2016.9.28(水) 羽田空港国際線ターミナル
きのうの夜に残したメモに従い、きのうまで着ていた服、バスタオル、今朝まで着ていたパジャマ、洗面所のタオル、朝食の準備と後片付けに使った布巾など、とにかく出かける前に洗っておいた方が良かろうと思われる布類すべてを洗濯機に放り込む。そしてその洗濯機が動き出したことを見届けてから、社員を迎え入れるため事務室に降りる。
旅先から戻ったばかりの家内に終業後、雨の中をホンダフィットで下今市駅まで送ってもらう。18:53発の上り特急スペーシアでは活字を読むことはせず、おとなしくしている。車窓から眺めた限りでは、東京に雨は降っていない。よって家を出るときに持った粗末な300円傘は、車内のゴミ箱に捨てる。
20:40 浅草の立ち食い鮨屋にて握り6貫、巻物1本、浅蜊の味噌汁を夕食とする。
21:09 都営浅草線の浅草から羽田空港国内線ターミナル行きに乗る。
21:52 羽田空港国際線ターミナル着
22:02 ”I”のカウンターにてチェックイン
22:09 出国
タイ航空機の出発ゲートは僕の知るかぎり常に、パスポートコントロールを出て右へ進んだ先の、もっとも奥にある。その105番ゲートで、しばしうつらうつらする。今年に入って視力が極端に衰えたせいか、光量が抑えられた場所では活字を読む気がしないのだ。
搭乗は定刻の23時40分に始まった。その列に慌てて並ぶことはしない。”UNITED ATHLE”の半袖ポロシャツの上に”UNIQLO”の木綿のセーターを着る。その上に今度は”Patagonia”のウインドブレイカーを重ね、首元までジップを締める。
僕の席は機体右側、最後尾ひとつ手前の通路側。このあたりは売れ残った航空券を安値で買った人たちのたまり場という説があるけれど、本当だろうか。その場末の席を、僕は好んで予約するのだ。「機内という世間」から隔絶された感じが、何とも好きなのである。
朝飯 青唐辛子の炒め煮、大根のぬか漬け、トマトとソーセージのオーブン焼き、たまり漬「七種きざみあわせ(だんらん)」、しいたけのたまり炊、メシ、里芋と大根と若布の味噌汁
昼飯 「ニジコ食堂」のスーラーメン
晩飯 「まぐろ人雷門出張所」のあれこれ、浅蜊の味噌汁
2016.9.27(火) まぁまぁの首尾
結婚式に呼ばれるなど特別な理由がないかぎり、旅先に持参する服は普段着だ。いま仕事着にしているのは白いポロシャツで、この洗濯には計画を以て当たってきた。きのう夜、その仕事着を洗濯機に入れたのは、そのうちの一部を今早朝、旅の荷物としてスーツケースに納めるためだった。
今朝は4時20分に目を覚ましたことを幸いとして、着替えて即、洗濯場へと向かった。すると暗い廊下の先のガラス戸がほの明るかったから不安に駆られてドアを開けると果たして、洗濯機は途中で停まり、操作盤にはエラーメッセージが光っていた。
食堂に戻り、電化製品の説明書、保証書のための引き出しを上から下までひっくり返して、しかし洗濯機のそれは見あたらない。そしてその引き出しに取りあえず突っ込まれたらしい、説明書や保証書以外のすべてを捨てる。
ふとひらめいて洗濯機の製造元、洗濯機の型番を検索エンジンに入れると、その取扱説明書がインターネット上に見つかった。PDFによるそれを読んで、いまウチの洗濯機に出ているエラー番号”C-06″は、乾燥機のフィルターの目詰まりであることが分かった。対処の方法としては、綿ぼこりや糸くずのたぐいを電気掃除機で吸い取るよう書いてあるけれど、重い掃除機を洗濯場で使う気はしない。
フィルターは、取り外せる部分は台所で水洗いし、外せない部分には粘着テープを押しつけ、ホコリを除いた。60分をかけて洗濯機はようやく復旧した。そして荷造りのための時間は失われた。
夕食は簡単に済ませることとして、その前に荷造りを完了させる。スーツケースの重さは8.3キロ強。まぁまぁの首尾である。
