピーマンの肉詰めのケチャップ煮、麦焼酎「こいむぎやわらか」(ソーダ割り)、孫のリコの焼いたクッキー、Old Parr(生)
2022.8.15(月) 新しいシャツとタイパンツを
お盆中の月曜日。年初やゴールデンウィーク、シルバーウイークとは異なって、世間的な休みの最中にも銀行が営業をしているのは有り難い。今日の銀行まわりは長男に任せることとして、小切手1枚を手渡す。
9時を過ぎてより如来寺へ行く。墓地に人の姿は見えない。家のお墓の花立てから花を取りだし、茎を水で洗う。花立ての水は換える。線香立てに残った線香を捨て、その周辺を水で洗う。13日の朝に供えた花は、いまだ数日は保つだろう。
その道の駅へは、平時においては8時すぎの掃除と納品、15時30分の検品と、日に最低、2度は行く。今日も午後に出かけると、一部の商品が売り切れていた。「繁忙時には、昼どきにも検品に来るべきだな」と反省をしながら製造係に電話を入れ、追加の品をすぐに作るよう頼む。夕方から明日の朝にかけては、また充分の納品をしておこうと思う。
仕事を終えればすぐに水を浴びたい。そういう次第にて今日も、風呂には入らずシャワーを浴びる。お湯が溜まるまでの時間が待てないのだ。そして新しいシャツ、これはおろし立てということではなく洗いたてのそれとタイパンツを身につけ、食堂へとおもむく。
朝飯 焼き鮭、炒り豆腐、納豆、茄子とピーマンとパプリカの味噌炒り、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと若布と玉葱の味噌汁
昼飯 会社支給の「やぶ定」の親子丼、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」
晩飯 大根と人参とレタスのサラダ、もつ煮、夏太郎らっきょう、麦焼酎「こいむぎやわらか」(ソーダ割り)、カレーライス、らっきょうのたまり漬、Old Parr(ソーダ割り)、メロン








