朝飯 ベーコンとピーマンのソテー、納豆、たまり漬「七種きざみあわせ(だんらん)」を添えた生玉子、青唐辛子の炒め煮、大根のぬか漬け、メシ、里芋と若布の味噌汁
昼飯 カレーライス、たまり漬「七種きざみあわせ(だんらん)」
晩飯 3種の野菜のスープ煮、チーズ、“Chablis Billaud Simon 2014”
2016.9.26(月) もったいなくて
「アラキとアミとパリ」と題された、大竹昭子による文章に目が留まった。載っていたのはきのうの、日本経済新聞の文化面である。視野をすこし広くすると、その題字の左に「旅の目的はパリで開催中の荒木経惟の写真展を見ることだった」とあったから「これは朝の忙しい時間に流し読んでは勿体ない」と、四折にして温存した。それを読んだのは1日を置いた、今日の昼食時のことである。
「彼の写真で唯一、理解に苦しむのはこれだったから」と大竹が書いているのは、女を荒縄で縛り天井から宙づりにする、荒木が繰り返し用いる形式についてで、それには僕もおなじ感覚を持っていたから「ふんふん」と、興味深く先に進んだ。
荒木の写真には長く、頻繁に接してきたに違いない大竹に対して、しかし今回、その写真を初めて目にした、パリで大竹が親しくしている若い女性、そして会場に展示された巨大な緊縛写真のそばに毎日、何時間も座り続ける若い男性の監視員は、前者は直感により、後者は何日もかけて積み重ねられた内省により、等しく称揚する。そしてそこから大竹の、自らに対する問いかけが始まる。
僕はこの、日本経済新聞の第40面を切り取った。そして本棚まで歩き、これを荒木のどの写真集に挟み込むかを考えて、しかし結論は出なかった。アラーキーの写真の中では、ヨーコとの共作とも言える、いわゆるセンチメンタル系が僕は好きで、緊縛系は一切、持っていないのだ。
そしてふたたび食堂へと戻り、夕食のためのスープを仕込み始める。
朝飯 ゆかり、たまり漬「七種きざみあわせ(だんらん)」、青唐辛子の炒め煮、山椒の佃煮、胡瓜のぬか漬け、ベーコンのソテー、メシ、長葱とピーマンの味噌汁
昼飯 胡瓜のぬか漬け、明太子、梅干し、青唐辛子の炒め煮し、ゆかり、山椒の佃煮、たまり漬「七種きざみあわせ(だんらん)」によるお茶漬け
晩飯 パン、ソーセージと野菜のスープ煮、チーズ、“Chablis Billaud Simon 2014”
2016.9.25(日) 千灯供養
朝の空の美しさの頂点は、日の出の数十分ほども前にある。その「数十分」は季節ごとに変わる。今朝もその気配を感じて屋上に上がる。エレベータの機械室の庇から蜘蛛が、きのうとおなじ高さに糸を垂れている。
仏壇に2本の線香を上げて、線香入れが空になる。線香は有り難いことに、オフクロの初彼岸や初盆でいただいたものがいまだ潤沢にある。そのうちのひとつの箱を開け、中身のすべてを、食堂のテーブルの上で線香入れに満たす。線香入れはオヤジの、学生時代に亡くなった弟サブローが生前に作った陶器製で、多分、50数年間は、その勤めを果たし続けているはずだ。
夕刻、仕事の合間を縫って、日光市今市旧市街の南端にある追分地蔵尊におもむく。そしてひと月ほど前からお願いをしてあった、千灯供養の引換券を窓口に差し出す。僕の名の書かれた四角いぼんぼりは、その内側に蝋燭による灯りが仕込まれているけれど、いまだ夜に至らなければ、闇に浮かぶ、というわけにはいかない。
今年の夏は、これまでになく水を飲んだ。無意識のうちにからだが熱射病を避けていたのかも知れない。今日の夕刻は1週間ぶりか10日ぶりに蒸し暑く、それで2杯の冷水を飲んだ。そのためかどうか夜になっても腹が減らない。それを幸いとして食事は遅らせ、旅の荷物を造りはじめる。
朝飯 山椒の佃煮、ピーマンの焼きびたし、大根のぬか漬け、ゆかり、たまり漬「だんらん」、青唐辛子の炒め煮、メシ、里芋と長葱の味噌汁
昼飯 山椒の佃煮、胡瓜と大根のぬか漬け、唐辛子の炒め煮、明太子、ゆかり、たまり漬「だんらん」によるお茶漬け
晩飯 生ソーセージの中身とトマトとバジルのスパゲティ、”GEVREY CHAMBERTIN PIERRE ANDRE 2010″、チョコレートケーキ
2016.9.24(土) つい先日までは
つい先日までは、寝る前にエアコンディショナーを「除湿」にして、朝まで部屋の温度を26℃に保った。しかしきのう今日あたりは寝室の温度を下げるどころか、風呂に浸かってからだを充分に温めて寝たい、という気分が強い。
たまり漬にするための茗荷の手当は、日光近郷の農家からすこしずつ集めるものはそろそろ収束に向かい、これからは秋田県能代産のものが一度にまとめて届くようになる。こちらについては今週から来週にかけてが勝負になるだろう。
納入された茗荷は製造係の女の人がひと粒ずつ手で水洗い、それを今度は男の人が塩と混ぜる。こちらについても手作業のため、担当者はひたすら、平泳ぎかバタフライのように腕を動かし続ける必要がある。
「みょうがのたまり漬」は、おととしの不作により昨年は数ヶ月のあいだ品切れをした。昨年は充分に確保をし、今年もまた必要な量を超えて漬け込みができそうな塩梅にて、すこしばかり豊かな気分になる。
そうして夜は、きのうの晩に考えたとおりの料理を作り、赤ワインを飲む。
朝飯 納豆、たまり漬「だんらん」、山椒の佃煮、ベーコンエッグ、人参のぬか漬け、青唐辛子の炒め煮、ゆかり、メシ、里芋と若布の味噌汁
昼飯 「大貫屋」の味噌ラーメン
晩飯 イチジクのパン、「辛ひしお」とディジョネーズソースを添えたトマト、長葱、ピーマン、牛肉のオーブン焼き、“GEVREY CHAMBERTIN PIERRE ANDRE 2010”
2016.9.23(金) 自炊つづき
「家内、不在にて」と書くと「まるで遊んでるみたいじゃない、やめてよー」と嫌がられる。しかし先週の火曜日から今週の火曜日にかけては新宿タカシマヤへの出張であり、別段、遊んでいるわけでもない。あるいはたとえ遊びで出かけるとしても、遠慮をすることはない。
今月の僕はちょうど2週のあいだ、自炊である。料理はきらいではないから、どうということもない。日中や終業後に「日光街道ニコニコ本陣」や、ちかくのスーパーマーケット「かましん」で、あれやこれや買う。
大分ゆるくなり、塩分も少なくなったぬか床にぬかと塩を足し、そこに大根や胡瓜を沈める。冷蔵庫にはレタスがあったから、これを皿に広げ、輪切りにしたトマトを並べる。油を盛大に飛び散らせ、レンジまわりを汚すところから、僕はフライパンによる調理を嫌う。鶏のもも肉は耐熱容器にのせてガスレンジで焼いた。それを先ほどのレタスの真ん中に置き、わさび漬けとディジョネーズソースを添える。パンは別途、電気レンジで焼いた。
そうしてそれらを肴に辛口の白ワインを飲めば、何も言うことはない。酔いはじめた頭で「明日はステーキにするか、いや、フライパンは使いたくないから、またまたオーブン焼きか」というようなことも考える。
朝飯 納豆、青唐辛子の煮、ゆかり、ピーマンの焼きびたし、たまり漬「だんらん」、メシ、トマトとシロ菜の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 パン、レタスとトマトのサラダ、鶏もも肉のオーブン焼き、“Chablis Billaud Simon 2014”
2016.9.22(木) まとめ買い
“KEEN YOGUI”が昨年あたりからひび割れ始めた。このところは濡れたところを歩くと靴下を濡らすほど、その割れ目が広がってきた。「一体全体、自分はこのサンダルをどれほど履いてきたのか」と、メーラーの「通信販売」のフォルダに検索をかけると、それは2005年7月23日に買ったものと知れた。毎日のように使って11年も保つとは、大したサンダルである。
検索エンジンに当たると、いま履いているものとおなじ色”GRAPHITE”を、8,748円の定価に対して4,938円で売る店がamazonあった。よって即、現在のサイズ8は大きすぎるから、そのひとつ下のサイズ7を3足、注文した。そうしてそれが届いてみれば、サイズ7は僕の足には小さすぎた。返品の手続きをとると共に、ふたたびその商品ページに行ってみる。
すると、おなじ品が2日のあいだに5,669円に値上がりをしていた。需要が高まると間髪を入れずに値上げをしてくる店は珍しくない。その値段でもまだ安いので、またまた3足を注文した。
一方、2013年3月24日に買った、これまた普段履きの”MERRELL JUNGLE MOC”の方も、数日前から水が染み込むようになった。よってこちらについてはサイズ9を2足、注文する。
“KEEN YOGUI”を3足まとめて買ったのは、それぞれを下履き、事務室の上履き、自宅の上履きとするためだ。”MERRELL JUNGLE MOC”を2足まとめて買ったのは、ミンクオイルをたっぷり塗った2足を交互に使えば長持ちすることを知っているからだ。
まとめ買いは失敗を招くことが多い。しかし普段着や普段履きの靴においては、その数が常識の範囲に留まるかぎり例外である。なお、”KEEN YOGUI”は、11年前と現在では、おなじサイズでも大きさの全然ちがうことに今回、気づいた。11年後にはウェブショップではなく、実店舗で確認をしたい。
朝飯 青唐辛子の炒め煮、納豆、ほうれん草のソテー、たまり漬「だんらん」、生のトマト、ゆかり、メシ、若布とシロ菜と油揚げの味噌汁
昼飯 「三彩」の懐石10品コース、ノンアルコールビール
晩飯 人参、ズッキーニ、茄子のぬか漬け、鯖の燻製、チーズ、玄米焼酎「つかだ」(お湯割り)
2016.9.21(水) 温め酒
このところは午前3時台に目が覚めている。着替えて顔を洗い、食堂に入って先ずは、仏壇に上げるお茶のためのお湯を沸かす。きのうよりも気温は高そうだ。いまだ夜ではあるけれど、窓の遮光カーテンを上げる。
ふと気づくと東の空の低いところに、平たく横に長く、オレンジ色の光が見えている。その雲の隙間はやがて金色の混じったような光にこじ開けられるようにして上下の幅を増し、やがて日が昇り始める。久方ぶりの太陽である。
自分は仕事着においては、盛夏から厳冬期を経て初夏に至る1年のあいだに、指折り数えてみれば9回の衣替えをする。朝こそそれほど寒くなかったものの、夕刻には遂にたまらず、半袖ポロシャツの上に長袖のTシャツを重ねる。現在の秋の長雨から、「つい先日」と思われる気温30℃超の日々には戻れないのだろうか。寂しいことだ。
出張先の新宿タカシマヤから社員への土産として家内が買って帰ったししゃもの燻製を製造部長のフクダナオブミさんに手渡すと「これは日本酒だわね」とフクダさんは言う。「もう、燗酒か、お湯割りの季節だわな」と僕は答える。
気になって「温め酒」ということばを稲畑汀子の「ホトトギス季寄せ」に当たってみれば、それは秋十月の季語だった。
朝飯 生のトマト、たまり漬「七種きざみあわせ(だんらん)」を薬味にした納豆、鰯の丸干し、明太子、薩摩揚げの淡味炊き、炒り卵、メシ、シロ菜の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 カプレーゼ、雲丹のクリームスパゲティ、チーズ、“Chablis Billaud Simon 2014”、ホイップクリームを添えたチョコレートケーキ
2016.9.20(火) 今後は気をつけなければいけない
先月までの日記の機能やデザインには充分に満足はしていたけれど、今月からワードプレスによるそれに移行してみれば、たかだか3週間ほど前までのそれがひどく古くさく見える。古拙を愛でる、古色を尊ぶ、というようなことは、どうやらウェブ上には存在しないらしい。インターネットの技術は新しいことこそ真善美、という気さえしてくる。
ところで以前の日記はローカルの状態で書き、それをサーバに転送していた。その癖が今も抜けず、きのうの日記も秀丸で書いた。それをCtrlキーとCキーつまりコピーではなく、CtrlキーとXキーで切り取った。そうしてワードプレスの「新規追加」を開き、その左上にカーソルを置いてCtrlキーとVキーで貼りつけようとしたところ、ひと文字も現れない。
慌てて元の秀丸に戻り、文章を復活させるべくCtrlキーとZキーを同時に押すも、空白のページをCtrlキーとSキーで保存してしまったのか、復旧が叶わない。よって白紙の状態から再度、きのうの日記を書き始める。そうしてすべてを書き上げ、ふたたび「新規追加」の画面に写してあれこれするうち、失ったはずの日記が直前の「投稿」に「下書きとして保存」されていることに気づいた。狐につままれたような気分である。
1回目に書いたものと2回目に書いたもののどちらを「公開」すべきか読みくらべると、驚くべきことに、両者に違いはほとんど無かった。それでもそれぞれから部分、部分で良い方を取り「公開」ボタンをクリックする。
きのうの日記は700文字弱だったから良かったものの、これが旅行中の長大なものだったら、一から書き直す気は到底、起きなかっただろう。今後は重々、気をつけなければいけない。
朝飯 ピーマンの焼きびたし、「しいたけのたまり炊」で食べる冷や奴、若布の酢の物、わさび漬け、らっきょうのたまり漬、メシ、シロ菜とピーマンの味噌汁
昼飯 カレーライス、らっきょうのたまり漬、たまり漬「だんらん」
晩飯 パン、洋風酒肴あれこれ、“Petit Chablis Billaud Simon 2014”、ケーキ
2016.9.19(月) 秋彼岸
午前、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」への納品を終え、外に出たところで、ふと気になって、目と鼻の先にある如来寺の墓地に立ち寄った。すると過半の、否、3分の2以上のお墓には花と線香が供えられていた。墓参りは明日、新宿タカシマヤから家内が戻ったところでしようとしていた。しかし今日の様子を見れば、それを待つわけにはいかない。
取り急ぎきびすを返し、店の駐車場にホンダフィットを入れるなり4階に上がる。そしてマッチ、蝋燭、線香、花の茎を短くするためのはさみの入った手提げ袋を持って、今度は自転車に乗る。
お寺に向かう途中で一対の花を買う。湯飲み茶碗の水は先ほど下見をしたときに、新しい水で満たしておいた。花の茎を整え花入れに立てる。幸い傘を差さなくても済むほどに弱まっている雨の中で線香に火を点け、それをお供えする。そうして何がなし安心をする。
2010年9月20日、僕はチェンマイにいた。彼岸には、墓参りをしなければ気が済まない。それが分かっていたから旅の荷物には線香を加えておいた。そうしてホテルちかくのワットロイクローを訪ね、線香を上げると共になにがしかの金額を寄進した。
昨年の9月27日、日本では家内の母の十三回忌が行われているにもかかわらず、僕はチェンライ奥地のパクラ村にいた。訊けばここにも寺はあるという。よってそこまで村人に案内をしてもらい、やはり線香を上げた。
南無阿弥陀仏と唱えれば浄土へ行ける、そんなことは信じていない。しかし仏や神については「それをしないと落ち着かない」ということが僕にはあるのだ。今日のそれより見栄えのする花を、明日はあらためて墓前に供えたい。
朝飯 ピーマンの焼きびたし、人参とズッキーニと白隠元豆のスープ煮、焼きトマト、らっきょうのたまり漬、わさび漬け、メシ、シロ菜とトマトの味噌汁
昼飯 「麺屋ききょう」の塩つけ麺(大盛り)
晩飯 ホットバタードコニャック、パン、トマトサラダ、トマトと白隠元豆と豚肉のゴタゴタ煮、”TIO PEPE”







































